「なんとっ。カズンどのは偽物だったのですね」
天井裏から声が聞こえたとほぼ同時に床に降り立つスズ。
「お前聞いてたのか!? っていうか監視するようなことはやめろって前に言っただろうが」
「えへへ~、面目ない。どうしてもカズンどののお役に立ちたくてつい……」
照れくさそうに頭を掻く。
「スズちゃん? なんで天井裏に?」
ほら、カルチェも驚いているだろうが。
「こいつは俺の護衛とか言ってたまに俺の部屋の天井裏に潜んでいるんだよ」
禁止したはずなのだがな。
「それよりスズ、今の話聞いてたのか?」
「はい、拙者目だけでなく耳もいいので。もうばっちりと」
耳に手を当てにこりと笑う。
「それでどうする気だ?」
「どうするとはどういうことですか?」
「いや、だから俺は偽物なんだぞ。誰かにバラすとか城を出ていくとかあるだろ」
「どうしてですか? 拙者がお仕えしているのは今目の前にいるカズンどのなので何も変わりませんが」
きょとん顔で返す。
なんて気持ちのいい奴。
「そ、そうか。ならいいんだ……これからもよろしくな」
「はいっ」
元気よくうなづくスズを見てカルチェが「なんか悩んだ私がバカみたいです」ともらしたのが聞こえた。
とそこへ、
「こら、スズ! 何さぼってるんだい! 休憩時間はとっくに過ぎてるよっ!」
メイド服を着たおばさんが現れた。
「あっ、これはカズン様。スズが申し訳ありません。何か粗相はいたしませんでしたか?」
いや、それよりあなたの声にびっくりしたのだが。
「ああ、大丈夫です」
「? カズン様?」
訝しげに俺を見る。
「カズン王子様、この方はメイド長のアスナロさんです。敬語を使うと怪しまれますよ」
カルチェがそっと教えてくれる。
この人がメイド長か。この城に半年いて初めて会ったな。
「アスナロ、気にしなくてもいいぞ」
カルチェのおかげでなんとか上手くやり過ごせた! と思ったのだがアスナロは、
「本当にどうかなさいましたかカズン様?」
食い入るように俺の顔を見てくる。
なんだ?
何か怪しまれるようなことしたかな?
「あーいえいえ、こんなことしている場合じゃありませんでした。スズ! 早く来なさい、今日はテスタロッサ様も来ていて忙しいんだからっ!」
我に返ったように顔を振り、スズを連れて部屋を出ていく。
「カズン様、失礼いたしました」という言葉を残して。
なんか礼儀正しいのか正しくないのかわからない人だったなぁ。
「カズン王子様はアスナロさんと会うのは初めてだったんですね」
「ああ、教えてくれてありがとうな」
「いえ、いいんです。でもめぼしい者の名前くらいは覚えておいた方がいいかもしれませんね」
「う~ん、そうだなぁ……」
その方がとっさの時にボロが出ないのかもなぁ。
「さっきの方がメイド長のアスナロさんで、このお城の料理長はランペイジさんといいます。兵士長は私で、国王様をお守りする近衛兵長がギンさんです。それと――」
「あー、待ってくれ。一度にそんなに覚えられないから」
「そうですか……はぁ、姉さんはこんなことも教えていなかったんですね」
「ああ、あいつは俺が……っていうかカズン王子が使用人の名前を覚えているはずないからって言ってたぞ」
するとカルチェは思い出したかのように手を叩き、
「なるほど。そう言われればそうかもしれません」
と一人納得してうなづく。
「先ほどアスナロさんが怪訝な表情をされていたのは名前を呼ばれたからだったんですね、きっと」
あ~、そういうことか。アスナロの俺に対する変な態度はそのせいだったのか。
「スズ、大丈夫だったかな?」
アスナロはかなり怒っていたようだったけど。
「大丈夫ですよ。アスナロさんは見た目怖いですけどすごく優しい方ですから」
カルチェは言う。
「スズちゃんのためを思って厳しくされているだけですよ」
「そうか。だったらいいんだ」
「あ、では私は訓練に戻りますね」
「ああ、頑張ってな」
この城に半年いるが、まだ知らないことは多いな。
アテナが俺に近寄ってきてテーブルの上にカルチェが置いていった一つのリンゴを指差し、
「……食べる?」
と訊いてきた。
「いいよ。アテナが食べな」
「……うん」
こくり。
無表情なのは相変わらずだがなんとなく喜んでいるように見えた。