俺たちは二時間ほど歩いたところで昼食を済ませさらに五時間ほど東へ向かって歩いた。
辺りは薄暗くなってきていた。
「アテナ、疲れてないか?」
「……平気」
少し息を切らしたアテナが返事をする。
「はぁ、カズン王子。はぁ、私の心配もしてくださいよ」
「可愛いからってアテナちゃんばっかり」とエルメスが愚痴をこぼす。
アテナもいるし早めに休むか。
「今日はこの辺で野宿にしよう」
俺が提案すると、
「まだ全然歩けますが」
と手を上げるスズ。
「スズちゃん、今日はアテナさんもいるし、なにより姉さんがもうあんなだから」
とすかさずカルチェがフォローする。
たしかにアテナよりエルメスの方がふらふらだ。
てっきり「野宿は嫌です」と反対すると思っていたエルメスもこくこくとうなづいている。
やはり相当疲れているようだ。
俺たちは風の入ってこなそうなちょうどいい洞窟をみつけたのでそこで一夜を明かすことにした。
スズが枯れ木を集め、カルチェが火をおこす。
洞窟内が火の明かりで照らされる。
「はぁー、疲れたわ。こんなに歩くかってくらい歩いたわ、今日は。おかげで足がパンパンよ」
エルメスが座りながら長い足を揉みほぐす。
「ちょっと姉さん、はしたない。下着が見えてるわよ」
カルチェが注意する。
「別にいいわよ。足が痛くてそれどころじゃないんだから」
俺はアテナの方を見た。
アテナは火に手をかざしている。
「あったかいか?」
「……うん」
「腹減ったか?」
「……少し」
「そういえばアテナどのはどういった物を食すのですか? 我々と変わらないのでしょうか」
アテナは小さい顔をスズの方に向け、
「……わたしなんでも食べられる。でもお肉より木の実の方が好き」
と答えた。
「そうなのですね、では拙者何か木の実を探してきますゆえ」
そう言って洞窟を出ていくスズ。
「私も見てきます」
とカルチェもあとに続いた。
二人とも疲れていないらしい。
それにしても二人は働き者で助かる。
こいつと違って。
俺は右隣を見た。
俺に寄りかかり眠りこけているエルメス。
仮にも俺は一応王子なんだけどな。
すると左の肩にも体重がかかった。
見るとアテナも俺に寄りかかりスース―と寝息をたてている。
……やっぱり疲れていたんだな。
スズたちが戻るまでこうしていよう。
「お待たせしました、カズンどの」
「果物が沢山みつかりましたよ」
とスズとカルチェが両手に収まりきらないくらいの果物を持って戻ってきた。
「……ん」
目をこするアテナ。起きたようだ。
「ちょっと姉さん何してるのっ。カズン王子様に失礼でしょ、早く起きてったら」
俺に寄りかかって寝ていたエルメスに気付き抱え起こす。
「あ、あーあんたたち戻ったの……ってわっ、すごい量の果物じゃない。私ちょうどお腹がすいてたのよねぇ」
そう言うとエルメスはぶどうを手に取り口に運ぶ。
「う~ん、おいしいっ。スズ、カルチェありがと~」
「どういたしまして、エルメスどの」
「いただきますくらい言ったら」
黙々とぶどうを食べるエルメスをよそに俺たちも少し早めの夕食をとることにした。
みんな思い思いの果物を選び食べていく。
「アテナどれが食べたい?」
「……リンゴ」
俺はリンゴを手に取るとアテナに手渡した。
アテナは小さな口でそれを一口かじった。
「おいしいか?」
「……うん」
頭を縦に動かすアテナ。
俺はグレープフルーツのようなものを取り皮をむいて食べた。
うん、少しすっぱいがなかなかイケる。
「プププッ」
プフも満足そうに果物をつついている。
「そういえばカズンどの、すぐ近くの岩場にお湯がわいておりました」
「お湯?」
「多分天然の温泉ではないでしょうか」
とカルチェ。
すると、
「温泉があるのっ!? 私入りたい!」
エルメスが立ち上がった。
「一日中歩き続けて汗びっしょりだし、くたくただし。どこにあるの温泉っ? 今すぐにでも入りにいくわ!」
「姉さん、食べ終わってからでもいいんじゃない?」
「いいえ、今すぐよっ! じゃないと私もうどこにも行かないからねっ!」
エルメスのこの一言でみんなは天然の温泉に入りに行くことになった。
ああ、もちろん俺は蚊帳の外だが。
「カズンどのも一緒に来ればよいのに」
とスズが悲しそうに俺を見る。
「プププー」
「プフもカズンどのと一緒に入りたいと言っています」
「スズちゃん、温泉は男性と女性は別々に入るのが普通なの」
とカルチェが諭す。
多分スズには羞恥心があまりないのだろう。
「さっアテナちゃんも行きましょう」
そう言ってアテナの肩に手をやるエルメス。
アテナは名残惜しそうに俺を見ている。
「カズン王子様すみません、では私たちはお先に行ってきます」
「ああ、俺はみんなの後に入るからいいよ」
少し行って皆の姿が見えなくなった辺りでエルメスの声が聞こえてきた。
「カズン王子ー! 覗くならバレないようにしてくださいねー!」
「ちょっ!? 姉さん!」
……はぁ。
そんなことが出来るくらいなら年齢=彼女いない歴なんてことにはきっとなっていないだろう。
「あ~気持ちよかった~」
みんなが戻ってきた。
エルメスが長い黒髪を丁寧に拭きながら、
「いいお湯でしたよカズン王子」
上気した顔で言ってくる。
いつもと違い少しだけ色っぽい。
「カズンどのも早く入ってきてください」
プフを抱え、頭の上にタオルを乗せたスズが言う。
「タオルはこれを使ってください」
と髪を濡らしたカルチェが俺にタオルを渡してくれた。
「ああ、ありがとう」
みんなの後ろからアテナも火照った顔を出す。
「気持ちよかったか、アテナ?」
「……うん」
こくりとうなづいた。
それならよかった。
「じゃあ俺も温泉に入ってくるよ。みんなは俺を待ってなくてもいいからな。眠くなったら寝ててくれ」
そう言い残し俺は天然の温泉へと歩を進めた。
服を脱ぐと、ざぶーんと湯に浸かる。
「はぁ~。生き返るなぁ~」
岩に囲まれた天然温泉は熱すぎずぬるすぎずちょうどいい温度だった。
これで酒でもあれば完璧だな。
いつもはあまりアルコールを口にしない俺でも今は酒が欲しい気分だ。
「はぁ~、まずいな。気持ち良すぎて眠っちゃいそうだな」
俺は目を閉じた。
次第に意識が薄れていく。
ふぅ……。
その時。
ガサガサッ
岩陰から音がした。
なんだ? 動物か?
それともエルメスたちか?
「誰かいるのか?」
俺は暗闇に向かって声をかけた。
次の瞬間――。
「ガルゥァア!」
獣の鳴き声とともに長く鋭い牙をはやしたカバのような魔獣が襲ってきた。