「美人に弱いんだから、全く……」
俺がセルピコ付きの美人秘書に押し切られたもんだからさっきからぶつぶつとエルメスの文句が止まらない。
「あのなぁ、俺はお前に召喚されるまでニートだったんだぞ。自慢じゃないが話し相手は親とコンビニの店員だけだったんだ」
美人に近寄られたら緊張するのは当然だろうが。
「はぁ……これだから童貞王子は」
「久しぶりに聞いたな、そのセリフ。言っておくが俺は童貞を捨てようと思えばいつでも捨てられるんだからな、お前と違って」
「あなたはどうせ王子の立場を利用してでしょう。私はあなたと違って純粋にモテますから」
「その割には恋人いたことないんだろ、カルチェが言ってたぞ」
「はいセクハラ~」
「指を差すな」
俺たち二人は馬車に乗ってパデキアに向かっていた。
俺は酔うから歩きがいいと言い、エルメスは疲れるから馬車がいいと言って結局じゃんけんをして俺が負けた。
「それでどうやって呪いをかけている魔術師を探すつもりなんだ?」
「やっぱり何も考えてなかったんですねあなたは。いいですか、魔術を使うには魔法陣が必要です。国全体に呪いをかけるとなれば相当大きな魔法陣が地面に描かれているはずです。魔法陣の周辺は光っているのでみつけやすいと思います」
身振り手振りを交えて説明してくれる。
「つまり私たちはそれを探して消してしまえばいいんです。そうすればあとは向こうから勝手に姿を現しますよ」
さすが宮廷魔術師だ。こういう時は頼りになる。
「……なんですか?」
ついつい無意識にエルメスの顔をじっと見ていたらしい、エルメスが怪訝そうな顔で訊いてくる。
「いや、悪い。なんでもない」
「え~……もしかして私に見惚れてたんじゃないんですか?」
「いや、それはないから」
エルメスはたしかに美人といえば美人かもしれないが性格の癖が強いから緊張せずに話せる。
「とか言って顔赤いですよカズン王子」
「だから指を差すな」
二時間後、無事パデキアに入国したもののやはり俺は馬車に酔っていた。
「大丈夫ですかカズン王子?」
エルメスが顔を覗き込んでくる。
「……ああ、大丈夫」
「顔、青白いですけど」
だから馬車は嫌だったんだ。前にパデキアに来たときはコンラッドさんが馬車を走らせてくれていたから酔わずにすんだだけかもしれない。
乗り物酔いしやすい体質は子どもの頃から治ってはいなかったわけだ。
しかししばらくすると馬車が悪路を走るようになり、するとさすがのエルメスも、
「ちょっと気持ち悪いかもです……カズン王子、休憩しませんか?」
と提案してきた。
「……うん」
俺はアテナのような返事しか出来ないくらい限界に近かった。
馬車を止め、少しの間大きく平らな岩の上に横になる俺とエルメス。
空が青い。
冬の晴れた日の心地よい風が顔に当たって気持ちいい。
雲が流れていく。
「……俺今からでも歩いて行っていいかな」
「この広いパデキアを歩きながら魔法陣を探すつもりですか?」
「……」
「大丈夫ですよ馬車の揺れにもそのうち慣れますから」
そうなることを祈りつつ俺たちは馬車に乗りこんだ。
兵士が手綱を引く。
「初めはゆっくり頼む」
「はい、わかりました。カズン王子様」
悪路を馬車があまり揺れないように慎重に走らせる兵士。
これならなんとか大丈夫そうだ。
その後は酔うことはなくパデキア国内を馬車で走り回った。
だが、結局初日は魔法陣をみつけることは出来なかった。
俺たちは野宿をすることになったのだが、誰が馬車の中で寝るか言い合いになりじゃんけんをした結果俺が馬車の中で寝ることになった。
はずなのだが。
「カズン王子、もうちょっとそっちにいってください。狭いです」
なぜかエルメスが馬車から降りようとしない。
「俺が勝ったんだからお前は外で寝ろよ」
「かよわい女子を外に追い出す気ですか」
誰が女子だ。
「とりあえず着替えたいんで一旦出てもらってもいいですか?」
恥ずかしそうに言うので俺は馬車から出てエルメスが着替え終わるのを律義に待っていた。
だが後から冷静になって考えればわかることだったがエルメスはそんな玉じゃない。
気付いた時には遅く馬車は内側から鍵がかけられていた。
「力づくで開けたりしたら呪い殺しますよ」
冗談とも本気ともとれることを馬車の中から平然と言ってのけるエルメス。
中はカーテンが閉まっていて見えないが、おそらくもう目を閉じて寝る気満々だろう。
俺は兵士と一緒に地面にシートを敷いて寝袋に入って寝た。