「女っ!? お前女だったのかっ!?」
「どこからどう見ても女だろうが!」
セルピコが声を大にして言う。
うかつだった。国王は男だと勝手に思い込んでいた。
でも短髪だし凛々しい顔をしているし、今でも男に見える。
「スカートをはいているだろうが、ほらっ!」
スカートを持ち揺らすセルピコ。
「い、いやあ、そういう伝統衣装か何かかと……」
俺は言葉を濁す。
「これだから男はだめなんだ、全く」
「すまん」
「ふん、もういい。それよりお腹はすいてないか。会食の準備でもさせよう」
そう言って美人秘書にことづけを頼んだ。
美人秘書が部屋を出ていく。
「ついでだ、コンラッドも一緒に夕食を食べていくといい」
「はっ、ごちそうになります」
「スズ、いろいろとすまなかった。許してくれ」
セルピコがスズの方を向いて頭を下げた。
「もう済んだことです。水に流しましょう」
「ありがとう、スズ」
しばらくすると美人秘書が戻ってきた。
「会食の準備が整いました。どうぞみなさまこちらへ」
美人秘書に促されるまま俺たちは別室へ向かった。
しかし広い城だなぁ。
俺が城内に目を奪われていると、
「こちらでございます」
美人秘書がこれまた大きな部屋に通してくれた。
そこには縦に長いテーブルとその上には豪華な食事が用意されていた。
「うはぁ。こりゃあすごい」
コンラッドさんがもらす。
たしかにコンラッドさんの言う通りこんな豪華で大量の料理の数々は見たことがない。
「さあ、好きな席に座ってくれ」
セルピコが簡単に言うが、そう言われてもこんな広くちゃどこに座っていいか迷ってしまう。
「じゃあ……」
俺は角の席に腰を落ち着けた。
「拙者も失礼します」
とスズが俺の隣に座る。
その対面にセルピコとコンラッドさんが腰を下ろした。
美人秘書はセルピコの横に立った。
「どうぞ」
美人秘書が俺にワインを注いでくれる。
「あ、どうも」
「さあみんな、遠慮せずにやってくれ」
俺たちはかなり遅い昼食と早めの夕食を同時に食すことになった。
えんもたけなわ、夕食も終盤にさしかかった頃セルピコが、
「そなたたち、今日はパデキアに泊まっていくのだろう。だったらこの城で休んでいくといい」
「いいのか」
「ああ、カズン王子とスズなら大歓迎だ」
ということで俺とスズは今晩は城内に泊めてもらうことになった。
そして案内されたゲストルーム。
「おわっ。ここもまた広い部屋だな」
「なんか落ち着きませんね」
部屋を見回したスズが言う。
俺もスズと同意見だ。
俺は小市民だからどちらかというと狭いところの方が落ち着くんだ。
「ではごゆっくり」
美人秘書が一礼して部屋を出ていった。
広い部屋にスズと二人きりになる。
「それにしてもお前の暗殺の雇い主がパデキアの国王だったなんてな」
「申し訳ありません」
「いや、別にいいんだけどさ……俺ってそんなに他国でも評判悪いわけ?」
「……申し上げにくいのですが……はい」
スズが本当に申し訳なさそうに話す。
「でも拙者、カズン王子と実際に会って噂で聞くような人物ではないことを知ることが出来ました。ですからいずれカズン王子の悪い噂もなくなると思います」
「そっか、ありがとう」
はぁ……この分だと俺に恨みを持っている奴はまだいそうな気がするぞ。
面倒くさいな、もう。
「カズン様起きられましたか」
翌朝、俺が目を覚ますとスズは自分のベッドのシーツをきれいに直していた。
「ああ、おはよう。そんなこといちいちやらなくてもいいんじゃないか」
「毎日の癖でつい」
とスズが返す。
俺たちは着替えを持ってきていなかったから昨日と同じ恰好だ。
