トントントントン
その日はいつもとは違うドアのノック音から始まった。
「失礼します王子様。朝食をお持ちしました」
部屋に入ってきたのはミアではなく別のメイドだった。
「おはようございます、王子様。朝食はこちらに置いておきますね」
「ああ、ありがとう……ところでミアは? どうかしたのか?」
「ミアですか、ミアでしたら風邪をひいて昨日実家に帰りましたよ」
「……あー、そうなのか」
ミアが風邪か。
「家に帰るくらいひどいのか?」
「いえ、ミアのお母さんが大事をとって家で休養しなさいって言ったみたいで」
「そっか。それならまあよかった」
「では失礼します」
メイドが出ていく。
「……今日はチキンじゃないのか」
ミアはいつも俺の要望通り朝昼晩と毎食チキン料理を作って持ってきてくれている。
俺は朝食のパンとスープを黙々と一人で食べ始めた。
いつもならミアが寝室のシーツを取り換えてくれたりなにかしらをしてくれているので、なんとなく話し相手がいるのだが今日はいない。
「はぁ、静かだな」
朝食を食べ終えた俺はいつものように筋トレを始めた。
床に少し広げて手をついて腕立て伏せをする。
「一、二、三、四……」
何時間経過しただろう。
「三千三百二、三千三百三……」
腹が減ってきた。いつもならもうそろそろミアが昼食を持ってくる頃だが。
トントントン
「失礼します王子様。昼食をお持ちしました」
朝とは違うメイドが料理を運んできてくれる。
「ああ、ありがとう」
「こちらに置いておきますね。では失礼します」
昼食を運び終わったら部屋を出ていくメイド。
俺は昼食に手をつけるがあまり進まない。
さっきまで腹が減っていたはずなのに。
……風邪か。
「……よしっ決めた!」
俺は庶民の服に着替え帽子とサングラスで変装すると城を出た。
「たしかここらへんだったよな」
俺は記憶を頼りに城下町を歩いた。
ここを曲がって……。
あった。
ミアの家だ。
俺は自分の姿を見返す。
変装もしたし、途中でお見舞いの果物も買ったし問題ないはず。
迷惑……じゃないかな。
俺はミアの家の玄関の前で今更ながら自問自答していた。
するとドアが突然開き、
「じゃあミア、お母さんちょっと行ってくるけど、ちゃんと鍵かけるのよ……ってわっ、あら、あんたはたしか、ユウキくんだっけ?」
ミアの母親と鉢合わせした。
「久しぶりだねぇ。もしかしてあの子のお見舞いかい?」
「は、はい。いきなりですみません。大丈夫ですか?」
「わざわざありがとうね。大歓迎だよ私はちょっと出かけなきゃならないんだけど、さあ入っとくれ、ミアの部屋は二階の右側だからね。あの子もきっと喜ぶよ」
嬉しそうに話すミアの母親。
ミアの母親は俺を玄関に残して出かけていった。
「ミア、いるか? 入ってもいいって言われたから入るぞ」
返事はなかったが俺はミアの家にお邪魔した。
二階だったな。
俺は階段を上がりミアの部屋の前に立つ。
「ミア、俺だけど。カズンだけど。お見舞いに来たよ」
「えっ!? カズン様ですかっ!?」
「入ってもいいか」
「だ、だめですっ! 絶対にだめですっ! 風邪がうつりますからっ!」
必死な声のミア。
別に風邪くらい俺はうつってもいいんだけど。
俺はドア越しに、
「わかった。じゃあお見舞いの果物ここに置いておくから。あとで食べてくれ」
「あ、ありがとうございます。カズン様」
「じゃあ俺は帰るけど、鍵しっかりかけとけよ」
「……あ、あのカズン様」
声がさっきより近くから聞こえたと思ったら、部屋のドアが開き中からマスクをしたパジャマ姿のミアが顔を覗かせた。
「や、やっぱりもう少しだけいてもらってもいいですか?」
「じゃあ、ミアのお母さんが帰ってくるまでここにいるよ」
「すみません。ありがとうございます」
その後、俺とミアはドア越しに会話を続けた。
二十分ほど経った頃だろうか。
「……そうですか。大根とほうれん草の芽が出たんですね」
「ああ。順調に育っているぞ」
「ただいまー。ミア、帰ったわよ」
ミアの母親が帰ってきた。
「おっと、じゃあ俺はそろそろ帰るよ」
「あっお引き止めしてすみませんでした。お見舞いありがとうございました。カズン様」
「城で待ってるから元気になったら出てこいよ」
「はい」
「あら、もう帰るのかい。もっといればいいのに」
階段を下りるとミアの母親が買い物袋を手にそう言ってくれた。
「いえ、俺がいるとちゃんと休めないと思うので」
「そうかい……あ、これ持っていきな」
ミアの母親が買い物袋の中からリンゴを一つ取り出し俺に差し出した。
「あ、ありがとうございます。いただきます」
俺もリンゴは買ってきたんだけどな。
まあいいか。
「じゃあ、お邪魔しました」
「ありがとうね、またおいで」
俺は城への帰り道リンゴをかじりながら帰路についた。