十五分ほど歩いた頃エルメスが立ち止まった。
「着きました。ここです」
「はぁー、でっけぇ家」
俺は家を見上げた。
家というより屋敷というか一般家庭サイズの城というか、とにかく大豪邸だった。
「父の前ではそんな言葉遣いしないでくださいね。ユウキさん」
エルメスはもう役に入り込んでいる。
「わかったよ。エルメスさん」
エルメスのことをさん付けで呼ぶのはなんかむずがゆいなぁ。
エルメスがインターホンに顔を近づけ、
「エルメスです。今帰りました」
と言うと門が勝手に開いた。
「さあいきましょう」
玄関までかなりの距離がある。ん? あれは……執事とメイドが玄関の両脇に並んでいる。
「お前お嬢様だったんだな」
「言葉遣い」
小声でたしなめられる。
「お帰りなさいませエルメスお嬢様!」
執事とメイドが声をそろえて出迎えた。
「ただいま」
すると玄関のドアが開き、いかつい背の高い男性と品のいい妙齢の女性がエルメスに抱きついた。
「おお、エルメスよく帰った。元気にしてたか?」
「エルメス! 会いたかったわ!」
「お父様、お母様、お久しぶりです。ただいま帰りました」
久しぶりの家族の再会で会話に花が咲く。
俺は蚊帳の外。
玄関前でしばらく待っていると、
「エルメス。そちらの方はどなたなの?」
エルメスの母親がやっと俺に気付いてくれた。
「この方は職場の同僚でユウキさんと言います」
「はじめまして、お父様、お母様。私はエルメスさんと一緒に働かせてもらっているユウキと申します」
「お父様ぁ?」
エルメスの父親が俺を睨みつける。
「ユウキさんね。よろしくね、私はエルメスの母です」
丁寧に会釈をしてくれる。
「ユウキくん。エルメスの父親だ。よろしくな」
ごつい手で握手を求めてきた。
それに応じるとものすごい力で握ってきた。
俺じゃなかったら骨折れてるんじゃないかってくらいの握力だった。
「い、いつまでもみんなで玄関に立っていてもしょうがないから早く中に入ろうよ」
エルメスが家の中へとみんなを促す。
「あら、私ったら」
「そうだな、エルメス」
「さあユウキさんも入って」
とエルメス。
彼女いたことないからわからないけど彼女の家にお邪魔するのってこんな感じなのかな。
疲れる。
リビングに通された俺はエルメスの母親から質問攻めにされていた。
「どこに住んでいるの?」とか「ご両親はご健在なの?」とか「エルメスはちゃんと仕事出来ている?」とか「エルメスは友達はいるのかしら?」などなど。
おれはその一つ一つに丁寧に答えていた。
「お母様さっきから質問ばっかりよ」
「あら、そうかしら。ごめんなさいね」
エルメスがキッチンから人数分の紅茶を持って戻ってきた。
頼むから俺を一人にしないでくれ。
俺がエルメスに目で伝えようとする。
が、それもむなしくエルメスは、
「クッキー持ってくるわね」
と再び席を外した。
「母さん。私も一つ彼に質問があるんだがいいかな?」
ずっと黙って俺を威圧していたエルメスの父親が口を開いた。
「あら、気付かなくてごめんなさいね。お父さんどうぞ」
「ユウキくんといったね。きみはエルメスのなんなんだい? 今日エルメスは大事なお見合いがあるんだよ。だから特別な用がないなら今日は遠慮してもらえると助かるんだがね」
キター。
目で殺さんばかりの目力で俺を見据えるエルメスの父親。
「ちょっと、お父様いきなり――」
「お前は黙ってなさい。私は彼と話をしているんだ」
不穏な空気を感じ戻ってきたエルメスをぴしゃりと黙らせる。
ここからは一世一代の大芝居だな。
「……私はエルメスさんと結婚を前提にお付き合いさせてもらっています。今日はその報告をエルメスさんのお父様とお母様にするために参りました」
「……」
エルメスの父親はより一層鋭い目つきになり、エルメスの母親は「あら」と口を手で覆い、そしてエルメスは固まった。
「……」
重い空気が流れる。
「……率直に訊くがうちの娘のどこに惚れたんだい?」
ここで顔ですなんて言ったらぶん殴られそうだなぁ。しょうがない。
俺はマスクをとる。
「……一つのことに情熱を傾けることが出来るところです。女性ながら宮廷魔術師として国に使えるにはたゆまぬ努力が必要だったはずです。それを成し遂げた彼女を心から尊敬しています。今も仕事に没頭するあまり図書室で寝てしまうなんてこともあります。私はそういう彼女もとても素敵で可愛らしいと思っています」
ぽかんとするエルメスを尻目にエルメスの父親が目を閉じた。
そして、
「わかった。娘との交際を認める」
と言葉にした。
「母さん、あちらさんに謝りの電話を入れてくれ。今日のお見合いは悪いが中止にすると」
「はい、わかりました」
エルメスの母親が出ていく。
「ユウキくん。娘を頼んだよ」
俺の手を両手でガシッと掴むエルメスの父親。
「は、はい。任せてください」
「もし……娘を泣かせるようなことがあったら、ただじゃおかないからね」
「……はい」
俺は悪魔と取引してしまった気分になった。
夕食まで用意してくれていたエルメスの母親には悪いと思ったが、俺とエルメスは急な仕事を理由にしてダールトン邸をあとにした。
帰り道。すっかり雨はやんでいた。
夕日が俺たちの影をつくる。
「エルメス、本当にこれでよかったのか?」
「……ええ」
「俺は心が痛いんだが」
「……ええ」
「……腹減ったな」
「……ええ」
エルメスはずっとこんな調子で心ここにあらずという感じだ。
「俺いつかお前の親父さんに殺されるかもな」
「……それでしたらほんとに私とカズン王子が結婚してしまえば問題ないですよ」
「え、それってどういう――」
「ふふっ。冗談に決まってるじゃないですか。童貞王子っ」
そう言うとエルメスは城に向かって走り出した。