「カルチェの様子がおかしいのよね~」
エルメスがバナナを頬張りながら独り言のようにつぶやく。
ミアが朝食の用意をしてくれていた時、突然俺の部屋に来たエルメスはアテナの前に陣取ったままだ。
「……」
「……」
どうしたの待ちのエルメスを俺は無視していた。
アテナはいつものごとくリンゴをかじっている。
だが、
「エルメス様どうかしたんですか?」
ミアが余計な気を回してエルメスに話しかけた。
「う~ん……実はね、カルチェが最近付き合いが悪いのよね。何か私に隠れてこそこそしてる時もあるし」
「そうなんですか」
「あの子、男が出来たんじゃないかって気がするのよね」
「え、カルチェ様に恋人ですか?」
二人で話に花が咲いて結構だが俺の部屋以外でやってくれないかな。
「カズン王子も気になりますよね?」
エルメスが俺に振る。
「別に」
「カルチェに男がいるかもしれないんですよ。もしそうならあの子純粋だからきっと騙されてるに違いないですよ」
「仮にそうだったとしても俺たちには関係のないことだろ」
というかエルメスはいつまで俺の部屋に居座るつもりだ。
「カズン様、冷たいです」
とミアが言葉を浴びせてくる。
「あの子は世間知らずの剣術バカなんです。剣術以外なんの取り柄もない子なんです。だから私たちが尾行して見守ってあげないといけないんですよ」
バカはお前だ。
「姉妹で尾行なんてするなよ。カルチェが知ったら怒るぞ、きっと」
「いいえ、姉の愛は全てにおいて勝るんです」
意味の分からないことをのたまう。
「ちょうど今日はカルチェが休日ですから、あとをつけてみるつもりです。カズン王子もどうせ暇でしょうからついてきてください」
大きなお世話だ。
「でももし本当にカルチェ様があまりがらのよくない男性に騙されていたらどうしますか? それでもカズン様は平気なんですか?」
真剣な顔のミアが俺をみつめる。
「う~ん……そりゃあ、平気ではないけど……」
「だったら決まりですねっ。私たちでカルチェを守りましょう!」
エルメスが手を差し出した。
「はい!」
ミアがエルメスの手の上に自分の手を重ねる。
「……」
俺を見るエルメスとミア。
「はいはい、わかったよ」
俺も手を重ねた。
はぁ~。
ミアはともかく、エルメスはきっとこの状況を楽しんでいるだけだろう。
我関せずとばかりにアテナは二つ目のリンゴに手を伸ばしていた。
「それでなんでスズまでいるんだよ」
カルチェの尾行チームのメンバーがいつの間にか一人増えていたのだ。
「実は今日は二人で遊ぶ約束をしていたんです」
とミア。
「拙者もミアどのから話は聞きました。微力ながらお手伝いしたいと思います」
メイドコンビはお揃いのフリルのついたスカートをはき、上は色違いのジャンパーを羽織っている。メイド服ではない二人の姿を見るのは新鮮な気分なのだが。
ちなみにエルメスはこの寒いのに露出度の高い服を着ている。
目のやり場に困る、とスズに目をそらす。
ん? スズの腰に見えるのは脇差しか。
「私服の時くらい武器は置いて来ればいいものを……」
「みんな静かにっ。カルチェに気付かれるわよ」
先頭を行くエルメスがこっちを振り向いて注意する。
「あっ、すみません」
「面目ないです」
ミアとスズは小声で謝った。
俺たちは今カルチェのあとをつけている。
俺は乗り気ではなかったが押し切られる形でこうしてここにいる。
それにしてもカルチェは休日だというのに胸当てやら肩当てやらをつけて普段と同じ軽装備をしている。
そんな恰好で男とデートするようには思えないけどな。
「カルチェが花屋に入ったわ……えっもしかして相手はダン!?」
エルメスの声が大きくなる。
「やや、ダンどのですか?」
「いや、それはないだろ。ダンはテスタロッサ一筋だし――」
「わかりませんよカズン様。同じ剣士同士惹かれ合ったのかもしれないです」
スズもミアも目を輝かせている。
どうでもいいが女子はなんでこうも恋愛話が好きなのだろう。
「ちょっとカズン王子もっとそっち行ってください」
「ぐぇ……」
俺たちは柱にぎゅうぎゅうになって隠れている。
「カズンどの、あまり押さないでもらえますか」
「狭いです~」
「あっ出てきたわ、隠れてっ」
花屋から出てきたカルチェは花束を持っていた。
「どうやらカルチェの相手はダンじゃなかったみたいね」
エルメスがささやく。
「そのようですね」
「あ、時計を見て走り出しましたよ」
ミアの言う通りカルチェは急ぐように小走りで駆けだした。
「見失わないように私たちも行くわよっ」
「はい」
「はい」
「はいはい」
しばらくあとを追うこと十分弱、ようやく目的地に着いたようだ。
カルチェが足を止めたのは一軒の店の前だった。
俺たちは看板に隠れて様子をうかがう。
看板には【かむほ~むかふぇ】と書かれていた。
カルチェが店に入ったのを確認してからエルメスが、
「私たちもあの店に入ってみましょう。男と待ち合わせしてるかもしれないわ」
と提案する。
「入っても大丈夫でしょうか」
「鉢合わせしたりしたらカルチェどのが怒るのでは」
「今更何言ってるのここでうだうだしててもしょうがないでしょ。それに寒いわ」
寒いのはお前が薄着だからだろ。
「ところでカズン様は今日は変装してないんですね。城下町に来るときはいつも変装していましたよね」
ミアが俺の全身を見る。
「ああ、心境の変化ってやつだ」
それに評判が良くなったおかげか意外と王子が町にいても騒ぎにならないしな。
「そうなんですね」
「そんな話は後にして。とにかく虎穴に入らずんばなんとかよ」
エルメスは俺たちを半ば強引に引っ張り、店の前に進んだ。
自動ドアが開く。
「お帰りなさいませ、ご主人様~……って姉さんっ!? カズン王子様っ!?」
甘い声で出迎えてくれたのはメイド姿のカルチェだった。