慰安旅行当日の昼過ぎ。
「カズン王子のせいで水着が無駄になりましたよ」
何回目の愚痴だろう、エルメスがこぼす。
「だから俺のせいじゃないって言ってるだろうが。国王の器が小さいせいだからな」
「しかも歩きって……これが慰安旅行ですか? 疲れをとりに行くのに余計疲れちゃうじゃないですか」
エルメスの愚痴が止まらない。
「姉さん、カズン王子様のおかげでこうしてみんなでお休みもらって温泉行けるんだから感謝しないと」
後ろを振り向き姉をなだめるカルチェ。
いい奴だなぁカルチェは。
本当に姉妹とは思えない。
「拙者は歩くのは好きだから楽しいです」
「あっわたしも歩くの好きですよカズン様」
意気揚々と歩くスズに続いてミアも言う。
「ああ、ありがとう」
「……楽しい」
「アテナもありがとうな」
「ぜんっぜん楽しくないんだけどっ」
声を上げたのはテスタロッサだ。
「旅行だっていうから来てみれば馬車はないしケチくさいし、おまけになぜか女の子ばっかりだし……」
ふくれっ面のテスタロッサが一番後方から文句を言っている。
「っていうかなんでお前までいるんだ?」
「お義父様に誘われたのよ。あんたが旅行に行くからフィアンセとしてついていってやってくれって。そしたら何よこれ、信じらんない」
「じゃあ帰ればいいだろ」
「何よ、あたしがいたら迷惑なわけっ!」
若干息を切らしながら俺をにらみつけるテスタロッサ。
「いや、全然迷惑ではないけど……なんかすまん」
「ふんっ」
機嫌の悪いテスタロッサにさすがのエルメスも黙ってしまっている。
とりあえず俺たちは宿泊先の温泉旅館へと歩を進めた。
国王が近場というだけあって温泉旅館は本当に城から近かった。
歩きで計四十分くらいだったろうか。
まあそれでもエルメスとテスタロッサは疲れてへとへとになっていたが。
二人は途中から一言も喋らなくなっていたからな。
「はぁ……やっと着いたのね」
テスタロッサがしばらくぶりに口を開いた。
「はい。ここが今回わたしたちが泊まる旅館です」
ミアが旅館を見上げながら答える。
「早速温泉に入りましょ。もう足が棒みたいになってるわ」
「姉さんてば、気が早いんだから」
「拙者、温泉は初体験です」
「……温泉楽しみ」
エルメスたちは口々に言う。
「じゃあわたしがチェックインを済ませてきますのでみなさんはロビーで待っててください」
フロントに小走りで駆けていくミア。
すっかりこの旅行の幹事みたいになっている。
「ここ一泊いくらなの? お義父様もずいぶんケチったわね」
「しー、声が大きいですよ、テスタロッサ様」
内装を見回し失礼なことを口走るテスタロッサをカルチェが注意する。
「温泉旅館というものは大体一様にこんな感じですから」
「そういうもんなの? あたし高級ホテルしか泊まったことないからわからないわ」
ブルジョワめ、嫌味な奴だ。
「そういえばお前、ハーレクインはどうしてる?」
「元気よ。羽が大きくなっちゃったから前みたいにあまり連れて出れなくなっちゃったけどね」
ハーレクインが進化して羽が大きくなったのがこの前だ。
「スズはどうだ? プフは元気にしているか?」
「はい。でもペット不可と言われていたので今日は連れては来れませんでしたが」
少し悲しい表情をするスズ。
「お待たせ致しました。それではお部屋にご案内させていただきます」
仲居さんがミアと一緒にやってくる。
「お荷物お持ち致します」
「ああ、いいですよ。みんな自分で持ちますから」
人数も多いので俺は仲居さんの申し入れを断った。
「ちょっと何勝手に断ってるの。あたし疲れてるんだから。だったら代わりにあんたが持ちなさいよね」
テスタロッサが俺にキャリーバッグを押し付けてくる。
「そういうことなら私のもお願いします、カズン王子」
エルメスも旅行カバンを渡してくる。
「まったく。お前らなぁ~」
そう言いながらも荷物を受け取ってしまう俺。
女性と付き合ったことのない弊害かこういう時の上手な対処法がわからない。
「大丈夫ですかカズン王子様? 姉さんの分は私が持ちますよ」
カルチェが心配そうに声をかけてくれるが、
「平気だよ、気にするな」
実際重さは大したことないからそう言っておいた。
「……カズン力持ち」
「おう、ありがとうアテナ」
俺たちは仲居さんに案内されてひのきの間という大部屋に通された。
「こちらに七名様のご宿泊でよろしいですね」
七人というと俺とエルメスとカルチェとミア、スズ、アテナ、それにテスタロッサか。
ん?
「ちょっとどういうこと!? なんであたしたちとカズンが同じ部屋なのよ!」
テスタロッサが声を上げた。
「いや、俺も今知ったとこだから……仲居さんもう一部屋ありますか? 小さい部屋でいいので」
しかし、
「申し訳ありません。本日は満室でしてこちらの部屋しかご用意出来ないのですが……」
そんな……。
沈黙が流れる中エルメスが口を開く。
「別にいいんじゃないですか同じ部屋でも」
「なっ!? なんてこと言うのよこの――」
「フィアンセのテスタロッサ様が同室を嫌がるというのは不自然に映りますよ」
テスタロッサに耳打ちする。
テスタロッサは冷静になって周りを見た。
みんなが注目していることに気付くと、
「あ、あたしは別に全然いいのよ。だけどみんなはどうなのかなって思って。男と一緒の部屋なんて嫌じゃないの?」
すると、
「全然」
「そうですね、カズン王子様なら問題はないです」
「カズン様なのでわたしも別に……」
「拙者も同じく」
「……嫌じゃない」
アテナに関してはいつも一緒の部屋だからいいとして、エルメスたちは一様に俺を受け入れてくれた。
「あっそうなの……べ、別にみんながいいならいいんだけどね……そう」
それ以上テスタロッサも言葉が続かなかった。
「じゃあ、さっさと温泉に入りに行くわよっ!」
「はい!」
エルメスのかけ声とともに女性陣は温泉へと向かっていった。
急に静かになった大部屋に一人残された俺は少しの間筋トレしていたが、
「……せっかくの慰安旅行だ。俺も温泉に行くか」
一人部屋を出た。
そして風呂場に着くとそこにあった張り紙を見て固まる。
「っ!」
そこには【混浴】の文字があった。