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第2話

「目覚めなさい、クズミン。さあ、目覚めるのです」

 誰かが僕の名前を呼んでいる。

 僕はその声にいざなわれるように目を開けた。

「起きましたね、クズミン」

 僕が目を覚ますと、そこは真っ白い空間だった。

 そして、白い装束を纏ったきれいな女性が僕に対して優しく微笑みかけていた。

 見覚えのない顔だ。

「あ、あの、ここはどこですか? あなたは……? どうして僕の名前を……?」

 立ち上がり、その女性に問いかけた。

「ふふふ。クズミン、あなたの身に何が起こったか憶えていますか?」

「え、ええっと……」

 目の前の女性の言葉を受けて、僕は記憶の糸を手繰り寄せてみる。

 確か、森の奥深くでライドンたちとゴブリンを倒して……って僕は倒してないけど、それからベヒーモスに遭遇したんだ。

 ベヒーモスはとても強いモンスターで、チェゲラとマリンの攻撃はまったく効かなかった。

 それを見てライドンがスキルの【破壊剣】を唱えてから――僕を斬りつけて……。

 ハッとなった僕は咄嗟に左足を確認した。

「あれ? ……足が、ある」

 さらにベヒーモスに突き刺されたはずの胸も見るが、

「傷がない……」

僕の足も胸も傷一つ、ついてはいなかった。

「ど、どういうことですか? もしかしてあなたが助けてくれた――」

「クズミン、あなたは死んだのですよ」

「え……」

 死んだ……?

 僕が……?

「ここは死後の世界です。私は死をつかさどる女神です。クズミン、あなたは仲間に裏切られ、足を斬り落とされて、ベヒーモスに胸を突き刺されて死んだのです」

「……そ、そうだ。ぼ、僕は確かに死んだ。ライドンに足を斬られてベヒーモスに殺されたんだ……お、思い出しました」

 吐き気とともに記憶が戻ってくる。

「そうですか、それはよかったです」

 女神と名乗った女性は笑顔を絶やさず口にした。

「……じ、じゃあ、本当にここは死後の世界で、あなたは女神様なんですね」

「ええ」

 ……十五歳にして死を迎えるとは短い人生だったな。

 でもあのまま生きていたとしても、スキルのない僕にはまともな未来なんてなかったのかもしれない。

 そう考えれば少しは諦めもつく。

 人生の最後に仲間に見捨てられたことはとてもショックだが、ライドンたちを呪ったところで今更どうすることも出来ない。

「女神様、僕はこれからどうなるんですか? 天国に行けますか? それとも地獄、でしょうか?」

「残念ですが、そのどちらでもありません」

 およそ残念ではなさそうに言う。

「あなたはスキルを持っていないと思っていたようですが、あなたにもスキルはありますよ。そしてそのスキルはあなたが死んだ時に発動していたのです」

「え……それはどういうことですか?」

「あなたのスキルは死ぬたびに生前よりもさらに強靭な肉体となってよみがえることが出来る強復活というものです。そのスキルによって、あなたは間もなく元の世界によみがえることとなります」