スズは前がざっくり破けたメイド服を着て、その上からコンラッドさんに借りた外套を羽織っている。
「さっき朝食の準備が出来たと秘書の方がいらっしゃいましたよ」
「そうか。じゃあいただくとするか」
俺たちは昨日夕食をごちそうになった大広間に向かった。
「おはよう、カズン王子。スズ。昨日はよく眠れたか?」
セルピコはもう席についていた。
「ああ……あれ、もしかして俺たちが来るのを待っていてくれたのか?」
「ごはんはみんなで食べた方がおいしいだろう」
にっこり笑うセルピコ。
セルピコは朝食を食べずに待っていてくれたようだった。
「待たせて悪かったな」
「気にするな。じゃあいただくとしよう」
「ああ、いただきます」
「もう帰ってしまうのか?」
俺たちが帰ると聞きセルピコが城門まで見送りに来てくれた。コンラッドさんと美人秘書も一緒だ。
「ああ、貿易協定のこと国王に報告しないとな」
「そうか。では近くまで来たときはいつでも寄ってくれ、歓迎する。もちろんスズもな」
「ありがとう、セルピコ」
「ありがとうございます」
「では国王様、私はカズン王子とスズさんを送ってきます」
「頼んだぞ、コンラッド」
俺たちは馬車に乗り込むといつまでも手を振るセルピコを背にパデキア城をあとにした。
途中持たせてもらった昼食を挟み、イリタール国へと馬車を走らせる。
その道すがら馬車の中で俺は気になっていたことをスズに訊ねた。
「そういえば昨日、別行動ってなにしてたんだ?」
「昨日の道中魔獣に襲われましたよね」
「ああ」
たしかに虎のような巨大な魔獣に襲われた。
「もしかしてカズンどのを暗殺するために送り込まれた魔獣だったのではないかと気になって探りを入れていたんです」
「そうだったのか。それで、どうだったんだ?」
「何の確証も掴めませんでした。すみません」
スズがうつむく。
「そっか……まあ多分コンラッドさんが言ったように誰かが飼っていたのが大きくなりすぎたってだけだろ。気にすることはないさ」
「はい」
「おっスズ、うちの城が見えてきたぞ」
遠くに城が見えた。うちに帰れるのももうすぐだ。
「コンラッドどの、これお返しします」
馬車を降りたスズが外套を脱ぎコンラッドさんに返そうとする。が、
「いいですよ。そんなものでよかったら、差し上げますから」
と逆に返された。
「よいのですか? かたじけない」
スズが外套を羽織る。
「じゃあカズン王子、スズさんお元気で」
「コンラッドさんも」
「ご武運を」
昼過ぎに城に到着した俺たちはコンラッドさんと別れた。
「はぁ、帰ってきたな」
「そうですね」
「俺は畑に水やりをしたらちょっと寝るよ。お前も今日は仕事はいいから休めよ……天井裏から俺を監視するのもなしだからな」
「は、はい。では失礼します」
はぁ……疲れた。
馬車に乗ってただけだったけど知らない土地に行くというのはやっぱり精神的に疲れる。
「早く寝よ……あっその前に国王に報告しないとな」
「ご苦労であった、王子よ」
ここは謁見の間。
「して成果はどうであった?」
「これがパデキア国と結んだ貿易協定です」
俺は一枚の紙を大臣に手渡した。
大臣がそれを国王に見せる。
「なっ!? なんじゃこれはっ!」
国王が声を張り上げた。
「どうかしましたか?」
「どうかしましたか? じゃないわい! なんじゃこの協定は!? 向こうに有利すぎるではないか!」
国王が飛び上がらんばかりに興奮している。
大臣は頭を抱えていた。
「はぁ、王子に一任したわしがバカじゃったわい」
「やっぱりバカ王子のままか」
「おいっ聞こえるぞっ」
そこの衛兵たち、聞こえてるぞ。
協定を結ぶ時セルピコが驚いていたのはそういうことだったのか。
うーん、失敗失敗。