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第108話

しばらくして客足が落ち着いた頃カルバンインが俺のもとに小走りで戻って来た。

「お待たせしたっす、王子様っ」

「もういいのか?」

「大丈夫っす。妹が帰ってきたっすから」

レジカウンターを見ると白い服を着た髪の長い女性が立っていた。

俺と目が合い恐縮した様子で会釈する。


「ところで王子様、なんの話でしたっけ?」

「お前を宮廷魔術師に勧誘しに来たんだ」

「あーそうでしたかっ。だったら断るっす。申し訳ないっす」

勢いよく頭を下げるカルバンイン。


「私はパン屋になる夢を叶えたっすから今がとても充実しているっす」

「だったらなんで魔術師学校なんか通ってたんだよ」

「それは家の方針だったんすよ。でも両親も亡くなって好きに生きられるようになった今となっては魔術はもう必要ないんすよ」

吹っ切れた顔で答える。

またあてが外れたか。


「そうか、邪魔したな」

「お役に立てなくて申し訳ないっす」

「あーそうそう、ちなみにエルメスとかお前くらいの優秀な魔術師って他にいるか?」

「エルメスさんは優秀っすけど私は別にそんなそんなっ」

両手と顔を全力で横に振る。

銀色の髪が揺れる。


「謙遜はいいから。それで心当たりはあるのか?」

「う~ん、ちょっとわからないっすねー。魔術師学校時代の同級生とは連絡も取っていないっすから」

「わかったよ。じゃあ俺は帰るから」

「あっ、ちょっと待ってくださいっす」


帰ろうときびすを返した時カルバンインに呼び止められた。


「なんだ? もしかして誰か思い出したか?」

「そうじゃないっす。これ私が焼いたパン、持って帰ってくださいっす」

「……あー、そう。ありがとうな」


俺は袋いっぱいのパンを持ってカルバンインのパン屋をあとにしたのだった。



「おい、エルメス。お前が紹介してくれた奴だめだったぞ」

城の自分の部屋に戻った俺はエルメスにぼやく。


「そうでしたか……ってなんですかそのパンの数は!?」

俺はカルバンインに貰ったパンをテーブルの上に置いていく。

「お前の後輩に貰ったんだよ」

あっという間にテーブルの上はパンでいっぱいになった。


「よいしょっと……」

エルメスはベッドから起き上がりパンを一つ取るとそれを口に含んだ。

「あの子なんて言ってました?」

「パン屋になる夢が叶って今が幸せだとかなんとか」

「そうですか……」

遠い目をするエルメス。

カルバンインのことを思い出しているのだろうか。


「それで他に魔術師のあてはないのか?」

「そうですねぇ……私の頃は魔術師になろうとする者自体少なかったですし、ほとんどはサマルタリアの人間でしたから」

どうやらエルメスと同等の魔術師を探すという国王からの依頼は難航しそうだ。



トントン


「失礼します、ミアです。昼食をお持ちしました」


ノックの後にミアが入ってくる。


「こんにちはカズン様、エルメス様……ってすごい量のパンですねっ」

「ああ、これね。いろいろあってさ。ミアも食べていきなよ」

「え、いいんですか? じゃあお言葉に甘えて」


俺は昼食のフライドチキンをエルメスとミアはパンをそれぞれ口に運ぶ。


「魔術師の方を探しているんですか? カズン様は」

「そうなんだよ。でもなかなか思うようにいかなくてさ」

「エルメス様にお願いしたらどうなんですか?」

「一人だけ紹介してもらったんだけど、だめだった」

「私のせいじゃないですからね。勧誘するのはカズン王子の役目なんですから」

パンをほおばりながら俺を見るエルメス。


「わかってるよ」

俺はフライドチキンにかじりつく。


「彼女の家は代々魔術師の家系だったのでぴったりだと思ったんですけどね~」

とエルメス。

「本人がパン屋をやりたいんじゃ仕方ないさ」

そう。こればかりは仕方がない。

誰か別の人間を探すさ。



テーブルの上に沢山余ったパンはミアに持たせて他のメイドたちにあげるように言って、俺は少し城内を見て回ることにした。

もしかしたら城内に適役がいるかもしれないしな。



俺はまず兵士詰め所に顔を出してみた。


「カズン王子じゃないですかっ。どうされたんですか?」

俺の姿を見た兵士が椅子から立ち上がる。

「いや、ちょっと見学というかなんというか……」


兵士詰め所にいた兵士たちが俺のもとへ集まってくる。その中にはパネーナの姿もあった。

「王子、おれとまた手合わせしてくれよ」

「だったらおれともお願いしますよ、カズン王子」

「そうだなぁ……またあとでな。それよりお前たちの中で魔術が使える奴っているか?」

「魔術だって!? やだな~王子、そんな高尚なものおれたちに使えるわけないだろ」

「そうですよ。魔術が使えるなら兵士なんてやってないですよ。なあ?」

「ああその通りだな」

パネーナたちが笑いながら答える。


「魔術は努力もそうですけどまずは才能がないと使えないですから」

と兵士が教えてくれる。

そうなのか。魔術って誰でも使えるようになるわけじゃないんだな。

ことさら魔術師探しが困難に思えてきたぞ。


「でもエルメスさんがすごい魔術師なんだから妹のカルチェさんももしかしたら魔術が使えたりして……」

一人の兵士が口にする。が、

「いやそれはないだろ。兵士長が魔術を使うところなんて見たことないぜ」

「それもそうか、ははっ」

パネーナが一蹴。


「あっわりぃ王子、そろそろ持ち場の交代時間だからおれたち行くわ」

「そうか、時間とらせて悪かったな」

いそいそと身の回りの物を片付けるとパネーナたちは兵士詰め所を出ていった。



カルチェか……。

一応あたってみるか。

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