 女神様がそう口にした瞬間、僕の体がまばゆい光に覆われた。

「うわっ、まぶしいっ」

「そうそう。言い忘れましたが、寿命による死はその限りではないので安心してくださいね。それでは、次はあなたが寿命を全うした時にお会いしましょう」

 光に包まれ何も見えなくなった僕に女神様の声が届いたかと思うと、その数秒後、周囲から鳥や虫の鳴き声が聞こえてきた。

 気付けば、いつの間にか光は消えてなくなっていて、僕は真っ白い空間ではなく、ついさっきまでライドンたちと一緒にいた森の中に一人立ち尽くしていたのだった。

「ほ、本当に生き返った……?」

 僕は自分の手を閉じたり開いたり動かしてみる。

 それから軽くジャンプもしてみた。

 何もおかしなところはない。それどころかさっきまでよりも体が軽い感じがする。

「すごい……本当に生き返ったんだ」

 とそこへ、

『グオオォォォーン!!』

 聞き覚えのある咆哮が耳に入ってくる。

 ベヒーモスだ。

 さっき出遭ったベヒーモスがまだすぐ近くにいる。

 早く逃げなくては。

 僕は声のする方とは逆方向に走り出した。

 だが、ベヒーモスの咆哮は徐々に大きくなってきていた。

 方法はわからないが、どうやら僕の居場所を感知して追ってきているようだ。

『グオオォォォーン!!』

 森の木々がなぎ倒され、ベヒーモスが僕のすぐ後方まで迫っている。

 駄目だ、ベヒーモスの方が僕より早い。

 追いつかれるっ。

 そこで僕は《死ぬたびに生前よりもさらに強靭な肉体となってよみがえることが出来る》という女神様の言葉を思い返していた。

 そうだ。

 僕は一度死んでよみがえっているから、もしかしたら今の僕ならベヒーモスに勝てるかもしれない。

 そう思い、僕は覚悟を決めると逃げるのをやめ振り返った。

 そして腰の短剣を引き抜き、

「一か八かだっ!」

 突進してくるベヒーモスを迎え撃つのだった。


「か……がはっ……!」

 ベヒーモスに胴体を噛みちぎられて絶命寸前の僕。

 もしかしたらと思いベヒーモスと戦ってみた結果がこれだ。

 血だまりの出来た地面に這いつくばりながら呼吸をするのがやっとの状態。

 そんな僕を片目で見下ろしつつ、ベヒーモスはその大きな足で僕を踏みつけた。

「ぐあぁっ……!」

 何度も何度も踏みつけてくる。

「ぐあっ……うあぁっ……ぐああぁっ……!」

 実は、僕はベヒーモスに一太刀浴びせることに成功していた。

 僕の短剣はベヒーモスの右目を確実に捉え潰していたのだった。

 しかし、そのせいでベヒーモスの怒りを買ってしまったらしく、ベヒーモスは執拗に僕を痛めつけてくる。

『グオオォォォーン!!』

 そして次のベヒーモスの一撃がとどめとなり、僕はこの日同じベヒーモスによって二度目の死を迎えた。


• ◇ ◇ 


気付くと、ベヒーモスから十メートル程離れた地点で、僕は復活を果たしていた。

 足元から僕が消えたと同時に、完全復活した姿で現れたことに、さすがのベヒーモスもぎょっとしている。

『グオオォォォーン!!』

 だが、すぐに気を取り直し、ベヒーモスは僕に向かって突進してきた。

「そう何度も殺されてたまるかっ」

 僕は左に跳んでベヒーモスの突進を回避する。

 すんでのところでかわすことに成功した僕は、ベヒーモスの背後から背中に跳び乗ると、左手でベヒーモスの逆立った体毛を掴み、右手に持った短剣で後頭部を突き刺した。

『グオオォォォーン……!!』

 頭を回して僕を振り落とそうとしてくるベヒーモス。

 僕の攻撃を嫌がっているようだ。

「このっ」

 僕は必死にベヒーモスの体毛にしがみつきながら、少しずつ上に向かっていく。

 そしてベヒーモスの後頭部に抱きつくと、僕は短剣を握り締めてベヒーモスの喉を後ろからかき切った。

 ブシュッーとまるで噴水のように勢いよく血が噴き出る。

『グオオォォォーン……!!』

「うわっと」

 最後の力を振り絞ったかのようなベヒーモスの動きに、僕はたまらず振り落とされてしまった。

 地面に落下する。

「いってて……」

 だが、見上げるとベヒーモスは大量の血を失ったせいか、ふらふらとよろめいていた。

 そしてそのままベヒーモスは地面に横になって倒れ込んだ。

 ベヒーモスの巨体が倒れたことで地面が揺れる。

「や、やった。やったぞ……ベヒーモスを倒したぞっ」

 信じられないことに、Bランクの冒険者が数人がかりでやっと倒せるというベヒーモスを、Eランクの僕がたった一人で倒してしまったのだった。

