俺は全力で走った。
自分自身がまるで風になったかのような感覚だった。
ものの五分ほどで崩れかけた遺跡の前に戻ってきた。
「たしかここからあっちの方角だったよな」
俺はエルフとあった森まで来るとまた足を踏み入れた。
「おーい、アテナー! いるかー!」
大声でアテナを呼ぶ。
「おーい、俺だよ! お前からリンゴをもらったカズンだー!」
森の中まで入っていく。
すると、
「……カズン?」
大きな木の陰からひょこっと顔を覗かせる少女の姿があった。アテナだ。
葉っぱで出来た服を着ている。
「よう、アテナ。俺のこと憶えてるか?」
「……また来たの?」
アテナが手にメガホンを持って木の陰からそっと出てくる。
憶えてくれていたようだ。
「ああ、石板のことを訊きたくてな」
「…………知らないって言った」
「いやまあそうなんだけどさぁ……なあ、お前って何年くらい生きているんだ?」
「……五百二十二年。カズンよりずっとお姉さん」
五百二十二歳ってことか!? マジか。
「ここで一人で暮らしてるのか?」
「……うん」
小さな頭を縦に振るアテナ。
「そっか」
「……」
俺のことを不思議そうにじっとみつめるアテナ。
……どうしよう、話すことがなくなってしまった。
石板のことはやっぱり知らないって言うし。
う~ん、沈黙が気まずいなぁ。
こういう時話し上手な人はどういう話をするのかな。
ニートだったから店員さん以外と会話することなんてほとんどなかったからなぁ。
「……怖くないの?」
俺が逡巡しているとアテナの方から話しかけてきた。
今、怖くないのって訊いてきたのか?
「怖くないって、何がだ?」
「……わたしのこと。怖くないの?」
「いや、全然怖くないけど」
怖い要素などどこにもない。むしろ可愛らしい。
「……わたし、五百二十二年も生きてる」
「ああ、そうだな。すごいな」
それはさっき聞いたけど。
「……?」
アテナは驚いたように目を丸くする。
そしてまただんまりになった。
「……」
まいった。エルメスあたり連れて来ればよかった。
「……」
アテナは無表情で俺の顔をじっとながめている。
……落ち着かない。
「じゃあ俺そろそろ行くよ。邪魔したな」
「……」
俺が後ろを振り向き歩き出そうとすると、
「……待って」
呼び止められた。
「……石板、手に入れたらどうするの?」
アテナは俺の服のすそをぎゅっと握っている。
「さあ、どうだろう。どうするかはまだ決めてないけど」
どんな願いでも叶うというが眉唾物だし、現実味がない。
俺は空を見て考える。
そもそも俺に願い事なんてあるのかな。
と――。
アテナが、
「…………カズンの言ってた石板、わたし知ってる」
小さな口を開いた。
「えっ!? 石板のこと知っているのか?」
「……ラファグリポス知ってる」
俺を見上げるアテナ。
「でも知らないって……」
「……ほんとは知ってた」
「じゃあなんで教えてくれる気になったんだ?」
「……秘密」
アテナはずっと俺の目を見て話す。
よくわからないが石板のことを知っているのなら助かる。
「で、どこにあるんだ? ラファグリポスは」
するとアテナは一旦目をそらし、再度俺の目を見て言った。
「……ラファグリポス、わたしが持ってる」