「あとどれくらい歩くの?」
エルメスが同じ質問をする。
これで五回目だ。
「プププ」
「もう少しだそうです」
これも五回目だ。
俺たちは崩れかけた遺跡をあとにしてプフの指示通り東に向かって砂地を歩いていた。
ちなみに太陽は真南の方角にある。
プフは時折自分の翼で飛んで俺たちを先導したかと思うとまたスズの頭の上に着地して休憩するを繰り返していた。
スズはそんなプフが可愛いようでニコニコしながら頭を休憩所代わりに貸している。
「ねぇカズン王子。今から考えるのも気が早いかもしれないんですけど今日はどこで寝るんですか?」
エルメスが声をかけてくる。
「昨日みたいに野宿は嫌ですよ」
昨日は遺跡の前で野宿したんだったな。といってもエルメスは馬車の中で寝たはずだが。
「そうだな。俺も二日連続で野宿はしたくないな」
うちのチームは女所帯だから出来れば野宿は避けたいところだ。
俺はポケットの中で十枚の金貨を握りしめた。
「せっかく国王から餞別をもらってるんだし、今日は宿屋に泊まれるといいんだけど」
「俺たちが向かっているこの先には町とかあるのか?」
俺はみんなに訊いた。
「私は知りませんよ。あまりお城から出ないんで」
とエルメスが言う。
「私もすみません。こちらの方には遠征でも来たことがないので」
とカルチェが答えた。
「スズはどうだ? この辺に土地勘はあるか?」
「あ、いえ……その、えーと。えへへ……」
なんだその反応は?
スズは明らかに動揺してみせた。
「何よスズ、気持ち悪いわね」
「ちょっと姉さん。言い方」
「……スズ。お前何か隠してるだろ」
「えっ、いえそんなことは……う~」
スズの目が泳ぐ。
「別に言いたくないことならいいんだけどさ」
「あ、いえ、そのようなことはないのですが。その……実はこの先には拙者の故郷があるのです」
手をもじもじしながらスズが話す。
「別に隠すことじゃないじゃない。変な子ね」
「あのぅ、拙者の故郷は忍び以外立ち入り禁止の隠れ里なので話していいものかどうか迷ってしまって……」
俺を見上げ、
「すみません」
と言う。
「いや、なんか逆に悪かったな。無理に言わせたみたいで」
「いいえ。いいんです」
スズが首を横に振る。
「じゃあスズはこの辺りには詳しいってわけね」
「はい。庭みたいなものです」
「スズちゃんすごい」
「えへへ~」
照れくさそうに顔をかく。
「それでこの先に町とかあるの? スズの故郷以外で」
「えーと、この先二十キロくらいのところに小さな村があります。宿屋もあったはずです」
「二十キロ!? あと二十キロも歩くわけ!? こんな砂しかないようなところを!?」
たまらずエルメスが声を上げた。
「冗談じゃないわ。私もう歩かないからねっ」
そう言って地べたに腰を下ろしてしまう。
「ちょっと姉さんてば、何言ってるの。立ってよも~」
カルチェが立たせようとするがエルメスは動かない。
「この辺りは水がほとんど出ないので大きな町はありません」
頭にプフを乗っけたスズが言う。
「カズン王子ちょっと」
なんだ?
「いいから耳貸してください」
なんなんだ一体?
俺は座っているエルメスの口元に耳を近づけた。
「私をおんぶしてください」
……は?
聞き間違いだろうか。
「なんだって?」
「私を村までおんぶしてってください」
聞き間違いじゃなかった。
「……お前バカ? なんで俺がそんなこと――」
「バラしますよ、スズとカルチェにあなたが本物のカズン王子じゃないってこと」
エルメスは目を細めた。
「!?」
「どういう反応するかな~。楽しみだな~」
俺の耳元で歌うように口ずさむ。
「お前なぁ」
悪い目をしているエルメス。
今のこいつなら言いかねないかもしれない。
……。
「……乗れ」
「わ、ラッキー。じゃ失礼します」
がばっと覆いかぶさるように背中に乗ってくるエルメス。
俺より背が高いからおんぶするのも楽じゃない。
「ちょ、ちょっと姉さん!? 何してるのよ!」
「何って見ればわかるでしょ。カズン王子におんぶしてもらってるの。あ~もしかしてうらやましいの?」
「そう言う問題じゃないでしょ。失礼だから早く下りなさいってば」
エルメスを引きはがそうとするカルチェ。
「いいんだカルチェ。俺が言い出したことだから」
「カズン王子様、前から思っていましたけどこの際だから言いますね。カズン王子様は姉さんに甘すぎます。これでは姉さんがますますダメ人間になってしまいます」
「堅物なんだからカルチェは。もっと柔らかくなりなさいよ、ここみたいに」
とエルメスがカルチェの大きな胸を突いた。
「や、やめてったらバカ姉さんっ」
胸をおさえて離れるカルチェ。
「ほんとバカ。もう知らないからねっ」
その様子を見ていたスズが「拙者もおんぶしてもらいたいです」とつぶやいていたのは面倒くさいから聞こえなかったことにしておこう。
俺がエルメスをおんぶしながら歩いて数時間。
日が落ちてきた。
前方にスズの言っていた小さな村が見えてきた。
「やっと着いたのね。疲れた~」
俺の背中の上で伸びをするエルメス。
小さな胸がかすかに背中に当たる。
これがカルチェだったらなぁ。
「? どうかしましたか? カズン王子様」
カルチェが振り向いた。
「いや、なんでもない」
「やっぱり姉さんをおんぶしてるから疲れたんじゃないですか」
「あ、ああ、まあな」
俺はカルチェから目線をそらした。
「ほらエルメスもういいだろ。下りろ」
「はーい。カズン王子、ありがとうございました~」
気持ちのこもっていない感謝の言葉を背中にもらう。
こいつは本物のカズン王子に対してもこんなんだったのだろうか。
「では村に入りましょうか。拙者お腹がすきましたゆえ」
スズが足を踏み出そうとした時。
「プププッ!」
プフが大きな鳴き声を上げた。
「!?」
スズが反応する。
スズの頭の上を飛び跳ねながら「プププ!」「プププ!」と鳴き続けるプフ。
「うるさいわね。プフはなんて言ってるのよ?」
エルメスがスズに訊く。
すると、スズはある方向を見て固まっていたがカルチェに肩を叩かれ我に返った。
「そんな……」
俺はスズの目線を追った。
すると遠くの方でのろしが上がっていた。
あれってたしか緊急事態の時に上げられる煙だよな。
「ねえスズちゃんどうしたの?」
「あ、あそこは……拙者の故郷がある場所です」