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第25話

パデキアに着いたのは俺たちが城を出てから三時間後のことだった。

夕日が影を長く映している。


「もう夕方か」

「やっと着きましたねカズンどの」

「お二人ともお腹がすいているんじゃないですか? 国王様に会いに行く前にどこかで腹ごしらえでもしますか?」

コンラッドさんが馬車を歩かせながらこっちを振り向いて訊いてくる。


「それもいいですけど城に向かいましょう。もうすぐ夜になる」

「わかりました。まあ城に行けばきっと国王様がもてなしてくれるはずですしね。そうしましょう」


「カズンどの、拙者しばらく別行動させてもらっても構いませんか?」

スズが俺を見る。

「え? ああ、別にいいが」

土下座してまで俺に付いて来たがっていたのに別行動か。やっぱりよくわからない奴だな。

「ありがとうございます」

言うとスズは馬車のドアを開け飛び出していった。



パデキア国王のいる城はうちの城よりも一層大きく立派だった。

「おっきいなー」

俺は城を見上げる。


馬車で城下町を通り過ぎると城の手前でコンラッドさんは手綱を引いた。

俺たちは馬車から降りて城門へと歩を進めた。


「コンラッドさん、そいつは何者ですか?」


城門を守っている兵士が訊いてくる。


「そいつとは無礼な。こちらはイリタール国のカズン王子であらせられるぞ」

「!? し、失礼いたしました! カズン王子様! どうかお許しください! どうかお慈悲をっ!」

やりすぎなくらいひざまづいて許しを請う兵士。


カズン王子の悪い噂はこんなところまで届いているのか。


「頭を上げてください。気にしていませんから。それより通ってもいいですか?」

「はっ? へっ? あ、は、はいっ! どうぞお通りください、カズン王子様!」


兵士は震えながら手を伸ばす。

俺はその手に促されるように城内へと入った。

そういえばスズはどこに行ったんだろう。ここ通してもらえるのかな、あいつ。


「国王様は今頃は御自身のお部屋におられるはずです」

とコンラッドさんが言う。

「こちらです」


俺はコンラッドさんの後をついていった。


「国王様、コンラッドただいま戻りました!」

コンラッドさんが大きな扉の前で声を上げる。


「……入れ、コンラッド」

部屋の中から中性的な声が返ってきた。


「失礼いたします」

コンラッドさんが扉を開けた。

中には少年? が椅子にもたれかかって座っていた。その隣には秘書のような人物が立っている。かなりの美人だ。


「そなたがカズン王子か。兵士から聞いている」

ひじ掛けに腕を置き偉そうに喋っているがまだ子どもに見える。


俺はコンラッドさんに小声で、

「国王って何歳ですか?」

訊くとコンラッドさんも小声で、

「十五歳です。先代の国王様であるお父上が亡くなられたので今の座に」

俺より十も年下じゃねぇか。


「我はセルピコ。パデキア国の国王だ」

ガキのくせに偉そうに。

向こうが敬語を使っていないんだから俺も使わなくていいよな。


「俺はカズン……ってもう知ってるんだったな。今回はエメラルドの貿易協定を結びたいとか聞いたから王子である俺が直接来た」

で、このあとはどうするんだろう。協定ってどうやって結ぶんだ?

エルメスがいればなぁ。


セルピコが口を開く。

「おい、あれを持って来い」

美人秘書が一枚の紙をセルピコの前の机の上に置いた。

「これが貿易協定の書面だ。異議がなければここにサインしてもらおうか」


美人秘書をあごで使いやがって全く。これだからガキは嫌いなんだ。


「どれどれ……ふーん」

それらしく声を出して俺は書面に目を通す。

数字がたくさん書いてある。多分貿易の条件が書かれているんだろうけど相場がわからないから何とも言えないなぁ。

もうどうにでもなれ。


「異議はない。これでいいぞ」

「……な!? 異議はないのか!? この条件でいいと言うのか!?」

自分で書面を用意したくせにセルピコがすげー驚いている。

「そ、そうか……そなた本当にカズン王子か?」

「ああ、そうだが」

何かまずったかな。


「そ、そうか……わかった。で、ではサインをしてくれ」

腑に落ちない表情を浮かべながらもセルピコが言う。



俺は書面にサインをした。 


「で、ではこれで我が国パデキアとそなたの国イリタールとの貿易協定が結ばれた――」

「待てっ!」

その時。

スズが天井裏から飛び降りてきてセルピコの首にナイフを当てた。

「拙者とともに死んでもらう」

「「国王様っ!」」

コンラッドさんと美人秘書が同時に声を発した。


おいおい、どうなっているんだ一体。

「なんのつもりだスズ? 冗談じゃ済まないぞ」

俺もそいつにはムカついていたがそこまでじゃない。


「カズンどの。拙者を雇ってカズンどのを暗殺しようとしたのはこいつです!」

……え、なんだって!?


「ほ、本当なのかセルピコ?」

「……」

セルピコは顔を背けて答えようとしない。


「拙者のいうことは全て事実です、カズンどの!」

「どういうことだセルピコ? 答えによっちゃスズじゃなく俺がやるぞ」

「「国王様!」」

「……」


そしてセルピコは重い口を開いた。

「……イリタールのカズン王子といえばバカ王子で有名だ。そのくせ家来には横暴な振る舞いをしていると聞く。理不尽に泣かされた者も数多くいるというじゃないか。そんな奴がいつかイリタールの国王になったらと思うと気が気じゃなかった。バカ王子の機嫌次第で戦争になりかねない。だから暗殺を依頼した」


セルピコは続ける。

「だが今日実際会ってみると聞いていた人間とは違う気がしてきた。今更遅いかもしれないがスズ、暗殺の話はなかったことにしてくれないか」

「なかったことにだと!? 忍びにそんなことが通じると思うか。覚悟っ!」


ガシッ


スズがナイフに力を込める寸前俺はスズの腕を掴んだ。


「カ、カズンどの。邪魔しないでください。これは拙者とこやつとの問題なのです!」

「誰も死ぬ必要はないよ、スズ」

「忍びとしてのけじめをつけさせてくださいっ」

「スズは今は俺の忍びなんだろ。だったら忍びとして俺の言うことを聞かないといけないんじゃないのか」

「そ、それは……」

「ナイフを捨てろ、スズ」

「……はい」


カラン


ナイフが床に落ちる。


「なぜ助けた?」

セルピコが俺を見上げる。


「狙われたのは自業自得だからな……でも二度とこんなことするなよ」

「ああ、約束する」

うなだれた様子のセルピコ。

ふぅ……これで一件落着か。


「あー、それと一つずっと気になってたことを訊いてもいいか?」

「……なんだ」

「お前男のくせになんでスカートなんかはいているんだ?」


セルピコは顔を赤くしてこう叫んだ。


「なっ! ぐぬぬぬぬ……わ、我は女だ!」

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