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第37話

「大きく育ったな」

大根もほうれん草ももう食べ頃だ。

俺は大根を一本抜いてみた。


「おお!」


太くて長くてまっすぐで立派な大根だ。

ほうれん草も十本ほど刈り取ると大根と一緒によく水で泥を洗い流した。

上手そうだな。

そうだ。今日の宴会用に全部とってしまうか。

町のみんなにも食べてもらいたいしな。


俺はこの後二時間かけて大根とほうれん草を全部とり、水で洗った。


さっ調理場に持っていくか。

……いや、ちょっと待てよ。


「スズ! 近くにいるんだろ、出て来い!」


「はっ」


スカートをひるがえらせ、一秒足らずでスズがやってきた。

どうせ俺のことをどこかで見ていたに違いない。木の上とかな。


「お前、俺の監視ばっかりしててメイドの仕事は大丈夫なのか?」

「心配ご無用。それよりご用はなんですか?」

「ああ。これを調理場に運んでおいてくれないか」

水洗いした大根とほうれん草を指差す。


「わかりました」

と言うが早いかスズは大根とほうれん草を持って姿を消した。


あいつはメイドより兵士の方が活躍出来そうだな。


「じゃあ俺は宴会用に酒を大量に仕入れに行くか」



城下町――。

今日は変装はしていない。


町を歩いていると子どもが声をかけてくる。

「王子様だー。何してるの?」

「買い物だよ」

「王子様がー?」

「ああ」


一人と話していると続々と子どもが集まってきた。

「カズン王子だっ」

「王子だ王子だ」

子どもの母親たちも周りに群がる。


そこで一人の子どもが、

「なんでバカ王子って呼ばれてるの?」

無邪気な顔で訊いてきた。

母親たちに緊張が走る。


「俺、バカ王子って呼ばれてるの?」

「うん。ぼくのママがいつも言ってるー」

「カズン王子様申し訳ありませんっ。この子は何も悪くありません。罰するなら私を罰してくださいっ」

母親だろうか子どもを抱きかかえ頭を何度も下げる。

「ママ、どうしたのー?」


「頭を上げてください。俺がバカなのは本当のことだし、こんなことくらいで罰するとかありませんから」

「申し訳ありませんでしたっ。申し訳ありませんでしたっ」

「あの、聞いてます? 気にしないでください」

「えっ!? 許して下さるんですか?」

「もちろんです」



「バカ王子バイバーイ」

「バイバイ」

俺は子どもたちとその母親たちに別れを告げて酒屋に向かった。


「おっバ、王子様じゃないですか。どうされたんですか?」

「今日城でやる宴会用の酒が欲しくてね」

「あー、チラシが回ってきましたよ。あれって本当におれたちも行っていいんですかい?」

「もちろんですよ」

「いやあ、おれら半信半疑でどうしようかって言ってたんですよ」

これまでのカズン王子の評判を考えれば仕方のないことかもな。


「じゃあみんなにも伝えておいてください」

「よっしゃあ。そうと決まればうちの酒全部持ってってください!」

酒屋の店主が声を上げた。

ここの酒全部か~。

「すいません、荷車ってありますか?」




「大丈夫ですかい? 酒全部持ってけって言ったのはおれだけどまさか一回でしかも王子様一人で持ってくなんていくらなんでも無理でさあ」

「大丈夫、大丈夫」

俺は巨大な荷車に酒屋にあった酒全部を積み込んだ。

重さは全然大したことはない。

バランスの問題だけだ。

まあ、ゆっくり行けば問題ないだろう。


「お金は金貨五枚で足りますか? 足りなかったらまた来ますけど」

「金貨五枚なんて……三枚で充分です」

「そうですか。それじゃあ」

俺は片手で荷車を持ちながらもう片方の手でポケットから金貨を三枚取り出し、酒屋の店主に差し出した。


「知り合いみんな連れてきてくださいね」

「ありがとうございます王子様っ」


みんなが俺を見てくる。

当然だ。一人で荷車いっぱいの大量の酒を運んでいるのだから。

正直馬に引かせても二往復はしなきゃならないくらいの量がある。

まあでもいい宣伝になると思えば悪くない。


俺は二十分かけて慎重に酒を城まで運んだ。


そして夕方。

城の中庭にはメイドや兵士、衛兵たちが集まっていた。


「町の人はまばらだな……おっ来た来た」


日が落ちかけた頃、続々と町のみんなが集まってきた。

城の中庭が人で埋め尽くされる。


城のバルコニーにいた国王が、


「本日は王子の呼びかけでみなよく集まってくれた。礼を言う、ありがとう。今日は王子のおごりじゃ、存分に飲んで食べて歌って騒いでくれ!」


「「「「うおーーーー! 乾杯!!」」」」



「カズン王子最高ー!」

「王子様~」

酒が入って上機嫌な町の人たちが口々に俺の名前を呼ぶ。


とそこへ、

「王子飲んでるか?」

パネーナが肩に手を回してくる。


しらふでも酔っぱらっていてもこいつはあまり変わらないな。


「ああ、飲んでるよ」

「よっしゃ、それならいいんだ」

俺の背中をバンと叩いて近くにいた兵士に絡んでいった。


人だかりが出来ているところがある。

一段と騒がしいな。喧嘩か?

俺が近付くと人だかりの中心にいたダンが俺をめざとくみつけた。


「やあ~、カズン王子。ボクも参加させてもらっているよ。テスタロッサを賭けて今一度勝負しようじゃないか。今度こそボクが勝つからねぇ」


だいぶ酒が回ってふらふらのダンが言う。

そのダンがよろけると周りにいるおばさま連中が抱きとめる。

その度「きゃー」「きゃー」と黄色い悲鳴が上がっていた。


俺は城に入って渡り廊下から中庭を見下ろした。

みんな笑顔で楽しそうだ。


「カズン様のおかげですよ」

「いい催し思いついたじゃない」

「お主がおって本当によかったわい」

ミアとエルメスと国王。俺の秘密を知る三人が一堂に会した。


「まあ、カズン王子のおごりっていってもあなた働いてないんだけどねぇ。ふふっ」

エルメスが両手に持ったワイングラスのワインを全て飲み干した。


「よいではないか。王子の呼びかけでこんなにも町民が笑ってるんじゃから」

国王がビールを口に運ぶ。


「カズン様の作ったお野菜もみなさん美味しそうに食べてますよ」

ミアがエール片手に言う。


結果よかったってことかな。


正月の大宴会は真夜中すぎまで続いた。

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