「お嬢様、こちらでよろしかったですか?」
「色々ありがとう! 急がせてごめんなさい、助かったわ」
「いえ、こちらにご用意しておきますので、必要な時にまたお声かけ下さい」
屋敷について、ライト兄様はじめヴァーレン様とルド様と別れた後、話が終わった後のことを考えて私はあれこれと屋敷でうろついていた。
時刻はそろそろ昼時に差し掛かりそうである。何か軽く食べられたり、帰路の道中につまみ易いものがないかと料理長やメイドに聞き回っていた所だった。
「あ、あと、少し部屋に戻るから、お父様とのお話しが終わったようだったら声をかけて貰える?」
「かしこまりました」
ふぅと一息ついて、私は足早に部屋へと移動する。自室の鏡台の前に座り、崩れた髪を簡単に整えると、1人で落ち着きなく鏡を見つめる。
息を一つついて、私はハンカチーフに包んだイヤリングを見下ろした。ころんと転がるイヤリングをしばし眺め、少し緊張する指先で掴むと自身の耳へとはめる。
エメラルドグリーンの瞳と同色であるイヤリングの美しい緑石が、最初からそこにあったかのように顔周りを華やかにさせるのを感じて私は微笑んだ。
次いで1人で顔を左右に振り、イヤリングが軽い音を立ててキラキラと光るのを確認する。指先でわずかに触れると、ひんやりとした金属の感触に、心が躍るのを感じた。
「……ヴァーレン様に頂いたものばかりになってしまったけれど、……一応婚約者だし、別に問題はないわよね……?」
独り言を自分に言い聞かせつつ、胸元に揺れる赤い石のペンダントに触れる。
「お嬢様」
「うっ……っはい……っ!?」
「ヴァレンタイン様のお話しが終わったとのことですが、どうされますか?」
「あ、すぐ行くわ!」
突如ノックと共にかけられた言葉に、私はあせあせと鏡で最終チェックを終えるとパタパタと屋敷の居間に向かう。
「ルド様……!」
「あ、ハンナちゃん、おつかれさま」
「えっと……大丈夫でしたか?」
「あぁ、うん、ヴァーレン卿もフォローしてくれたし、僕も……多分ハンナちゃんも特に何かってことはなく終わるようには思うよ」
「それは安心しました……! ……ヴァーレン様はまだお話し中ですか?」
ニコリと笑うルド様の言葉に色々な意味でホッと胸を撫で下ろした私は、姿の見えないもう1人の客人を探す。
「うん、そのうち出てくるとは思うけど僕の用件も済んだし、ヴァーレン卿はまだ別件があるからと先に出させてもらったよ」
そう穏やかに言ったルド様は、私の顔をじっと見遣る。私の顔を見ているようでいて、恐らく髪の間から揺れる私の瞳と同色のソレに吸い寄せられている気がして、私は変に緊張した。
「そうでしたか……。ルド様、この後は何かご予定はありましたか? 簡単な軽食などご用意したのですが、もしよろしければご一緒されませんか?」
「いいのかい?」
「もちろんです。もし不都合がありませんでしたら、先ほどの湖のほとりや森の中なども気持ちが良いかも知れませんが……」
「いいね、僕、実は外で食べるの好きなんだぁ」
「私もです、よかったです」
ふふふと思わず顔を見合わせてほんわかと笑んだところに、メイドが大きめの籠を持って近寄って来た。
「お嬢様、お運び致しますがーー」
「あ、だったらーー……」
言葉を続けようとした私の横から、ルド様がそっと手を伸ばしてその籠を受け止る。
流れるように自然で、まるで1枚の絵画でも見ているかのようなその光景を私は見遣る。
「重そうだし、もしよければ僕が持って行くから大丈夫だよ」
「え、いえ、しかし……お客様にそのようなことは……っ」
「ね、ハンナちゃん」
狼狽えるメイドを他所に、流し目で意志を伝えてくるルド様に私は苦笑する。
「そう言うことでしたら、お言葉に甘えても宜しいでしょうか? 用意をしてくれてありがとう、助かったわ。あともう一つお願いしたいのだけれど、ヴァーレン様とライトお兄様が出て来たら、昼食のご案内をしつつ、私に知らせて貰えるかしら」
「恐れ入ります……っ。かしこまりました。また何かございましたらお申し付け下さい」
ペコリと頭を垂れるメイドを見送り、私とルド様は屋敷の外へ向けて歩き出す。
「私もお持ち致します」
「ありがとう、ハンナちゃん。じゃぁ、コレをお願いできるかな?」
「え……っ」
差し出した手に渡されたのは重そうな籠ではなく、手のひらサイズに作られた2匹の子りすのガラス細工だった。
「かっ……可愛いっ!!」
「あ、本当? 良かったぁ」
間違っても落とさないように、両手に持ち替えて私は思わず叫ぶ。
2匹の可愛い子りすは淡い色味で色付けされ、日の光を浴びてキラキラと輝いた。
「ハンナちゃんなら喜んでくれそうだなって思ったんだぁ。そんな喜んでくれると嬉しいなぁ、良かったらもらってくれるかい?」
「え、よろしいんですか? あ、ありがとうございます……っ!?」
ニコリと嬉しそうに微笑むルド様が、温かな日差しをバックにした完璧スマイルで顔を近づけてくるものだから、私はピシリと固まる。
「……ヴァーレン卿には、内緒だよ」
「……あ、は……ぃ……っ…………あっ!」
「ん? どうかしたのかい?」
近づくルド様のご尊顔の破壊力たるや凄まじく、私は声を上げながら後退する。
そんな私をキョトンと眺めながら、籠を持たない手を無罪だとでも言うように軽く上げるルド様に、私は速る心臓を感じながらも平静を装ってあせあせと口を開く。
「あっあのっ! そう言えばっ! 以前にお借りしていた上着を! すっかりと忘れておりましてっ!! あのっ……っ!」
「あぁ、そう言えばあったねぇ、そんなこと。気にしないでいいよぉ、困ってないしねぇ」
へらりと笑うルド様に、けれど私は一歩も引かずに言葉を続ける。
「いえっ! そう言う訳には! せっかく頂きました繊細なガラス細工を持ち運ぶのも怖いですし、一度部屋に戻っても宜しいでしょうかっ!? 直ぐっ! 直ぐに戻って参りますので! 屋敷を出て右の小道を少し進んだ所に座れる場所のご用意もありますからっ! どうぞ宜しければそちらで! お待ち頂けますと幸いですっ!!」
息つく暇もない程に捲し立てると、私はあたふたとしながらチラリとルド様の様子を盗み見る。
「……わかったよ。じゃぁ、その座れる場所とやらで待ってるから、気をつけて。転ぶといけないから、急がずゆっくりでね」
はははと困ったように眉尻を下げ、口元を隠して笑うルド様の年相応な表情に、私は益々と自身の体温の上昇を自覚する。
「で、では! お気をつけ下さい! 門番もいるかと思いますので、わからないことがありましたらお声かけ下さいね!」
そう言って、私は泡を食ったように踵を返して屋敷へ向けて庭先の道を戻る。
火照る頬と、速る鼓動に戸惑いながら、私はどこと無い後ろめたさを同時に感じていたーー。