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第109話

「魔術ですか? いえ、私は使えませんが」


トレーニングルームにいたカルチェをみつけて魔術を使えるか訊ねてみたのだが結果は期待通りとはいかなかった。


カルチェはいつもの胸当てなどをつけた装備姿とは異なって薄手のトレーニング着を身に纏っていた。

タオルで汗を拭きながら俺の質問に答える。


「使おうとしたこともないのか?」

「それはありますよ。うちの祖母が有名な魔術師でしたから。でも魔術の才能は姉さんにしか受け継がれなかったようですね」

続けて、

「だからここで私は日々体を鍛えているわけです」

さわやかな笑顔を見せるカルチェ。


「そうか、邪魔して悪かったな」

「邪魔だなんてとんでもない。カズン王子様ならいつでも大歓迎です。では失礼します」

嬉しい言葉を残してカルチェは重そうなダンベルを取りに戻った。



また振り出しか。


俺はトレーニングルームを出ると自分の部屋に向かった。

一階の渡り廊下を歩いていると向こうから二人のメイドとスズがやってきた。

スズは自分の体より大きな布団を三つ重ねて頭の上に乗せて歩いてくる。


「あ、カズンどのではないですかっ」

俺に気付き駆け寄ってくる。

「おう、仕事中か? スズ」

「はいっ、今日は天気がよかったのでお城のみんなの布団を干していたんです。今それをとりこんでいるところです」

スズもすっかりメイドが板についているなぁ。


「カズン様ごきげんよう」

「こんにちは、カズン王子」

二人のメイドはそれぞれ布団を一つずつ抱えている。


「ああ、ご苦労様。重そうだなそれ、手伝おうか?」

「いえ大丈夫です」

「でもありがとうございますね、カズン王子」

メイドたちが首を振る。


「カズンどのは何をされているのですか?」

「魔術を使える奴を探しててな……」

「魔術ですか。忍術なら拙者多少心得ておりますが」

忍者を探しているわけじゃないからなぁ。


「いや、いいんだ。ありがとうなスズ」

「そうですか、それでは失礼します」

「カズン様さようなら」

「失礼しますねカズン王子」


談笑する三人の後姿を見送ってから俺は自分の部屋へと戻った。



「あら、お帰りなさいカズン王子」

「……おかえり」

部屋にはアテナがいてエルメスに勉強を教えてもらっていた。

二人が俺を見る。


「おう帰ってたのか、アテナ」

「……うん。ちょっと前に」

「学校は楽しかったか?」

「……楽しかった」

「そりゃよかった」


「それで魔術師の件、何か成果はありましたか?」

エルメスが訊いてくる。


「いや、全然」

「そうですか、やっぱり……ってなんですか? 人のことじろじろ見て」

「……お前って何気にすごい奴だったんだなぁと思ってさ」

「なんか気持ち悪いですよ」

顔をしかめるエルメス。


俺は夕日が差す窓をみつめた。

「まいったな……」

優秀な魔術師探しは暗礁に乗り上げてしまった。


とその時、窓から下を覗くと城門のところで周りの人間よりひときわ背の高い銀髪の女性が門番の兵士となにやらやり取りしているのが見えた。


「あいつは……」

カルバンインだ。


見ているとカルバンインと目が合った。


「こんにちはっすー! 王子様ー!」


大きく手を振るカルバンイン。

隣にいたこれまた銀髪の女性が恥ずかしそうにうつむいている。


俺は門番の兵士に合図してカルバンインとその隣の女性を通らせた。


しばらくすると俺の部屋にカルバンインがやってきた。

何をしに来たのだろう。

もしかして心変わりでもして宮廷魔術師になってくれる気になったのかな?


「失礼するっす、王子様っ」

敬礼ポーズをとるとカルバンインはずかずか部屋に入ってきた。

俺の目の前に立つ。

やっぱりでかいなこいつ。


バレーボールブラジル代表にいてもおかしくないほどの高身長のカルバンインが部屋を眺め、

「エルメス先輩お久しぶりっす」

気持ちのいい礼をした。


「久しぶりねカルバンイン。あんたまた大きくなったんじゃない?」

「へへっ、そうみたいっす」

にかっと白い歯を見せる。


「それで、カルバンインどうした? 宮廷魔術師になってくれるのか? それともめぼしい奴がみつかったのか?」

「その件で話があるっす。おーい、ミザリー入ってくるっす」

廊下に向かって声をかける。

しかし、

「……」

何も反応がない。


「あれ~、ちょっと待っててくださいっす」

そう言うとカルバンインは廊下に出た。

そしてうつむき加減の女性の背中を押して戻ってくる。


俺の前に押し出された女性は長い銀色の髪を前に垂らし顔がよく見えない。


「ほら、王子様っすよ。挨拶するっす、ミザリー」


カルバンインに促されミザリーと呼ばれた女性がようやく口を開く。


「……あ、あの、その、わたしはミザリーといいます。よ、よろしくお願いします……」

「はぁ……」

何をよろしくすればいいんだろう。


沈黙が流れること数秒、カルバンインが女性の肩をばしっと叩いた。


「この子は私の妹のミザリーっす。魔術の才能は私以上っす。私が保証するっす」

「妹だって?」

この貞子みたいな奴が?

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