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第85話

隣国エスタナを抜けサマルタリア領内に入った。

関所では厳重なボディチェックがされたが俺たちは武器は持っていなかったのでことなきを得た。

唯一パネーナが携帯していた剣だけが押収された。


「サマルタリアのええ空気や。エルメスはんも懐かしいやろ」

ミコトが馬車の窓から顔を出す。

風で黒髪がはらりと舞う。


「そんなことよりこれからどこに行けばいいわけ? サマルタリアには着いたわよ」

「せっかちなお人やなぁ。昔と全然変わってへん」

「いいから答えなさいっ」

エルメスが語気を強める。


「せやなぁ、そしたらこのままあと十キロくらい走っておくれやす。草原にぽつんと小さな小屋が見えてくるはずやから」

「そこにこのカプセルを作った奴がいるのね」

「作ったかどうかは知らへんけどうちにくれたお人はおるんやないか」


馬車に揺られること数十分。

俺はいつの間にか寝てしまっていたようだ。

目を開け隣を確認するとミコトは俺の肩にもたれかかって眠っていた。

ほっと胸をなでおろす。

まあこの状況で逃げたりは出来ないか。


「カズン王子、今寝てましたよね?」

ミコトを挟んでエルメスがこっちをにらむ。

「国王様に目を離すなって言われてませんでしたっけ」


だがそう言っているエルメスの目も赤い。

こいつも今の今まで眠っていたに違いない。


「おーい! 王子! 小屋が見えてきたぜ!」


馬車の走る音に混じってパネーナの声が聞こえてくる。


俺とエルメスは窓から顔を出し前方を見た。

パネーナの言う通り一軒の小屋が建っている。


「おお。小屋があるぞ」

「ちょっとミコト、いつまで寝てんの。さっさと起きなさいっ」

「……んん」

肩をがくがく揺らし乱暴に起こすエルメス。


「……あら、もう着いたみたいやな」

小屋の前に馬車を止めると俺たちは馬車から降りた。

「ここで本当に合ってるの? 人なんか住んでそうにないけど」

エルメスが言うように小屋はボロくて小さくて風が吹いたら壊れそうな外観をしている。

「なんかお化けが出そうだぜ」

小屋を触りながら言うパネーナ。


すると、


「な~んですか、あなたたちは?」


小屋の中から白衣を着て眼鏡をかけた男が出てきた。


「おや、あなたはたしかミコトさん……でしたっけ? な~んか面白いことになってるみたいだね~」

ミコトの手にかかった手錠を見て白衣の男が言う。


「憶えていてくれはっておおきにメガネはん。今日はうちの友達も連れて来とるんよ」

「いつからあんたと友達になったのよ」


「それで今日はどんな用かな~? 僕ちょっと忙しいんだけどね~」


ミコトにメガネと呼ばれた白衣の男は眼鏡をずらしながら品定めするように俺たちを見た。


「あんたがこのカプセルをミコトにやったって聞いたんだけどほんと?」

「うち喋ってしもうた、堪忍してな」

ミコトが舌を出す。


「そんなのはぜ~んぜんいいよ。僕は自分のやっていることは別に隠してないからね」

「それでどうなの?」

「本当だよ。それを作ったのも僕だしね。まあ駄作だけどね~」

悪びれるそぶりも見せないメガネ。


「あんたね、このカプセルが悪用されてるのよ。生みの親としてなんとも思わないの?」

「僕は僕の研究をしているだけだし~、使う人間のことまで責任は持てないよ。刃物それ自体が悪ではないでしょ~」

「誰かに依頼されて作ってるわけ? だったら私がその倍のギャラを支払うから作るのをやめてちょうだい」

エルメスがメガネを金で説得しようとする。

その金はどうせ国王持ちなんだろ。


「僕は誰の指図も受けないし、お金にも興味はないですよ~」

「メガネはんはこういうお人やから。前に反国家組織に拉致されて生物兵器を作るよう強要された時もこんな感じやったと聞いてますえ」

「その時に受けた拷問のおかげで新しい作品の発想が生まれたんだよね~」

うっとりと遠い目をするメガネ。


「マッドサイエンティストって奴だぜ。どうする王子? とりあえずこいつしょっぴくか?」

パネーナが俺に振る。


「いや、こいつの言う通りただこいつは魔獣を入れられるカプセルを作っただけだしな、犯罪は犯してない……」

なによりこの技術力を捨てるのはもったいない。


俺はメガネに向き直り、

「なあ、メガネ……でいいのか?」

「お好きなように~」

「メガネ……お前うちの城に来ないか?」

「ちょ、ちょっとカズン王子、突然何を言い出すんですか!?」


エルメスが止めに入るが、

「だってこいつすごいぞ。イリタールのためになる物作ってくれるかもしれないし、それに目の届くところに置いておいた方がエルメスだって安心だろ」

「それは……」

「話が盛り上がっているところ申し訳ないんだけどさ、僕はどこにも行くつもりはないよ~。一人が落ち着くんだ~」

一人でこつこつと何かを作る。

まるでニート時代の家庭菜園をしていた自分を思い出す。


「この小屋の内装ごとそっくりうちの城の地下室に移すってのはどうだ? 静かな地下でこれまで通り一人で研究に没頭できるぞ。それにこんなへんぴなところじゃ飲み食いにも苦労するだろ。その心配もしなくて済む」

「へ~。そんな提案してきたのはきみが初めてだよ。たしかに週に一回町に買い物に行くのは面倒だったんだよね~」

メガネの心が揺らいでいるのがわかる。

やっぱりこいつニート時代の俺と思考回路が似ている。


「でもな~……」

「城での生活が嫌になったらまたここに戻って来ればいいさ。その時も全面的に手伝うぞ」

「ふ~ん、そういうことならついて行ってもいいかもね~」


「よしっ、決まりだな。じゃあお前はしばらくここにいてくれ。近いうち迎えをよこすから」

「オッケ~」


小屋の中に戻っていくメガネを見ながらミコトが、

「カズンはん、やっぱりすごいお人やなぁ」

俺の腕をつつつっとさする。


「いいのか王子、あんな勝手な約束してよ」

「大体小屋ごと移動させるなんて兵士がどれだけの数必要かわかりませんよ」

パネーナとエルメスが言うがそれは考えがある。


「俺はセルピコに貸しがあるからな。それを返してもらうさ」



一か月後、パデキアの兵士が数百人がかりでメガネの小屋の移動を果たしてくれた。

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