「な、な、な、なんで姉さんたちがいるのよ!?」
明らかに動揺しているカルチェが言葉を発する。
「なんでってあんたをつけてたから」
悪気もなく答えるエルメス。
「すみませんカルチェ様」
「カルチェどの申し訳ないです」
ミアとスズが頭を下げる。
「カズン王子様たちまでいるなんて……」
「俺は反対したんだぞ、一応」
すると様子がおかしいのを察したのか店長らしきフォーマルな服装をした女性が店の奥から姿を現した。
「どうかされましたかお客様……ってエルメスじゃない、どうしたのよこんなとこで」
「おばさん!? もしかしてここっておばさんのお店なの?」
エルメスが女性を見て驚く。
「エルメスの知り合いか?」
俺は小声で訊いた。
「ええ、私たちの叔母のロレッタおばさんです」
「おばさんはやめてって言ってるでしょ。まだ三十代なんだから」
ロレッタさんは笑顔でエルメスを小突く。
「お店を新しく始めるとは聞いてたけどまさかメイド喫茶だったなんて。しかもカルチェが働いてたなんてね」
「オープンしたばかりで人手が足りないのよ。カルチェは美人だし真面目だから手伝ってもらってたの」
「ふーん、私には声がかからなかったみたいだけど~」
「エルメスはちょっと背が高いし、メイドって感じじゃないでしょ」
ロレッタさんはあっけらかんと返す。
「それに比べてこっちの可愛らしい二人はメイド服が似合いそうね」
ミアとスズに視線を落とすロレッタさん。
「今も言ったけど人手が足りないの、手伝ってくれないかしら?」
「ちょっと、ロレッタおばさん。私だけじゃなく二人にも働かせる気なの」
とカルチェはロレッタさんを止めようとする。
が、ミアとスズは顔を見合わせ、
「「いいですよ」」
声を揃えて言った。
「「お帰りなさいませ、ご主人様~」」
メイド姿で息ぴったりのミアとスズがお客を出迎えている。
「様になってるわねー」
とロレッタさんも感心している。
まあ、二人はメイドが本職だからな。メイド喫茶のメイドとはちょっと違うけど。
ミアとスズは他のメイドたちと比べても遜色ない仕事ぶりだった、いやそれどころかお客を沢山ひきつけて店の売り上げに貢献している。
「あの子たちここでずっと働いてくれないかしら」
腕を組みながら手をあごに持っていくロレッタさん。
「あの二人は高いわよ~」
とエルメスがロレッタさんの足元を見るがお前にそんな権限はない。
と、
「っていうかあなたってカズン王子?」
「え、ええ、まあそうですけど」
「やっぱり~。どこかで見たことあるなぁとは思ってたのよね」
ロレッタさんは俺の顔をまじまじと見る。
「王子がメイド喫茶に来てくれるなんてね~。なんかあなた最近前と比べて評判いいじゃない。もしかして別人に入れ替わってたりして……」
ギクッ。
「……なぁんてねっ」
ロレッタさんは俺に流し目をくれるときびすを返し奥のテーブル席に歩いていく。
「王子なんだからお金いっぱい落としていってね~」と言い残して。
「カズン王子、気を付けてくださいよ。ロレッタおばさんは勘がいいですから」
すすっとエルメスが俺に近寄る。
うーん。俺はロレッタさんの後ろ姿を見る。
……ロレッタさん、つかみどころのない人だ。
「カズン王子様、せっかくですから何か召し上がりますか?」
メイド服を身に纏ったカルチェがメニューを持って勧めてくる。
「ついでだから姉さんもどう?」
「へ~、いろいろ種類があるのね」
メニューを受け取ったエルメスが近くの椅子に腰掛けた。
俺もエルメスの横に座る。
「私、メイドさんの愛がたっぷりオムライスにしようかな~。カズン王子はどうします?」
俺はコミュ障ニートだからというか、それともなのにというべきか、とにかくメイド喫茶は初体験なのだ。
「俺も同じのでいいよ」
口に出すのが恥ずかしいメニュー名ばかりなのでエルメスと同じものを頼んだ。
「じゃあ、メイドさんの愛がたっぷりオムライス二つでいいですね……カルチェ、メイドさんの愛がたっぷりオムライス二つちょうだいっ」
「はい、かしこまりました」
しばらくして、
「お待ちどうさまでした。こちらメイドさんの愛がたっぷりオムライスになります」
ミアが料理を運んできた。
もうすっかりメイド喫茶の店員と化している。
「わあ、おいしそう~」
エルメスの言葉通りおいしそうには違いないが、どこが愛がたっぷりなのだろう。
メイドさんの愛とやらがケチャップのことならたしかにたっぷりだが。
「カズン王子食べないんですか? おいしいですよこれ」
口の周りにケチャップをつけてエルメスが俺を見る。
「……いただきます」
俺がスプーンを手に持った時、
「おうおう、誰の許可取ってここで店出してるんだ!」
「店長呼べ、店長!」
龍の刺繍が入った服を着た大柄な男と小柄な男そして中肉中背な男が大きな声を上げて店に入ってきた。
ロレッタさんが気付いて近寄ろうとしたがカルチェがこれを制した。
カルチェは男たちの前に立ち、
「ここはご主人様たちの憩いの場所でお前たちのような者が来るところではない。帰ってもらおうか」
「威勢のいい姉ちゃんだな。おめえがサービスしてくれるってんなら考えてやってもいいぜ、な?」
「ゲェヘヘそうですねぇ兄貴」
「ここでは店に迷惑だ、続きは外でしよう」
「関係ねえな!」
大柄な男は近くにあったテーブルをカルチェに向かって片手で放り投げた。
カルチェはこれを避けたが、ガシャーンとテーブルに乗っていた皿が床にたたきつけられた。
「くっ……」
「カルチェどの、拙者も加勢します」
スズがカルチェの隣に立つ。
「カルチェどのこれを」
「これは……」
スズがメイド服に忍ばせていた脇差しの内の一本をカルチェに渡した。
「メイドが一人増えたぜ」
「ゲェヘヘそうですねぇ兄貴」
メイド姿の二人は風のように俊敏に滑らかに動き、男たちの目の前に現れる。
「「なっ!?」」
ドン。ドン。
「みね打ちです」
「同じく」
大柄な男と小柄な男はくの字に曲がって前にへたり込んだ。
「ひっ……」
中肉中背な男は逃げるのかと思いきやその場にとどまりポケットをあさる。
そしてカプセルを取り出すと、
「こっ、こいつの中には凶暴な魔獣が入ってるんだぜ。よ、呼び出されたくなかったらみかじ――」
「お前も寝てろ」
「めうぐっ!?」
俺は男の背後に回り込むと首に軽く一撃をくらわせてやった。
倒れた男の手からはカプセルが転がり落ちる。
俺はそれを拾った。
ラハールの時と同じものかな……。
「ご主人様方、楽しんでもらえましたか? うちのメイドたちによる悪者撃退ショーでした~! 拍手~パチパチパチ~」
いつの間にかマイクを手にしたロレッタさんはアナウンスを始めていた。
客たちもあっけにとられていたがショーだとわかると盛大な拍手を送った。
口八丁手八丁、場を盛り上げながらロレッタさんは倒れた男たちのポケットから財布を抜き取っていた。
俺と目が合うと「修理代っ」とウインクする。
ちゃっかりしてるなロレッタさんは。