「なんだ、泣いてんのかと思ったが……ビビって涙も出ねぇか。まぁ仕方ねぇだろうなぁ、可愛い可愛い貴族のお嬢様がこんな状況なんだからよぉ」
顔を覆ったままでもわかる程にニヤニヤと私を見下ろしていた無骨な男はそう言うと、私のあごを乱雑に上向かせる。
反射的に眉根を寄せた私を尚も見て、無骨な男はすうっと目を細めた。
「綺麗な顔に綺麗な服。かわいそうになぁ、何もなければ
そう言うと、無骨な男は私の後ろに回り込むと、その太い指で私の口を塞いでいる布を取る素振りを見せ始める。
「え、おい、アニキ何してんだ? あいつおっかなそうだし、勝手なことしない方が良いんじゃねぇか……?」
「ほんとお前は肝が小せえな。あいつに言われたのは貴族の小娘を攫って見張れ。それだけだ。別に取って食おうって訳じゃねぇよ、暇だから可愛い貴族のお嬢様と話したいだけだ」
「えぇぇ……? あいつ、いつ帰ってくるかわかんねぇよ……? ……まぁ口を外すくらいならいいけどさぁ……」
尚も心配そうにソワソワとする貧相な男を視界の端で映しながら、私はひとまず大人しく成り行きに任せつつ観察する。
無骨な男はもう少し長い中剣ほどに見えたが、貧相な男も腰に長めのナイフ程の刃物を帯剣している。現時点ではそれ以外の武器は一見すると見受けられない。
「いいか、騒いだところで助けは来ねぇし、良いことは何も起こらねぇからな」
口を塞いでいた布が緩むのを感じるのと同時に、背後から聞こえた無骨な男の声に私はこくこくと頷く。
「……良い子だ」
そんな言葉と共に口の布が外れ、私は何とも言えない不快感から逃れた解放感に大きく息を吐いた。口の端が痛いし、口周りの不快感に何でも良いから口周りを拭いたい衝動に駆られるも、悲しいかな椅子に縛り付けられている四肢は全く動かない。
「……あの、少しだけで良いので、片手を外して頂けませんか? 口周りが気持ち悪くて拭いたいんです」
「あぁ?」
背後から正面に回り込んだ無骨な男は面倒くさそうに眉を顰めると、貧相な男を振り返ってハハっと笑う。
「おい、聞いたか。このお嬢様こんな状態で身なりを気にしてやがるぜ。笑っちまうな。泥水を啜る人間がいるなんて想像も出来ねぇんじゃねぇのか?」
「そりゃお貴族様だからねぇ」
ははははと男2人で何が面白いのか笑い合う様を、私は無感情に見つめる。貴族に対する悪意と、自分が優位に立つ故の理由なき嘲笑。
「ほら、これでいいかよ」
「…………っ」
不意にゴシゴシと無骨な男の薄汚れた袖口で乱雑に顔を拭かれ、私は眉根を寄せてその行為が終わることを待つしかない。荒い布地の硬い感触が肌に痛く、更にはお世辞にもいい匂いとは言えない香りを感じて急ぎ息を止める。
「アニキ、かわいそうだぜ。俺らみたいなもんが着ている服じゃぁお貴族様の肌には合わねぇよ。ほら、赤くなってる」
「あぁ? こりゃ悪かったな。こんなにも軟弱だと思わなくてよ」
ははははとまた不可解に笑う2人の男たちを無言で見遣り、拭い去りたかった不快感の代わりに残るヒリヒリとひり付く口元を私は緩める。
「ありがとうございます。口枷がとても不快だったので、取って頂けて助かりました。お召し物は汚しませんでしたか?」
「…………あぁ?」
訝しがるように剣を含んだ視線を寄越す無骨な男に怯まないように、私はゆるりと微笑む。
「…………お嬢様……恐怖でどうにかなったか?」
「まぁまだ小娘だからねぇ。おかしくなっても仕様がないかもな」
場にそぐわない言動をする小娘を訝しげに見てくる2人を穏やかに見返し、私は静かに口を開く。
「……それで、あの、恐らく無駄かなとは思うのですが、一応ご提案させて頂いても宜しいでしょうか」
「あぁ?」
「あなた方が如何程で雇われたのか存じ上げませんが、私の家もある程度由緒ある貴族の家系であり、人並みの家族関係を築いて来ました。もし私を逃して頂けるようでしたら、あなた方がお約束された額以上の金品をお支払いします。貴族の誘拐は死罪ですが、今回のことは不問にも致します。約束は必ず守りますし、悪いお話ではないかと思うのですが」
落ち着け、落ち着けと自身に言い聞かせながら、私は速る鼓動を無視して虚勢を張る。
「……泣きもせず交渉するたぁ、見上げたもんだ。お前もこのお嬢様をちっとは見習ったらどうだ、おい。お前より胆力がありそうだぞ、なぁ」
へっへっへとニヤつきながら、無骨な男は貧相な男へと視線を移し、貧相な男はやれやれと肩をすくめて頭を軽く振った。
「……せっかくの提案だがよ、ただの口約束に俺たちが乗るほど親切だと思うかよ? お貴族様の命乞いほど当てにできねぇもんはねぇんだ。それに、俺らみたいなのでも最低限のルールがあるんだ。コロコロ寝返ってられねぇんだよ、悪いな」
「……ですよね、期待はしていませんでした。……とは言え、一応聞いておこうと思っただけなので」
ふふんと謎に威張る無骨な男を見上げて、私はにこりと笑む。
「……お前……気持ち悪ぃな。何考えてやがる?」
上から目線で馬鹿にするような態度を見せていた無骨な男から笑みが消え、ひょいと腰を落として私と目線を合わせる。
「アニキ、あんまり深追いしないでさっさと口枷を戻せよ、それで終わりだ」
「わぁってるよ、五月蝿えな。お前は少し黙ってろ」
ちっと舌打ちした無骨な男の瞳を、私は正面から見据える。
「……何を考えてるかと言われれば、どうにか命ばかりは助かる術はないかとそれだけです。手足を縛られた私に何かできると思いますか?」
「…………」
「おい、アニキ……っ」
「そこら辺の貴族よりも肝が据わってるな、お嬢様。大の大人がギャースカと泣いて喚いて震えてるような状況だぞ、大したもんだ」
「おい、いい加減に……っ」
無骨な男は今までの笑いとは少しばかり違う笑みを見せると、ぬっと伸ばした手で私の襟ぐりを掴む。
その動きを辿る私の視線の先で、強く引っ張られる感覚と同時に、私は布が裂ける音を聞いた。