城門前でミザリーを待っていると、
「お、お待たせしました」
ぺこぺこと何度も頭を下げながらミザリーが近付いてくる。
「別にそんな待ってないから、かしこまらなくていいぞ」
「は、はい、す、すみません」
「いや、だから……」
「はっ、す、すみませんっ」
……もういいや。
「馬車で行くか歩いていくかどっちにする? 俺はどっちでもいいけど」
「わ、わたし乗り物酔いするので、で、出来れば歩きの方が……す、すみません」
自分に自信がなくて人の目を気にしててしかも乗り物酔い。
なんか一昔前の自分を見ているようだ。
ミザリーに共感を覚えながら、
「じゃあ歩いていくか」
「は、はいっ」
俺たちはエスタナに向かって歩き出した。
ミザリーは俺の一歩後ろを足跡をたどるようにうつむきながらついてくる。
俺は時々振り返りミザリーの様子を確認しながら歩を進めていた。
「ミザリーもカルバンインとかエルメスと同じ魔術学校に通っていたのか?」
「そ、そうです。ち、父の意向でお姉ちゃんとわ、わたしは魔術学校に通っていました」
「ご両親亡くなったんだってな」
「は、はい。ろ、六年前に事故で」
「そっか」
「そ、それからはお姉ちゃんがお、親代わりというか……だ、だから宮廷魔術師になってお姉ちゃんにお、恩返しがしたくて……」
「ふ~ん、そうだったのか」
ますますミザリーに共感してしまう。
「お前って年いくつなんだ?」
「に、二十三です」
俺の二コ下か。
「ところでその前髪なんとかならないか?」
前髪で隠れてミザリーの目がよく見えないから表情が読みづらい。
「は、恥ずかしいので無理です。す、すみません」
前髪をいじりながらぼそぼそっと答える。
「まあいいんだけどさ」
しばらく歩くと突然雨が降ってきた。
「結構強いな。雨宿りできる場所を探そう」
俺がそう言うとミザリーは、
「あ、ち、ちょっと待ってください」
魔術書を開き「……っ」ぶつぶつと俺に聞こえるか聞こえないかくらいの声で呪文を唱えた。
その瞬間、俺とミザリーの周囲を見えない膜のようなものが覆った。
「おお! 雨が当たらないぞ。なんだこれ」
「バ、バリアを張りました。あ、雨もこれで防げます」
ミザリーの言う通り雨がバリアによって弾かれている。
これはいつかエルメスが見せたものと同じ魔術かな?
便利な魔術だなぁ。
俺たちは強い雨も気にすることなくまたエスタナに向けて歩き出した。
一、二時間ほど歩いただろうか、雨も小降りになってきた。
だがそれとともに辺りが薄暗くなっていく。
「馬車ならもう着いてる頃だな」
「す、すみませんっ。わ、わたしが歩きがいいって言ったせいで……」
ミザリーがわかりやすく肩を落とす。
「あ、いや悪い、そういうつもりで言ったんじゃないから気にしないでくれ」
元気とか溌剌さといったものは全部姉のカルバンインの方が持っていってしまったのか、ミザリーは所在なさげにとぼとぼ歩く。
まいったな……。
なんとか気分を変えてやりたいが……。
「暗くなってきたな」
「は、はい」
「足元が見えにくくなってきたな」
「は、はい」
「お前の魔術でどうにかならないか?」
すると、
「バ、バリアを解けば光の魔術を使って辺りをて、照らせますけど」
ミザリーが顔を上げる。
「そんなことも出来るのか? じゃあ頼むよ」
「は、はい。わ、わかりました」
言ってミザリーが魔術書のページをめくる。
そして呪文を唱えた。
「明るい明るい。ミザリーはすごいんだな」
「い、いえ、それほどでも」
「ミザリーが一緒でよかったよ」
ミザリーの顔はよく見えないが口元は笑っているように見える。
多少自信を取り戻したようでなによりだ。
俺はほっと胸をなでおろした。
「今日はここらへんで野宿……でも大丈夫か?」
「は、はい。わ、わたし意外とアウトドア派なので大丈夫です」
本当か?
とてもそうは思えないが本人が言うのだからまあいいか。
「で、ではわ、わたしがテントを張りますね」
「あー待ってくれ。こんなこともあろうかとメガネに作らせておいた物があるんだ」
「メ、メガネ?」
ミザリーが困惑するのを尻目に俺はポケットから小さく丸まったボールのようなものを取り出した。
「な、なんですかそれ?」
「これはな、こうやって……」
俺はボールをぐにゅぐにゅと手の中で転がした。
その途端にボールが形を変え、大きくなっていく。
「あとは遠くに投げれば自然に……」
原理はわからないがボールがゲルのような大きなテントになった。
「す、すごいです……」
ミザリーはあっけにとられていた。
「あ、あれってど、どうなっているんですか?」
「メガネに訊いてみたんだけど俺もよくわからないんだ」
「メ、メガネって人なんですか?」
「ああ、そうだけど」
「は、はぁ~……」
ミザリーは大きく口を開けたまましばらく固まっていた。