「さっきからカズン王子様のことをユウキって……」
まずい。
ドアが開きっぱなしになっていたので全て聞かれてしまっていたらしい。
誰だよドアを開けっぱなしにした奴は。
ドアをちゃんと閉めなかったのは……俺の後から部屋に入ったアテナだ。
「……?」
自分のしたことに気付いていない様子のアテナは俺を上目遣いで見ながらワインをちびちび飲んでいる。
「どういうことですか? なんでカズン王子様のことをみなさんユウキって呼んでいるんですか?」
静寂が訪れる。
あ~、だめだ。飲みすぎて頭が回らない。
こういう時はエルメスが頼りだ。
そう思いエルメスに視線を飛ばすとついっと俺から目をそらした。
「……」
長い沈黙。
そんな沈黙の中、テスタロッサが俺を指差し、
「なんれってこいつのほんろうの名前はユウキだからに決まってるじゃないのよ~」
べろべろに酔っぱらい口を滑らせる。
「……え? え?」
目をぱちくりさせるカルチェ。
無理もない。
意味不明だろう。
「こいつはカズンの偽物らろよ。ほんろうのカズンはもう死んでるわっ」
テスタロッサは決定的な言葉を吐いてテーブルにつっぷした。
そして、ぐぅぐぅ……と寝息をたてる。
眉をひそめ俺を凝視するカルチェ。
「……あなたはカズン王子様じゃないんですか?」
「……ああ」
俺は観念して本当のことを全て話して聞かせた。
最初は戸惑っていた様子のカルチェも時間が経つにつれ平常心を取り戻してきたようだった。
「つまり私たちを騙していたわけですね」
「いや、これは本物の王子を殺した者を突き止めるためにわしとエルメスが頼んだことなのじゃ」
「そうなのよカルチェ。だからみんなには黙っていてほしいの」
国王とエルメスが説得しようとするが、
「……少し考えさせて」
そう言ってカルチェは部屋を出ていってしまった。
生真面目なカルチェのことだ、なかなか首を縦に振りそうにはないな。
俺は自分の部屋に戻ると適当な荷物をカバンに詰め込んだ。
「……何してるの?」
「ん……いやあ、もしかしたらこの城を出ていくことになるかもしれないと思ってさ」
「……だったらわたしも行く」
アテナが俺の服を掴む。
「お前は別にここにいてもいいんだぞ。みんなよくしてくれるしいつでもリンゴ食べ放題だからな」
「……カズンと一緒がいい」
嬉しいことを言ってくれる。
ワインを飲んだせいかしばらくするとアテナは寝てしまった。
俺はアテナをベッドに運ぶと毛布を掛けた。
一緒に行ってくれるっていうのはありがたいが俺と一緒ではその日暮らしになってしまうからな。
俺の服を握るアテナの手をそっと外すと俺はカバンを持ちドアに手をかけた。
「じゃあな、アテナ」
俺は後ろを振り返ってから前を向き静かにドアを開けた。
すると俺の部屋の前にカルチェが立っていた。
「……」
無言で俺を見据える。
「どうしたんだカルチェ?」
「それはこっちのセリフです」
無表情で立ち尽くすカルチェは考えが読めない。
「私、あなたに騙されていたと知った時本当に怒っていたんですよ」
とカルチェ。
続けて、
「……でも同時になぜかほっとしたのも事実です」
「どういうことだ?」
「私にだってよくわかりませんよ」
カルチェは俺の持つカバンを見て、
「……その荷物、お城を出ていくつもりだったんですか?」
「ああ、まあな」
「でしたらその必要はありませんよ」
「え」
「私お城のみなさんにこの半年のカズン王子様について訊いて回ったんです。そうしたらみなさん口をそろえてカズン王子様は変わったって……」
カルチェはうつむく。
「以前のカズン王子様は私が言うのもはばかられますが卑怯で乱暴で自分勝手で手が付けられなかったんです。正直あの人を心から慕っていた人は誰もいなかったと思います。でもあなたは違う」
俺の目をみつめるカルチェ。
「このお城には、いえ、この国にはあなたが必要です。だからこれまで通りカズン王子様としてここにいてください」
頭を下げた。
「いいのか?」
「はい」
まっすぐ俺を見るカルチェの表情は晴れやかだった。
不意にくいっと服のすそが引っ張られる。
「……お腹すいた」
話を聞いていたのかいなかったのかアテナが後ろにいた。
「アテナ様、リンゴをお持ちしましたよ。一緒に食べましょうか」
カルチェはポケットからリンゴを二つ取り出すとアテナに一つ手渡した。
「……うん」
それを両手で受け取ったアテナがとことこと席に着く。
「私たちも行きましょう。さあ、荷物は置いて、カズン王子様」
俺はカルチェに手を引かれテーブルで待つアテナのもとに戻っていった。
この時、天井裏にスズがいたことは十秒後に知ることになる。