その日は朝からメイドたちが慌ただしかった。
そのせいで俺はいつもより一時間も早く目が覚めてしまった。
なんなんだ一体?
ミアが朝食を持ってやってきたので何かあるのか訊ねると、
「えっ、今日は毎年恒例の貴族様たちとのティーパーティーの日ですよ」
とのことだ。
そんなご存知みたいなテンションで言われてもなぁ。俺は偽物の王子だからな。
「あっそうですねカズン様は初めてでしたね。ティーパーティーというのは国王様が毎年貴族の方々をお城にお呼びしておもてなしをする会なんです」
ミアがアテナにリンゴを手渡す。
「国中の貴族様たちが集まるんですよ。本物のカズン様は毎年楽しみにしていらっしゃいました」
ということは俺は欠席するわけにはいかないか。
気が進まないなぁ。
そういう集まりはコミュ障ニートが最も苦手とするものだからな。
俺はアテナを見た。
アテナは無表情でリンゴをかじっている。
「アテナは悩みがなさそうでいいな」
「……?」
俺を不思議そうに見上げる。
ちなみにアテナには俺が本物のカズン王子ではないことを話してはいないものの隠してもいない。
別にアテナに知られてもどうってことなさそうだからそうしている。
「出たくないなぁ」
「カズン王子の肩を持つわけじゃありませんがあなたは欠席した方がいいかもしれませんよ」
とはエルメスの言葉だ。
ここは国王の部屋。
国王とエルメスとテスタロッサ、俺の秘密を知る四人中三人がそろっている。
「どういうことだ? エルメス」
「それはあんたが……じゃなかった。本物のカズンが去年やらかしたからよ」
ドレス姿のテスタロッサが割って入る。
「やらかしたって何を?」
「カズン王子が酔っぱらって大貴族のマハール様のご子息のラハール様を殴ってしまったんです」
こちらもドレス姿のエルメスが答える。
「わしが仲裁に入ってなんとか事なきを得たのじゃが、あれは修羅場じゃったわい」
と国王。
「その後も場が盛り下がっちゃって酷いパーティーだったわ」
「それにラハール様は納得いってなかったようですし」
そりゃあ酔っ払いに殴られたら誰だって納得いかないよな。
「もしラハール様と顔を合わせたりしたら……」
「じゃが、王子が出席せんわけにはいくまい」
「そうなんですよね」
「困ったもんだわ」
俺が悪いかのように三人が一様に俺を見る。
「何事もなければいいんだけど」
テスタロッサの最後の一言が頭にこびりついた。
ティーパーティーは午前十一時から午後九時までの十時間。
間に豪華な昼食と三時のおやつと夕食が用意されている。
さらに国一番と呼び声高いマジシャンのショーもあるらしい。
だからといって十時間は長すぎるだろ。
そう思っているのは俺だけなのか、俺以外のみんなは立食形式の食べ物に食指を動かしながら四、五人のグループで話し込んでいる。
国王はともかくテスタロッサやエルメスも上手く場になじんでいた。
かくいう俺は一人ぽつんと突っ立っているだけだ。俺のテーブルには誰もいない。
持て余した時間を潰すため次々と食べ物を口に運んでいたが胃袋の方が悲鳴を上げ始めている。
困った、もうすることがない。
たまに貴族の人と目が合っても慌ててすぐにそらされてしまう。
きっと去年のことが原因なのだろう。バカ王子め。
すると俺がずっと一人でいるのを見かねたのかエルメスが話しかけてきた。
「大丈夫ですかカズン王子」
「いや、手持ち無沙汰だ」
「こうなるとは思ってましたけどちょっとだけ可哀想ですね」
「その割には半笑いじゃないか」
「ふふっすみません」
そう言うとエルメスは別のテーブルに移っていった。
ドレス姿だからかそれとも他人と会話を上手に楽しんでいるからか普段よりエルメスが大人っぽく見えた。
部屋に戻ろうかな。
心が折れかけていると、一人の男が近寄ってきた。
「どうもお久しぶりです。カズン王子様」
うやうやしく一礼する。
久しぶり?
誰だ?
「まさかお忘れですか?」
「い、いや、そんなことは……」
俺が口ごもっていると、
「これはラハールさんお久しぶりですわ」
テスタロッサが相手に見えないように俺の横っ腹にひじ打ちを入れたきた。
テスタロッサなりの助け舟だった。
なるほど、こいつがカズン王子に殴られたラハールか。
怒っているって聞いたけどそれにしては物腰柔らかな態度だ。
同年代くらいかな。
「ラハールさん去年は本当にすみませんでした」
俺は自分がしたことじゃないのに頭を下げることにした。
「なっ!? な、何を今あっ、いや……もう気にしていませんから頭をお上げください」
何か言いかけた様子のラハール。目を丸くしている。
俺の謝る姿を見て他の貴族たちも目を丸くする。
これで他の貴族たちとも少しは喋れるようになるといいんだけど。
「で、では失礼します。カズン王子様」
そう言ってラハールは離れていった。
「あいつ怒ってなさそうだぞ。お前たちの心配は杞憂だったな」
「はいはい」
テスタロッサは肩をすくめて去っていった。
テスタロッサの奴さすがにここにハーレクインは連れてきていないみたいだな。
謝罪の姿を見せたからか俺に話しかけてくる貴族が複数人出てきた。
まあそのほとんどは女性を紹介するとか国王に取り次いでほしいといった類いの話だったのだが。
それでも無視されるよりはましだ。
これならなんとか十時間耐えられそうだ。
その時。
「レディースエンジェントルメン!」
マイクの音が急に入った。
「わたくしミスターブラックによる奇跡のイリュージョンの時間です!」
これが例のマジックショーだな。
ミスターブラックと名乗ったマジシャンがステージの上に立つ。
そして手始めに何もない椅子に布をかぶせると次の瞬間女性を出現させた。
「おおー!」
みんなが拍手をする。
続けてミスターブラックは三つの大きな箱をステージ上に置くと俺たちに中を見せた。
何も入っていないことを確認させた後ステッキで箱を叩いていく。
そしてかけ声を発した。
「スリー、ツー、ワン、ゼロ!」
すると、
「グォォォォー!」
「トゥトゥトゥー!」
「ギャアォース!」
箱をぶち破り中から飛び出てきたのは三体の巨大な魔獣だった。