「は、ははっ」

 ベヒーモスが僕の目の前で倒れている。

 そんなあり得ない光景を見て、思わず笑いがこぼれてしまう。

 女神様が言っていたな。死んでから発動する僕のスキル【強復活】。

 このスキルによって二度よみがえりを果たしている僕は、それだけで既にベヒーモスを倒せる程の強さを手に入れていたというわけだ……。

 「ふっ、ふふ……」

 僕はここである一つの考えに思い至る。

 二度死んで生き返っただけで、ランクBのライドンより強くなったというのなら、もっと死んで生き返ればさらに強くなれるのではないか。

 僕は自分でも驚くほど簡単に、その結論に飛びついていた。

 短剣を持った右手に力を込めると、それを自分の心臓に思いきり突き刺す。

「ぐうぅっ……!」

 い、痛い……苦しい……でも、これで僕は、もっともっと、強くなれる……。


 何時間同じ動作を繰り返しただろうか。

 気付けば、夜が明けて東の方角には日が昇り始めていた。

 とその時だった。

 短剣が寿命を迎えたのか、それとも僕の体が短剣の硬度を上回ったのか、胸に突き刺そうとした短剣がバキンッと折れる。

「ここまでか……」

 僕は欠けた短剣をじっとみつめてから、それを遠くに放り投げた。

 苦痛に耐えながら自死を延々と繰り返し、数百回のよみがえりを経た結果、僕は最強の底辺冒険者へと変貌していたのだった。

「……もう、これで怖いものは何もないぞ。どんなモンスターだろうがどんな冒険者だろうが僕に敵う奴はいないんだ」

 僕は自分の力に完全に酔っていた。

 そんな僕が、まずやりたいこととして頭に思い浮かべたのは――復讐の二文字だった。

「僕をおとりにして見捨てて逃げたマリンとチェゲラ。そして僕を逃がさないようにするために僕の左足を斬り落としたライドン。お前たち三人は必ずみつけだして……報いを受けさせてやる」

 自分にこんな感情が芽生える日が来るなんて思ってもいなかったが、今の僕に迷いはない。

 三人に復讐をする、それだけが今の僕の生きる糧だ。


『ギギギッ』

『ギギギッ』

『ギギギッ』

 ・

 ・

 ・

 するとその矢先、木の陰からぞろぞろとゴブリンの群れが姿を見せた。

「ゴブリンか……今の僕なら素手で充分だな」

 僕の言葉を受けてゴブリンたちは馬鹿にされたと思ったのか、いきり立って一斉に襲いかかってきた。

 そんなゴブリンたちを僕は素手で一刀両断にしてみせる。

『ギギギッ!?』

『ギギギッ!』

『ギギギッ!』

 次々と仲間たちが素手で引き裂かれていく様子を目の当たりにして、驚き怯んだゴブリンたちは皆一目散に逃げ出していった。

 ゴブリンたちの必死に逃げる後ろ姿を見ながら、

「昨日までと立場が逆転したな」

 僕はそうつぶやく。

『ギギェーッ……!』

『ギギッ……!』

『ギギャッ……!』

 と、直後ゴブリンたちが逃げた方向からゴブリンたちの叫び声が上がった。

「なんだ?」

『ギギギギッ』

 森の奥を注視していると、暗がりからゴブリンより一回りも二回りも大きなゴブリンが姿を見せた。

 手には引きちぎったのであろう、ゴブリンの頭部を持っている。

 この時の僕はまだ知らなかったのだが、このモンスターはキングゴブリンといってゴブリンよりも数段強いモンスターなのだった。

「親玉の登場ってわけか」

『ギギギギッ!』

 手にしていたゴブリンの頭部を投げつけてくるキングゴブリン。

 僕はそれをはじき返してキングゴブリンの顔面にぶつけた。

『ギギッ……!』

 一瞬僕を見失ったキングゴブリンが辺りを見回す。

「こっちだよ」

 背後に回っていた僕はキングゴブリンの背中に右拳を打ち込んだ。

 背中の肉を突き破り内臓まで達する。

『ギギャッ……!?』

「おっ、これもしかして……」

 僕は手を引き抜く際、キングゴブリンのお腹の中にあった硬い物質を引っ張り出した。

 それはまさしく、青く輝く魔石だった。

 お腹にぽっかりと穴の開いたキングゴブリンは静かに膝から崩れ落ちる。

 僕の周りにはベヒーモスとキングゴブリンの死体、それからゴブリンの死体が数匹分転がっていた。

 僕はベヒーモスの死体からも魔石を取り出すと、すべてのモンスターの耳を引きちぎり皮袋に詰めた。

 これらをギルドで換金すれば、当面の生活費に困ることはないだろう。

 これで、ライドンたちを探すことに専念出来るというものだ。

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