「……ふっ。お前は強い。そしていい男だ。だから最初から手加減はしない。死にたくなければ降参することだ」
ヴォルコフが明後日の方向を見て笑う。
「お前どこ見てるんだ? 俺はこっちだぞ」
なんかヤバい奴。
夕日にスキンヘッドの頭が照らされている。
すると、
「……っ!」
ヴォルコフが無言で突っ込んできた。
上半身裸なだけあってかなり軽快な動きだ。
パンチの連打を浴びせてくる。
俺というとはカルチェに斬られた傷は痛むし、血を流しすぎてふらふらだ。
ただでさえスズの睡眠薬で意識がもうろうとしてるっていうのに。
コンディション最悪な俺はガードするので精いっぱいだ。
ただヴォルコフは攻撃の手を休めない。
パンチを繰り出しながら前進してくる。
「……どうした。反撃してこないのか」
だから、どこ見てるんだよこいつ。
「……ふん!」
「いてっ」
ヴォルコフが頭突きをしてきた。
俺の体は鋼鉄並みに硬いはずなのに……どんな頭しているんだ。
「……オレの願いを教えてやろうか」
間合いをとった俺にヴォルコフが声をかけてくる。
「いいよ、別に」
あ~頭がくらくらする。
「……オレの願いは……ハーレムだ!」
……え?
「……オレは今年で三十六だ。でもこんな見た目だから彼女がいたことがない」
……なんか共感できるなぁ。
「……オレ悲しい」
……うんうん、わかるよその気持ち。
「……だから邪魔する奴は殺す!」
……イっちゃってんなぁ、こいつ。
「……まず手始めにお前のフィアンセをもらう」
うーん、こんな奴を勝たせるわけにはいかないな。
俺は痛みを我慢して体を動かす。
「いててっ」
「……場外まで押し出してやる!」
俺が痛みで目を閉じたところに突進してきた。
「ぐぬぬっ」
力比べだ。
体の痛みがなければこんな図体でかいだけの奴簡単に場外に吹っ飛ばせるのに。
俺は場外負けまであと少しというところまで押し込まれてしまった。
体が痛くて力が出ない。
その時、俺は暇で暇でしょうがなくてたまたまパソコンで見た動画投稿サイトのある瞬間を思い出した。
……あれだっ!
俺は後ろに倒れこむように寝転んで足でヴォルコフの体を支えながら回転して投げた。
「……うぅおぅ!?」
そう、巴投げだ。
ヴォルコフは場外に転げ落ちた。
「じょ、場外! 優勝はカズン王子ですっ!」
「おおおーっ!!」
会場が割れんばかりの拍手に包まれた。
「よくやった王子様ー!」
「見直したぜー」
「カッコイイ!」
「カズン王子バンザーイ!」
はぁはぁ、体中が痛いし、めちゃくちゃ眠いけどなんとか勝ったぞ。
ニートで暇しててよかった。
「それではイリタール国王よりお言葉を!」
俺はその場にへたり込んでスズが薬を塗ってくれるまで動けなかった。
「優勝おめでとう。よくやった、王子よ。わしは父として鼻が高いぞい。優勝者にはどんな願いでも叶……」
俺の頭からうっすらと国王の言葉がフェードアウトしていった。