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第114話

婚姻の儀?

なんだそれは?


エスタナ王の口から出た言葉は聞いたことのないものだった。


「ちょっと、婚姻の儀ってどういうことなのっ!?」

扉の前で盗み聞きでもしていたのかテスタロッサが血相変えて謁見の間に飛び込んできた。


「おお、テスタじゃないか。喜べ、カズンくんとの婚姻の儀が来週に決まったぞ。場所はイリタール城でやるそうだ」

「そんなこと訊いてるんじゃないってば、お父様っ! あたしまだ結婚なんて――」

「カズンくんはどうだね? 嬉しいだろう?」

「え、あ、はい。そうですね。嬉しいです」

俺の返事を聞いて一瞬びくっとなりそれから恨めしそうに俺を見据えるテスタロッサ。顔が少し赤い。


しょうがないだろ、あんなにこにこした顔で訊ねられたらそう答えるしかないだろうが。


「久しぶりで積もる話もあるだろうから二人でテスタの部屋に行くといい」

エスタナ王が提案する。

「じゃあミザリーさんはここに残ってイリタールの近況でも教えてちょうだいね」

ミザリーに向かってエスタナ王妃が話しかける。


「「「え」」」

俺とテスタロッサとミザリーは一様に同じ反応をしてみせた。



「それで……あたしとの婚姻の儀が嬉しいってあれ……本気なの?」

おそるおそる訊いてくる。

俺とテスタロッサはエスタナ王に半ば強引に促されるようにしてテスタロッサの部屋に来ていた。


「ていうかそもそも婚姻の儀ってなんなんだ?」

初めて聞いたからわからない。

この世界では普通なのか?


「はぁ!? あんたねぇふざけてんのっ!? あたしをもてあそんでるわけっ!?」

「いや、本当にしらないんだってば。俺はこの世界の人間じゃないんだぞ」

猛獣のように迫ってくるテスタロッサをなだめようとする。

「待てって、エスタナ王に同意するようなこと勝手に言ったのは謝るからっ」


「……じゃあ、何もわからず嬉しいって言ったわけね?」

「まあ、あの場ではああ言うしかないだろ」

「ふんっ。まったく、あんたってほんとに……」

テスタロッサはふいっと俺から離れ「あたしの気も知らないで……」とぼそぼそ言いながら窓の方へ向かった。


とりあえず落ち着いてくれたようだ。


「ミザリーの奴、大丈夫かなぁ」

俺がつぶやくと、

「ミザリーって一緒にいた気味悪い女のこと?」

失礼なことを言うテスタロッサ。

「あいつお前より年上だからな」


「あんたああいうのが好みなわけ?」

「好み? いや、別にあいつは宮廷魔術師見習いとして同行してもらっただけだけど」

「ふ~ん。なんかあんたの周りって女の子が多いわよね」

「そうかな」

うーん、言われてみればそうかもしれないな。

もとの世界では考えられなかったことだ。


「それで婚姻の儀っていうのは一体なんなんだ?」

「婚姻の儀っていうのは結婚する男女が結婚式の前に済ませておく形式的なものよ。今では王族くらいしかやってないわ」

窓の外を見ていたテスタロッサが振り返る。

「婚姻の儀を済ませたらもう後戻りは出来なくなるわ……あんたはあたしと結婚してもいいと思ってるの?」

テスタロッサが伏し目がちに訊いてくる。


結婚か……。

二十五年間真面目に考えたことなど一度もなかった。

彼女がいたことがないんだから当然と言えば当然だが。


テスタロッサが俺の返事を黙って待っている。

これ、なんて答えても怒り出しそうな気がするなぁ。


「……そういうお前はどうなんだ? 俺と結婚してもいいと思っているのか?」

「バ、バッカじゃないのっ!? あんたとなんてけ、結婚したいわけないでしょうがっ。ふんっ」

そっぽを向いてしまった。


沈黙が部屋を包む。

その時、


「テスタロッサ様、カズン様。よろしいでしょうか」


部屋の外から声がした。


テスタロッサが何も反応しないので俺が「どうぞ」と言うとメイドがドアを開けた。


「お話の途中申し訳ありません。実はカズン様のお連れの方が倒れられてしまって……すぐに医務室まで来てもらえないでしょうか?」

ミザリーが倒れただって?

「すぐ行きます。案内してもらえますか」

「はい、こちらです」

俺は「またなテスタロッサ」と後ろ姿に声をかけると部屋を飛び出た。



医務室に着くとミザリーはベッドで横になっていた。

ミザリーを診てくれていた医師に感謝の言葉を言ってから俺はミザリーに話しかける。

「おい、大丈夫か? ミザリー」

「……」

返事はない。


代わりにベッドの横で付き添ってくれていた医師が、

「大丈夫ですよ。気を失っているだけですから。多分極度の緊張と貧血が重なったのかもしれませんね」

ミザリーの額のタオルを取り替える。

「そうですか。よかった」

やはりあの状況で一人きりにしたのはまずかったか。


「あと一時間くらいは様子をみましょう」

「ありがとうございます」

俺はそう言ってミザリーのベッドの横にあった椅子に腰を下ろした。


額にタオルを乗せているのでいつもは髪で見えにくいミザリーの顔があらわになっていた。

見ると姉のカルバンインに似て整った顔立ちをしている。

髪切ればいいのに……。


結局三十分ほどでミザリーは目覚めたが大事を取って医務室を出たのはそれから二時間後のことだった。

俺たちはエスタナ王と王妃に挨拶を済ませると帰路についた。


「歩けるか? おんぶしようか?」

「そ、そんなそんなっ。だ、大丈夫ですからし、心配しないでください。そ、それより本当にも、申し訳ありませんでしたっ」


帰りの道中もミザリーは謝りっぱなしだった。

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