「魔術書は持ったか?」
「……うん」
「筆記用具は?」
「……持った」
「体操服は?」
「……持った」
「ハンカチは?」
「……持った」
「アテナちゃんお弁当は持ったの?」
「……持ってない」
「あぶねー、やっぱり確認してよかったな」
「そ、そうですね」
俺とエルメスはアテナの魔術学校登校初日に自分のことのように浮足立っていた。
「せっかくミアが作ってくれたリンゴ入り特製弁当だ。忘れずに持っていかないとな」
俺はリュックの中に弁当を入れてやる。
アテナはリュックを背負うと、
「……行ってきます」
と部屋を出ていこうとした。
「本当に一人で大丈夫か? 学校までついていこうか?」
「……大丈夫」
「カズン王子、アテナちゃんは見た目が小さいだけで私たちより長生きしてるんですからね」
わかっている。
わかっているのだが重そうなリュックを持ってふらつくアテナを見ると何かしてやりたくなる。
「じゃあ気をつけてな」
「お友達と仲良くね」
「……うん」
俺とエルメスは自室から下を見下ろす。
馬車に乗って登校するアテナを見送った。
アテナのことはちょっと心配だがそっけない振りをしておくか。
じゃないとまた過保護だとか言われそうだ。
「さあて、筋トレでもするかな~」
「カズン王子、テーブルの上片付けてください」
エルメスが突然言い出す。
「どした急に?」
そんな言うほど散らかってないだろう。
するとエルメスはざあっとテーブルの上の物を雑にどかすとそこにどこから取り出したのか水晶玉をどんと置いた。
「これでアテナちゃんの様子を観察しましょう」
「は? お前そんなこと――」
「しーっ」
口元を人差し指でおさえ俺の言葉をさえぎるとエルメスはなにやらぶつぶつと唱え始めた。
「……水晶玉よ、映し出せ!」
その瞬間、バレーボール大の水晶玉はぼんやりと輝きを放ったかと思うととある風景を映し出した。
それは草原の中ををかける馬車だった。
「おい、これって……」
「アテナちゃんが乗っている馬車ですよ」
平然と言ってのけるエルメス。
宮廷魔術師とは知っていたがまさかこんなことまで出来るとは。
「伊達にイリタール一の魔術師とは呼ばれてないですよ」
「お前すごい奴だったんだな……」
「そうですよ、もっと尊敬してくださいね」
水晶玉の中の馬車が止まった。
「あっ着いたみたいですよ」
ゆっくりと慎重に後ろ向きで馬車を降りるアテナ。
校門のところで校長先生がアテナを出迎えてくれている。
笑顔で「おはよう、アテナちゃん」と挨拶してくれた。
それにアテナも「……おはようございます」とぺこり。
「おお! ちゃんと挨拶出来てる」
「それくらいは出来るでしょう」
「いやまあ、そうなんだが……」
アテナは一人で何百年も生きていたわけだから常識があるのかないのか不安なんだよ。
アテナは担任の男性教師に連れられて教室に案内された。
エルメス曰く一番低学年のクラスで生徒数も二十人弱だということだった。
「先生、誰その子?」
「転校生ですかー?」
教室に入ると生徒たちから声が飛ぶ。
そんな中、
「あっアテナちゃんだ!」
とポニーテールの女の子が席を立ち上がった。
あの子はたしか学校見学の時に率先してアテナに話しかけてくれていた子だ。
「ピッピ座りなさい。ちゃんと先生から紹介するから……」
「は~い」
ピッピっていうのか、あの子は。
「みんな、この子は今日から新しいおともだちになるアテナだ。仲良くするんだぞ」
「はーい!」
「じゃあアテナは好きな席に座ってくれ」
「アテナちゃん、こっちこっち」
ピッピが自分の席の隣を指差す。
アテナはうなづき隣に座った。
「ピッピ、新しい教科書が届くまでアテナに見せてやってくれな」
「は~い、先生」
ピッピは教科書をアテナにも見やすいように二人の真ん中で広げる。
「……ありがとう」
「えへへ、どういたしまして~」
「ピッピちゃんですかあの子、いい子ですね~」
「そうだな」
あの子がいれば心配なさそうだな。
授業は平穏無事に進み給食の時間になった。
俺とエルメスも昼食をとりながら水晶玉を見続けた。
「エルメスちょっとソースとってくれないか?」
「あっ!」
エルメスが急に大声を上げる。
「なんだどうした?」
「あの男子、今アテナちゃんに意地悪したんですよ。アテナちゃんが飲んでる牛乳をぎゅってやって……呪ってやりましょうか」
「怖いこと言うなって、単なる子どものいたずらだろ」
俺にも経験がある。
アテナは人間離れした可愛さだからきっとその男子はアテナの気を惹きたかったのだろう。
水晶玉を見るとピッピがアテナの顔を拭き、その男子にアテナに対して謝るよう言っていた。
男子はアテナの顔を上手く見れないようだがそれでもちゃんと謝った。
照れてるのかな。
「ほら、もう解決した。こういうことは子ども同士の方がいいんだよ」
まあ、アテナはああ見えて五百二十二歳なんだけどな……。