勝負は雨の降りしきる城の中庭で行われることになった。
「カズンどの、雨の日はもっともお師匠が得意とする――」
「スズ。男同士の戦いに助言は禁物でござるよ」
千代丸さんは鋭い視線でスズを黙らせた。
中庭には雨だというのに仕事が休みのメイドや兵士が集まってきていた。
「カズン王子どの準備はいいでござるか?」
「ええ、いつでもいいですよ」
刀を構えた千代丸さんが構えを解き直立不動になる。
そして、
「ニン!」
と言葉を発するとついさっきまで立っていた水たまりの中にとぷんと沈んでいく。
「なんだっ!?」
みるみるうちに全身が水たまりの中へ入っていってしまった。
俺の視界から完全に消えた千代丸さん。
どこから来る?
やっぱり後ろか?
俺は周囲を見回す。
そしてもう一度前を向いた時、千代丸さんが目前に迫っていた。
俺の足元の水たまりから一瞬にして姿を現したようだった。
千代丸さんが刀を横に振るう。
俺はそれをかがんで避ける。
「おわっと」
なおも剣撃は止まらない。
二撃、三撃と刀を振って斬りかかってくる。
だが、俺も攻撃されてばかりではない。
隙をついて千代丸さんのどてっぱらに前蹴りをくらわせてやった。
入った。と思った次の瞬間、
ぱしゃん!
千代丸さんの体が泥水になって破裂した。
「えっ!?」
「カズンどの、それは実体のない水分身ですっ!」
大雨の中スズが叫ぶ。
「スズの奴、助言は厳禁だと言ったでござるに。よほどそなたのことを気に入っているようでござるな、カズン王子どの」
姿は見えないが千代丸さんの声は地面の中から聞こえてくる。
「しかし、手は抜かぬでござるよ」
姿は見えないし、見えても分身。どうすればいいんだ、これ。
うーん、スズが言うには分身体は実体がないんだろ、だったら……。
「よし……」
俺は目をつぶった。
視界は真っ暗になる。
「目をつぶって心の目で見るとでも言うつもりでござるか。そんなこと素人には出来んでござるよ」
地中から声がする。
だが雨音のせいで場所は特定できそうもない。
「カズンどの、前っ!」
スズの声が聞こえたが俺はあえて動かない。
すると、
ぱしゃん!
水が破裂する音が前から聞こえた。
水で出来た分身体がはじけた音だ。
やっぱり。
分身体は実体がないから無視しても大丈夫だ。
むしろ見えない方が惑わされなくていい。
ぱしゃん!
ぱしゃん!
その後も水分身が俺に当たっては消え、当たっては消えていく。
「くっ、いつまでそうしてるつもりでござる。それでは勝てぬでござるよ」
千代丸さんの声が少しだけ焦っているように聞こえるのは気のせいじゃないはずだ。
おそらく分身体を作るのにもかなり体力を消耗するのだろう。俺に攻撃してくるペースが落ちてきた。
そして待ちに待ったその時がやってきた。
グサッ!!
刀が俺の胸に突き刺さったのだ。
「ぅいってぇ!」
俺は刺された瞬間、筋肉に力を入れた。
ものすごく痛いし血も出ているが俺の自慢の大胸筋が刀を掴んで放さない。
「な、なにっ!? 抜けないでござるっ!」
目を開けると、そこには雨の中狼狽する千代丸さんの姿があった。
「これぞ肉を切らせて骨を断つ戦法だっ!」
俺の渾身の一撃がくさりかたびらを粉砕し、千代丸さんを後方に吹っ飛ばした。
「はぁ……はぁ……」
我ながらイタイ作戦だったな。二つの意味で。
「うおーっ!」
「王子様ー!」
「カッコイイ~!」
雨の中、ギャラリーが俺の痛みも知らずに騒ぎ立てている。
野次馬根性極まれりだな。
「カズンどのっ!」
スズが心配そうな顔で駆け寄ってくる。
「俺は大丈夫だから千代丸さんをみてやってくれ」
「は、はい!」
遠くの方で千代丸さんがスズに肩を支えられ立ち上がった。
千代丸さんもなんとか大丈夫そうだな。
「カズン様、大丈夫ですか?」
「見た目ほどひどくはないよ」
ミアに強がりを言いつつ俺は千代丸さんの方へ歩いていった。
「……拙者の負けでござる。拙者に勝ったカズン王子どのには責任をもってスズを一人前の女にしてくださることを願うでござる」
は?
一人前の女って、なんか話変わってない?
気付けばいつの間にか雨はやんでいた。