「きゃーーー!」
城内に悲鳴が響き渡る。
多くの人たちがパニックになり我先にと逃げようとする。
それによりあちこちで倒れる人が出てくる。
魔獣を出したはずのミスターブラック本人も「なんなんだこれはっ!?」と戸惑い逃げ回っていた。
「グォォォォー!」
巨大な亀のような魔獣がのそのそと動きテーブルを踏み潰す。
「トゥトゥトゥー!」
巨大な鶏のような魔獣は大きな羽をばたつかせている。
「ギャアォース!」
巨大な恐竜のような魔獣が肉料理をテーブルごと丸のみにする。
「さあこっちじゃ、こっちに逃げるのじゃ!」
「押さないで。みんな落ち着いて、こっちよ」
国王とテスタロッサが指揮をとり貴族たちを誘導する。
逃げ遅れた子どもの頭上に魔獣が弾き飛ばしたテーブルが落ちてくる。
「きゃあ!」
テーブルが宙に浮く。
エルメスが子どもの周りにバリアを張ったのだ。
「さあ、今のうちに早く逃げなさい」
そのエルメスめがけて鶏のような魔獣が突っ込んでいく。
「危ないっ!」
テスタロッサが声を上げる。
エルメスが覚悟を決めぎゅっと目を閉じた。
「……カズン王子」
そっと目を開けたエルメスが俺の名を口にする。
俺は鶏のような魔獣のくちばしを掴み受け止めていた。
「はっ!」
飛び上がると魔獣の顔めがけ蹴りをくらわせた。
魔獣は車に轢かれた鶏のような鳴き声を上げ床に倒れこんだ。
「くそっ。お前たちも行けっ。バカ王子を懲らしめてやれっ」
全員部屋から逃げきったと思ったら魔獣をこっちにけしかけている奴がいた。
ラハールだ。
何してんだあいつ!
ラハールの命令通り恐竜のような魔獣が唸り声をあげ俺に襲いかかってくる。
「ギャアォース!」
大きな口を開きかぶりついてきた。
俺は後ろに飛び避ける。
すると空振りした恐竜のような魔獣は口から火を吹いた。
「うわっ!?」
俺は逃げきれず丸まって防御する。
せっかくの正装が見る影もなく半分以上燃え落ちた。
上半身裸の俺は後ろを確認した。
エルメスが国王とテスタロッサの三人分のバリアを張っていた。
とりあえず三人は大丈夫そうだ。
「びっくりしただろうがっ」
俺は恐竜のような魔獣の額に拳を放つ。
拳が肉を穿ち脳まで達した。
魔獣が大きな音を立て倒れる。
「くっ、どうなってるんだあいつは!? こうなったら最後の一匹だ、行け!」
ラハールが怒鳴るが亀のような魔獣はむしゃむしゃと床に散らばった果物を食べていた。
「のろまな亀がっ。使えない奴だ、くそっ」
地団駄を踏むラハール。
だがその言葉に反応した亀のような魔獣がさっきまでとは比べ物にならないくらいの速さでラハールに向かっていく。
「なっなんだ!?」
大きな足でラハールを踏みつぶそうとする魔獣。
「うわぁぁぁー!」
俺は亀のような魔獣より素早く動きその大きな足を受け止めた。
「ひっ!?」
「今のうちに逃げろ」
ラハールは俺に促され部屋の隅に走った。
魔獣はなおも前足に体重をかけてくる。
「うぐっ……うおおー!」
俺はそれを全力で払いのけた。
「今度はこっちの番だっ」
殴りかかろうとするが魔獣は全身を甲羅の中に引っ込めてしまった。
俺は試しに甲羅を殴ってみたがびくともしない。
「おい、人間の言葉はわかるんだろ。それじゃお前も攻撃できないだろ」
すると魔獣は独楽のように回りだした。
徐々にスピードが上がっていく。
しかも近づいてくる。
「げっ、どうしよう……」
その時、
「カズン王子様っ」
「カズンどのっ」
カルチェとスズが騒ぎを聞きつけたのか部屋に入ってきた。
そしてスズが「これをお使いください!」と言って剣を投げてくる。
受け取った剣を見る。
これは俺が城下町の鍛冶屋で買った剣じゃないか。
「アテナどのが持っていけと拙者にわたしてくれました!」
とスズ。
アテナが……。
その間にも魔獣はどんどん回転スピードを上げ迫ってきていた。
俺は高く飛び上がり部屋の天井に足を着くと、甲羅の中心に剣が刺さるように天井を蹴って落下した。
ガキィィィーン
キュイィーン
キュイーン
キュイン
グサッ
回転スピードの速さがあだになったのか甲羅の中心をドリルで穴を掘る要領で剣が刺し貫いた。
魔獣は絶命していた。
「何があったのですか?」
スズが訊いてくる。
「こいつよ。ラハールが魔獣をこの部屋に召喚したのよ」
テスタロッサが返す。
「でも魔術師でもない人間にそんな芸当は不可能ですよ」
とドレスをはたきながらエルメスが言う。
「サマルタリアの宮廷魔術師の女から魔獣を買ったんだ。あんたに……いや、カズン王子様に痛い目に遭ってもらおうと思って……」
うなだれたラハールが口を開いた。
「これが魔獣を入れていたカプセルだ。小さくして持ち運べる」
タマゴほどの大きさのカプセルを見せる。
「サマルタリアの女宮廷魔術師って……もしかしてミコトって名前だった?」
エルメスが訊く。
「あ、ああ。たしかそんな名前だったよ」
ラハールが俺を見て、
「悪かった、いや、申し訳ありませんでした、カズン王子様。みなさんにも迷惑をかけました。どんな罰でも受けます」
土下座をした。
「ラハール。顔を上げてくれ」
「はっ」
「今日は城に魔獣が三匹も侵入してしまいましたね。もっと警備を厳重にしないといけないですね国王」
「んん? おお、そうじゃのう。今日の出来事は警備がまずかったから起きたことじゃ。うむ」
「ちょっとカズン。まさかあんたラハールを許そうってんじゃないでしょうね」
テスタロッサが俺をにらみつける。
「国王様もどうかと思いますよ」
とエルメスも続く。
俺はラハールを見下ろし、
「ラハール。今回は大怪我をした人は一人もいなかった。それにもとはと言えば俺が悪かったんだ。だから俺はお前を許したいと思っている」
ただしと付け加えて、
「ここにいる全員がそれを許可してくれたらだが」
俺は全員の顔を見た。
「わしはよいぞ」
国王が答える。
「私も構いませんが」
「拙者もです」
カルチェとスズ。
あとはエルメスとテスタロッサだけだ。
「まあ、私は別に被害はなかったですから国王様がいいのなら私がどうこう言ってもアレですし……」
何が言いたいのかよくわからないが、
「とにかくいいってことだな」
「ええ、まあ」
「な、何よみんなしてあたしを見て。これじゃまるであたしが嫌な奴みたいじゃないっ。もう……わかったわよ、好きにすれば」
テスタロッサが折れた。
「ってわけだ、ラハール。よかったな。でも次はないからな、よく覚えておけよ」
「……み、みなさん、本当に申し訳ありませんでした……うわぁぁ~」
ラハールは子どものように泣きじゃくった。