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第70話

黒装束の男たちの内の片方は見覚えがある。

ヤコクの影だ。


「お主ら、二人を放すのじゃ」

国王が手を前にかざしている。


「ちょっと痛いってば」

「放せ貴様らっ」

テスタロッサとセルピコが激しく抵抗するが影たちががっしり腕を掴んで放さない。


「おや、そこにいるのはカズン王子じゃないか。先日はバカ呼ばわりして悪かったな」

口元の装束を剥ぎ不敵な笑みを浮かべる影。

「おっと、動くなよ。動けば二人の命はないぞ」

影たちがかぎ爪をテスタロッサとセルピコの首に近付ける。


「娘にひどいことをしないでくれっ」

「セルピコ様っ」


「何が望みだっ」

国王が声を上げる。


「ラファグリポスに決まっているだろう。お、ちょうどいいそこのガキ、テーブルの上の石板を持ってこっちに来い」

影がアテナを指名した。

「……」

「聞こえないのか、ガキ」

かぎ爪を首に押し当てる。首から血が数滴垂れる。


それを見たアテナは、

「……わかった」

ととことこ歩いてテーブルの上のラファグリポスを持った。


「よし、こっちだガキ……カズン王子妙な真似するなよ」

アテナを見ながらも俺に注意を払っている影。


うーん、どうするか。下手に動けないな。


すると――。


ガシャン!


何かが割れる音がした。


みんなが一斉に音がした方を振り向く。


ラファグリポスが床に落ちて割れていた。


アテナが影を見て無表情で言う。

「……落とした」


「なっ!? 何してるんだこのガ――」

影たちが驚きひるんだ。

俺はその隙をついて瞬時に影たちに近付き、腹に一発ずつ拳をめり込ませた。


「キっ……ぐぅぅぬ……」

影がうめいて前かがみに倒れこんだ。

もう一人の黒装束の男は床に大の字になって完全に気を失っている。


「テスタ!」

「セルピコ様!」


テスタロッサとセルピコは無事解放された。


「ぐ……この……」

床にうつ伏せになりながらアテナをにらみつける影。


「大臣に言って警備隊を呼んできてもらうからお主はこやつらを見ておってくれ」

国王は俺にそう言い残し部屋を出ていった。


俺はとりあえずそこら辺にあった紐で影たちを後ろ手に縛りあげるとアテナに近付いた。

「大丈夫か? 怪我してないか?」

「……大丈夫」


「ちょっと、カズン! あたしたちのことを心配しなさいよねっ!」

「全くだ!」

エスタナ王と美人秘書と寄り添っているテスタロッサとセルピコが憤慨している。

「あたしたちなんか見てよほらっ、血が出てるのよ!」

首元の血を見せてくるテスタロッサ。

「そうだ! そうだ!」

……テスタロッサもセルピコも平気そうだな。


「それにしても割れちゃったな」

俺は床に散らばった石板の破片を拾う。

「これじゃあもう願い事とか無理だよな」

「……無理」

アテナが平然と答える。


もしかしてテスタロッサたちを助けるためにわざと割ったのかな。

「……?」

俺を見上げ首をかしげるアテナ。

違うか。



ラファグリポスが割れてなくなったという噂もまた水面下ですぐに広まった。

国王はがっかりしていたがこれで変に厄介ごとに巻き込まれる心配もなくなったし結果オーライだ。

三国同盟も引き続き継続していくようだしこれでよかったんじゃないかな。


……いや、そうでもないか。

ラファグリポスがなくても厄介ごとは降りかかってくる。


なぜならラファグリポスが割れた日から三日経った今でもセルピコが城に残っているからだ。


「カズン王子、そなたに話がある」

そうセルピコに言われたのはテスタロッサたちがエスタナに帰ってすぐのことだった。

それから三日間なぜかセルピコは話を切り出そうとはせずに遠くから俺を眺めているだけなのだ。

ずっと人に監視されているというのは思いのほかストレスがたまるものだ。

いい加減我慢できなくなってきたぞ。


「おい、ストーカーみたいな真似はやめろ」

「すとーか……なんだそれは? 知っているか?」

隣にいた美人秘書に訊く。


「この三日間お前が俺にやっていることだ」

「我はただそなたを見ていただけだぞ」

全く悪気のない顔をするセルピコ。


「だが不快な思いをさせたなら謝る。そなたという人間を見極めたくてやったことだ許してくれ」

セルピコは頭を下げた。

見極めてどうしようってんだ。


「三日前に言っていた話ってやつを聞かせてくれないか」

「うむ……実はここに来る前からラファグリポスを譲ってくれとそなたに頼むつもりだったのだ」

セルピコは語りだした。

「だが残念ながらラファグリポスはそなたも知っているように割れてしまったからな」

セルピコは続ける。

「だがヤコクの刺客相手に見せたあの俊敏で華麗な動きで我は確信した」


なんか嫌な予感。


「お前なら我がパデキアを救ってくれると」

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