声のした方を振り向くが姿は見えない。
葉っぱが陰になっているようだ。
「誰だ、出て来い!」
「ふっ、いいだろう」
声とともに黒装束の男が木の上から降りてきた。
ザッ
「我が名は影。ヤコク国王直属の実働部隊の隊長だ」
ヤコク国?
聞いたことあるようなないような。
「エスタナの王女をつけていたら思わぬ収穫があったよ。まさかイリタールのバカ王子が石板をみつけてくれているなんてな」
むぅ……こいつも俺をバカ王子呼ばわりする口か。
「テスタロッサ、お前たち尾行されてたみたいだぞ。変なの連れてきやがって」
「なっ!? あんたが言えたセリフじゃないでしょ、あたしたちの尾行にも気付かなかったくせに!」
「夫婦喧嘩はよそでしてもらおうか……さてイリタールの王子よ、おとなしく石板を渡せ。さもなくば死んでもらう」
影が手を差し出す。
「断る」
「……ふっ、やはりバカ王子か」
そう言うと影はピィーと口笛を鳴らした。
ザザザッ
かぎ爪のようなものを両手に付けた黒装束の男たちが木の上から一斉に降りてきた。
「やれ」
影の合図で黒装束の男たちが俺たちに襲いかかってくる。
「エルメス。アテナを頼めるか?」
「はいはい。任せてください」
俺はアテナをエルメスに預けると落ちていた太い木の棒を拾い黒装束の男たちをなぎ払った。
おお!
前にカルチェに見せてもらった剣技が役に立った。
テスタロッサの方はというと……ダンがテスタロッサを背に黒装束の男たちをのしている。
あっちは平気そうだな。
エルメスはアテナを前にして魔術書片手にバリアのようなものを張っていた。
こっちも問題なさそうだ。
カルチェは黒装束の男たちを次々と斬り倒していく。
スズは黒装束の男たちの上を飛び跳ねながら首に小刀を刺していった。
黒装束の男たちの山が出来ていく。
「そんなバカな!? こいつらはヤコク国の精鋭たちだぞ!?」
「俺たちの方が強いってことだろ」
俺は影の後ろに素早く回り込むと耳元でささやいた。
「くそっ」
影の裏拳をしゃがんでかわす。
「このっ、くそがっ!」
影の連打を紙一重で全て避けきると俺は後ろに飛び退いた。
俺は木の棒を影に向ける。
「部下を連れておとなしく帰れ」
影は周りを見た。
「っ!?」
黒装束の男たちは全員倒れて残るは影一人になっていた。
「全滅だと……」
「さあどうする?」
木の棒を目の前に突きつける。
「……くっ」
一瞬目を泳がせたかと思うと胸元に手を入れ取り出した玉を自分の足元に投げつけた。
ボンッ
辺りが煙に覆われる。
「みなさん、息を止めてください!」
スズの声が森の中に響く。
一歩前もよく見えない中俺はスズに言われるがまま口と鼻をおさえ息を止めた。
十秒ほどで煙が薄れて消えていった。
そこには影の姿はなかった。
「逃げたか」
部下を置いて一人で逃げたようだった。
「みなさん、もう息をしてもいいですよ。この煙はただの煙幕でしたから」
あらゆる毒に耐性のあるスズが言う。
バリアを解いたエルメスがとんがり帽子をとり、ふぁさっと髪をかきあげる。
アテナの頭に手を置いて、
「カズン王子、アテナちゃんはこの通り無事ですよ」
けだるそうに俺と視線を合わせた。
カルチェは剣についた血を拭っている。
スズが頭の上を見ながら、
「プフも息をしていいです」
「プププ~」
うん、みんな大丈夫そうだな。
石板も……傷一つついていない。
「ちょっと、あたしたちのこと忘れてない?」
テスタロッサが声を発した。
「話の途中だったわよね。その石板あたしに渡しなさい」
「はぁ……まだ言ってるのか」
「渡してもらうまでは離れる気はないからねっ」
「……もう好きにしろよ。俺たちは城に帰るぞ」
「やっとお城に帰れるんですね」
感慨深げに言葉が口をつくエルメス。
「カルチェどの、お城までどれくらいでしょうか?」
「そうね、三日くらいじゃないかしら」
「えー! そんなにかかるわけ!? 無理よ、私もう歩きたくないわ~」
エルメスが弱音を吐く。
するとテスタロッサが、
「あたしの馬車、あと二人くらいなら乗れるけど。どうする?」
意地悪そうな顔で俺を見た。
「テスタロッサ様、私を乗せてください。お願いします!」
エルメスが頭を下げる。
「ふふん、いいわよ。さぁあと一人よ」
「アテナはこれからどうするんだ? 森に帰るのか?」
「……石板の願いを見届けるまで帰らない」
「じゃあもしかして俺についてくるのか?」
「……だめ?」
アテナが俺の服を掴んで上目遣いで見てくる。
だめじゃないがエルフを城に連れていくのか。
国王がどんな反応をするだろうな。このままだとテスタロッサもついてきそうだし。
……まあ、いいか。
「いいぞ。お前の好きにしろ」
「……うん。好きにする」
はれてエルフの同居人が出来たわけだ。
「テスタロッサ、こいつも馬車に乗せてやってくれ」
テスタロッサはアテナを見て、
「気にはなってたんだけど誰よその子?」
「エルフのアテナだ。城に住むことになった」
「は? エルフ? その子が?」
「ほら見ろ、このとがった耳」
「ほ、ほんとね……あたし初めて見たエルフって」
口をぽかんと開けているテスタロッサ。
エルメスはアテナの手を握って馬車に乗りこんだ。
「じゃああたしたちは先に帰るけどいいのね」
テスタロッサが馬車の窓から顔を出して訊いてくる。
「ああ、俺たちのことは心配するな」
馬車に乗ったら酔いそうだしな。
「べっ別に心配なんかしてないわよっ。バカじゃないのっ」
「私はカズン王子様と供に行きたいと思います」
「拙者もお供します」
「わかったわ。じゃあダン出発してちょうだい」
前に乗ったダンが手綱を引くと馬が走り出した。
馬車の窓からエルメスが笑顔で手を振っている。
その下で半分だけ顔を覗かせているアテナ。
馬車はすぐに見えなくなった。
エルメスとアテナは体力がないからテスタロッサたちのおかげで助かったな。
「俺はちょっと走るけどお前たちはどうする?」
「「もちろんついていきます」」
スズとカルチェは同時に答えた。