ヤコクとサマルタリアの連合軍が攻めてきたことで婚姻の儀は中断を余儀なくされた。
俺たちの……主に俺とエルメスの活躍により五対一万のハンデ戦は圧倒的勝利をおさめた。
そのことでヤコクとサマルタリアは逆に降伏を申し出てきた。
エルメスの魔術はすさまじくひとりで半分くらいは撃退したんじゃないだろうか。
うーん、エルメスは怒らせないようにしよう。
どさくさ紛れで俺はあの時のテスタロッサへの返事をまだ出来ずにいた。
そんなある日城内では年一回の予算会議が開かれることになった。
毎年三月に開かれる予算会議とは……まあ文字通り今年度の予算を決める会議なのだが。
そこには大臣と兵士長のカルチェとメイド長のアスナロさんと料理長のランペイジさんと近衛兵長のギンさんが出席することになっていたのだが急遽王子として俺も参加することになった。
アスナロさんには会ったことがあるがランペイジさんとギンさんには会ったことがない。
本物のカズン王子とその二人との関係性もわからないので俺は事前にカルチェに話を聞いておくことにした。
「それでランペイジさんとギンさんはどんな人なんだ?」
昼休み中の会議室。
いるのは俺とカルチェだけだ。
「そうですね。ランペイジさんはかっぷくがよくて物腰が柔らかい方ですよ。カズン王子様とはあまり接点はないと思います。ギンさんは目つきの鋭い寡黙な方です。やはりカズン王子様とは接点はないと思います」
カルチェが口元に手を当て答える。
「そうか」
結局よくわからないままだな。
まああまり喋らなければボロは出ないだろう。
「お~、王子、それにカルチェも。早いですな~」
「失礼します」
大臣がアスナロさんとともに会議室にやってきた。
大きな長テーブルを囲んで俺の対面に二人は腰を下ろした。ちなみにカルチェは俺の隣に座っている。
「これはこれはみなさん、お待たせして申し訳ないです。失礼しますよっと……」
次に会議室に入ってきたのは自分の腹を抱えて窮屈そうに大臣たちの後ろを通る男性だった。
きっとこの人が料理長のランペイジさんだろう。
「カズン様ごきげんよう」
ランペイジさんは目が潰れるほどの笑顔を見せる。
「あ、どうもごきげんよう」
そしてしばらくすると細身だが締まった体の男性がやってきた。
「失礼」
俺の横に座る。
目が印象的なこの人が残る一人の近衛兵長のギンさんか……。
「何か?」
俺の視線に気付いて問うてくるギンさん。
目が怖い。
「あ、いやなんでもない……です」
つい敬語で返してしまった。
「みな集まったことだし、これより予算会議を始めたいと思う」
大臣が口を開いた。
俺に何が出来るのだろうと思っていたのだが、始まってみるとなんてことはない予算会議とは名ばかりの昼食会みたいなものだった。
予算はもう大臣があらかじめ決めていてそれをカルチェたちが承認するというだけの集まり。
年一回各組織の長が集まっての懇親会ってとこだろう。
昼食のメニューはカレーだった。
メイドたちが運んでくる。
「今日の料理は私が腕によりをかけて作りましたビーフカレーです。少々甘めに作ってありますのでどうぞ召し上がってみてください」
ランペイジさんが大きな体を揺らして説明する。
「おお。上手そうだ」
大臣が思わずもらす。
「ありがとう。もう行っていいわよ」
アスナロさんは料理を運んできたメイドたちに一言告げていた。
「いただきます」
ギンさんがカレーを一口。
「では私もいただきます」
カルチェがランペイジさんに一礼する。
俺も食べるとするかな。と言いたいところだけど俺の目の前にだけカレーがない。
「あの~……」
「あっちょっと待ってください、カズン様。カズン様は鶏肉がお好きだとミアから聞いたのでチキンカレーをご用意しました」
「えっ本当ですか」
ランペイジさんは重そうな巨体を揺らして立ち上がると、
「おーい、カズン様用のカレーを持ってきてくれるかな」
廊下に向かって声をかける。
すると一人のメイドがカレーを運んできてくれた。
俺の目の前に置いてくれる。
たしかにチキンカレーだ。
湯気が立っていてスパイスのいい香りがする。
「ランペイジさん、ありがとうございます」
「いいえ、気にせずどうぞ召し上がってください」
「じゃあ、いただきま――」
「待ってくださいっ!」
天井からスズの声がしたと思ったらスズ本人も降ってきた。
よろめきながらも着地するスズ。
「お前また天井裏から……」
「……カズンどの、そのカレーは食べてはだめです」
手を前に出し俺を制するスズ。
「なんでだよ。せっかくランペイジさんが俺のためにチキンカレーを作ってくれたのに」
「そのカレーには……毒が入っています」