「パデキアに呪いをかけたのはお前か?」
「お前なんて嫌やわぁ。カズンはんさっきまでミコトさんミコトさん言うて喜んで呼んでくれはってたのに」
妖艶な笑みを浮かべる女魔術師ミコト。
目がほのかに赤く光っている。
「ほんとですかカズン王子……全く、女なら誰でもいいんですか?」
呆れ顔で俺を見るエルメス。
その顔やめろ。
「あんさんたちのせいでせっかくうちが描いた魔法陣が台無しや。どうしてくれはるん?」
「どうするもこうするもないわ。あんたを取っ捕まえてお終いよ」
「エルメスはん、魔術学校時代からなんも変わってまへんなぁ。おぼこのままや」
「うるさいわね、あんたに言われたくないわ性悪女」
ミコトとエルメスが罵り合う。
「エルメスはんでは埒が明きまへん。どうでっしゃろカズンはん、ここはお互い何も見いひんかったことにして水に流すいうのは」
「お前が呪いをかけた張本人なんだろ? だったら出来ない相談だな」
「……ふ~ん。なんや聞いてたお人とえらい違いおすなぁ」
ミコトは魔術書を開き俺を見据えた。
「あんさんはバカ王子やないわ……大バカ王子やっ」
言うと、ミコトの持った魔術書から青白い手のようなものが何本も伸びてくる。
俺はそれらを叩き落とそうとするが、
「それに触っちゃだめです!」
エルメスの声で一旦後ろに退いた。
「なんだ? どうしたエルメス」
「あの手は地獄の魔手です。あの手に触れたら最後、そのまま息を引き取ります」
エルメスが説明する。
「事前に呪文の詠唱も済ませておいたのでしょう。初めから私たちを殺す気だったんですよ」
なんて危ない奴だ。
「助かったよ、ありがとうな」
「お礼はまだ早いですよ」
エルメスの言う通りミコトがこっちに歩いてくる。
ミコトは地獄の魔手を自身の体の周りに張り巡らせ、まるでバリアのようにしながら向かってきている。
あれでは手が出せない。
「私があの手を消します。ただそのための呪文の詠唱に時間がかかるのでその間私を抱いて逃げてほしいんです。でもミコトから離れすぎても効果がないので着かず離れずの距離を保っていてください」
「着かず離れずってどれくらいだ?」
「五メートルくらいです」
なんとも難しい注文だ。
しかしやるしかない。
俺は呪文の詠唱を開始したエルメスを抱きかかえミコトの半径五メートル以内に入った。
するとミコトを守っていた青白い手が一本こっちに迫ってくる。
俺はその手をかわす。抱えたエルメスにも当たらないように注意しながら。
何回かかわしていると俺を狙う手が二本に増えた。
なんとかミコトとの距離を保ちながらそれらをかわしていく。
その間もエルメスは俺の腕の中で詠唱を続けていた。
手が三本になって襲いかかってきた。
「エルメスまだかっ。そろそろ限界だぞ」
「……地獄の魔手よ、今一度黄泉の世界へ舞い戻れ!」
エルメスがほえた。
その瞬間青白い手が煙のように霧散していった。
「っ!?」
それにひるんだミコトの隙を俺は逃さない。
好機。
俺はミコトのあごを打ち抜いた。
ミコトは膝から地面に崩れ落ちる。
気を失ったようだ。
「ふぅ……これで一件落着だな」
「どうでもいいですけどもう降ろしてくれていいですよ」
「あ、ああ。すまん」
夢中になっててエルメスを抱きかかえていたのをすっかり忘れていた。
エルメスが服のほこりを払いながら、
「これ、どうします?」
気絶しているミコトを見下ろす。
「判断はセルピコに任せるか」
俺たちはぐるぐる巻きに縛り上げたミコトを馬車に乗せた。
「ほんとに乗らなくていいんですか?」
エルメスが馬車の窓から顔を出し訊いてくる。
「ああ、俺はゆっくり歩いて帰るから」
馬車の揺れに多少は慣れたが、まだ苦手意識がある。
それにミコトを乗せているからどうせ俺が乗るスペースなんてないだろ。
「じゃあ私は先に帰ってますからね~」
「セルピコによろしく言っておいてくれ」
手を振るエルメスを乗せて馬車は走っていった。
さてと、解決した褒美にセルピコに何をお願いするかなぁ。
とはいっても俺も一応王子という立場にいるから大体の願いは叶うんだよな。
ここは一つ貸しにしておくか。
などと考えながら俺はイリタールの城に向けて歩き出した。
帰りはゆっくり虫の音でも聴きながら帰ろう。
最近はアテナもいるから一人の時間がほとんどないし、一人になれるいい機会だ。
落ち着くなぁ。
……。
「おいっ! 命が惜しけりゃ金出しなっ!」
突然の大声に振り向くと、四人の盗賊たちが剣を片手に薄ら笑いを浮かべていた。
……はぁ、面倒くさい。
「カズン王子お帰りなさい」
夜の城門の警護にあたっていた兵士が俺を見て言った。
「ただいま」
「……あのう、後ろの連中はなんですか?」
「あー、こいつら盗賊だから捕まえといた。警備隊に渡しておいてくれるか」
「……はあ、わかりました」
俺は縄できつく縛った盗賊四人を兵士に引き渡すと城に入った。
セルピコと美人秘書はついさっきエルメスと会った後すぐ城をあとにしたらしい。
まさか俺に褒美をねだられるのが嫌で俺の帰りを待たずにさっさと帰ったんじゃないだろうな。
そんなわけないか。
セルピコは女だが一本気な性格だからな。
きっと国のみんなの呪いが解けたかどうか一刻も早く確認したかったのだろう。
自分の部屋のドアを開けるとアテナが椅子をこっちに向けて座っていた。
「……おかえりなさい」
「おお、ただいま」
「……」
「もう遅いだろ、眠くないのか?」
「……眠い」
「もしかして待っててくれたのか?」
「……うん」
こんなことなら無理にでも馬車に乗って帰ればよかったかな。
「夕ごはんは済ませたのか?」
「……うん」
「じゃあもう寝るか?」
「……うん」
俺はこの日は風呂に入らずそのままベッドに横になった。