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第62話

「どうして起こしてくれなかったんですか?」

カルチェが俺に詰め寄る。

「交代で火の番をするって言ったじゃないですかっ」

「いいじゃない。カズン王子が寝ずに火の番をしてくれたんだから」

「それがよくないって言ってるの!」

珍しくカルチェが俺に対して怒っている。


「いや、気持ちよさそうに寝てたから起こすのも悪いなぁと思って」

「始めから私のこと起こす気なんてなかったんですね」

良かれと思って起こさなかったのにこんなに怒られるとは。


「カズン王子、カルチェは恥ずかしがっているだけですから気にしないでください。あんたも二十歳超えて情けないわねぇ。男性の好意は素直に受け取るものよ。じゃないと行き遅れるわよ」

「姉さんに言われたくないわ。とっくに行き遅れてるくせに」

「なっ、あんたねぇ姉に向かって――」

「プププ!」

プフが二人の間を飛び回る。


「プフが喧嘩はだめだと言っています」

スズが起きてきた。

アテナも眠そうな顔をしながら起きてくる。


「ようアテナ、起きたか? おはよう」

「……おはよう」

アテナが目をこすりながら返した。


「疲れてないか?」

「……大丈夫」

無表情で答える。

続けて、

「……顔洗ってくる」

と言って洞窟を出ていこうとする。


俺は昨日魔獣に襲われたことを思い出し止めようとするが、「拙者も行きます」とスズがついていったのでまあいいだろうと二人を行かせた。

その後をプフも飛んでついていった。



「朝食が出来ましたよ」

とカルチェ。

カルチェが忍びの隠れ里を出る時にもらっていた米を炊いておにぎりを作ってくれた。


顔を洗って戻ってきたアテナたちも洞窟内の岩に腰を下ろす。

「はい、アテナさん。スズちゃん。プフちゃんも」

おにぎりを手渡す。


「あっおいしい。カルチェ、あんた料理上手くなったわね」

「こんなの料理って言わないわよ。スズちゃんの里のお米がいいのよ、きっと」

「いえいえ、カルチェどののお米の炊き加減がすばらしいです」

三人がおにぎりを口に運びながら褒め合っている。


俺はアテナを見た。

「おにぎりは食べられるのか?」

「……食べたことない」

不思議そうにおにぎりをみつめるアテナ。

五百年以上生きているのにおにぎりは初めてなのか。


「おいしいから食べてみなさいよ」

とエルメスが促す。

みんなもアテナを見る。


「……いただきます」


アテナがおにぎりを口に含んだ。

もぐもぐ、ごっくんと飲み込む。


「どうですか? アテナさん」

カルチェが訊く。

「……おいしい」

いつもながらの無表情ではあるが、幾分か出会った時より表情が柔らかくなったような気がする。


「でしょでしょ。沢山あるからどんどん食べなさいよ」

「ちょっと姉さん、作ったのは私なんだけど。アテナさんいっぱい食べてくださいね。もちろんみなさんも」

「プププー」

「プフと拙者にもう一つずつください」

「俺ももう一つもらおうかな」



結局、俺はおにぎりを四つ胃袋におさめた。

ちなみに一番食べたのはプフで六つだった。

さすがスズメに似ている魔獣だけあってお米が好きらしい。


「は~食べた食べた。お腹いっぱいよ」

エルメスがお腹をさする。

「もう動けないわ。カズン王子~、今日は一日寝て過ごしましょうよ~」

「バカ言うな」

何が悲しくてニート生活の再現をこんな洞窟の中でしなきゃいけないんだ。


「あともう少しなんだからな……そうだろアテナ?」


「……うん」

アテナがうなづく。

「昨日もそんなこと言ってなかったかしら」

「……言ってない」


「プププッ」

「プフももうすぐだと言っています」

「ほら姉さん起き上がって。もうみんな出発する準備は出来てるんだから」

カルチェがエルメスを引っ張り起こそうとする。


「も~。ほんと融通が利かないわよねあんたたちって。早死にするわよ」

嫌なことを言うな。


無理矢理立ち上がらされ不満そうなエルメスがアテナにくってかかる。

「あと少しってどれくらいよ? 今日中には着くんでしょうね」

「……」

アテナは俺の後ろに隠れた。

「こら、アテナをいじめるな」

俺はエルメスの頭にチョップをくらわせた。

「いたっ。ちょっとカズン王子、あなたはバカ力なんですから手加減してくださいよっ」

充分手加減はしたのだが。



洞窟を出るとまだぶつぶつ文句を言っているエルメスを引き連れ俺たちは東に向かって出発した。


二時間ほど歩くと周りの地形が砂地から湿地帯へと変わった。

ぬかるみを慎重に歩いていく。


途中大きなカエルのような魔獣と出くわしたがカルチェが追い払った。

スズはその魔獣を見て「気持ち悪いですっ」と全身さぶいぼだらけになっていた。

カエルが苦手だったとは忍びなのに厄介だな。


アテナがくいくいっと俺の服のすそを引っ張る。


「ん、アテナが石板を隠した場所ってこの辺か?」

「……あの森の中」

アテナが前方を指差す。


たしかに俺たちの行く先には森が広がっていた。

「もうすぐですね。さっ姉さん、もうひと踏ん張りだから頑張ろ」

「は~い」

俺たちは歩を進めるとアテナを先頭に森の中に分け入っていく。


森の中は静かで空気が澄んでいる。

アテナに出会った森になんとなく雰囲気が似ていた。


「空気がおいしいです」

スズが深呼吸をする。

「ほんとね」

カルチェが答える。


俺たちは森の中を進んでいった。

そして墓石のようなものが二つ、目に入ってきた。


アテナが小走りでそれに近付く。


「アテナ、それは?」

「……わたしのお父さんとお母さんのお墓」

アテナが墓石をさすりながら言う。


「そっか」

俺は袋から水筒を取り出すとアテナの横に立った。

「……?」

アテナが見上げてくる。


俺は墓石に水を垂らした。

そして、

「アテナのお父さん、お母さん、初めまして。俺はアテナの友達のカズンといいます。アテナとはとある縁から一緒に旅をしています。アテナのことは任せてください。ではお二人とも安らかにお眠りください」

水筒の水を空にした。


アテナが俺の服を引っ張る。

「ん、なんだ?」

「……カズン、友達?」

「ああ、そうだ。違うのか?」

「……ううん」

首を横に振る。

その時ほんの少しだがアテナが笑ったように見えた。


「ねぇもしかしてアテナ、お墓参りに来たかっただけじゃないわよね」

エルメスが小声でカルチェに耳打ちする。

「さ、さあ。でも訊ける雰囲気じゃないからね。姉さん黙っててよ」


二人の会話が聞こえたのかアテナのとがった耳がぴくっと動いた。

そして、


「……ここ」


アテナが指を差す。


「……ここにラファグリポス埋めた」


アテナが指差したのはアテナの両親の墓石の下だった。

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