「すいません。お待たせしました」
俺たちは城門のところで待ってもらっていたコンラッドさんと合流した。
「こいつが旅に同行するスズです」
「はじめましてコンラッドどの。拙者はスズと申します、以後お見知りおきを」
「よ、よろしくお願いしますスズさん」
メイド姿のスズを見て一瞬戸惑った様子を見せたコンラッドさんだったが、その後なにごともなかったかのように接してくれた。
「では私が案内しますので早速行きましょうか?」
「はい、お願いします」
この世界に馬車はあるが車はないらしい。
「さあ、乗ってください」
城下町を出てとめてあった馬車に乗り込む俺とスズ。コンラッドさんは馬車の前に腰を下ろし手綱を握った。
「コンラッドさんは一人で来られたんですか?」
「はい、そうです」
パデキアは大国なんだろ。なのに使者は一人だけなのか。
「ここだけの話ですが、うちの国は今他国とちょっと揉めていましてね、人員があまりさけなかったんですよ、すみません」
「いえ、気にしないでください。それよりパデキアの国の国王はどんな方なんですか?」
「年はあなたのお父上と同じくらいですね。温和で気さくな方ですよ」
「ふん、温和とな」
「何か言ったかスズ?」
「いえ何も」
小一時間ほど馬車で進むとコンラッドさんが、
「この辺りで一度休憩しますか?」
と提案してくれた。
馬車の振動で尻が痛くなっていたからそれは助かる。
「はい。そうしましょう」
俺たちは馬車から降りて大きな木の陰になっている草むらに腰を下ろした。
「よかったらこれどうぞ」
コンラッドさんがカバンから水筒を取り出すとお茶らしきものコップに注いでそれを勧めてくれた。
「あ、どうもありがとうございます」
俺がありがたくいただこうとすると、
「待ってください、拙者が先に」
とスズがコップを奪い取り口に含んだ。
口の中で液体を転がすスズ。
こくりと飲み干し、
「ただの緑茶です。問題ありません」
と俺に報告した。
「す、すみません。こいつ行儀がなってなくて」
「い、いえ。いいんですよ。それよりスズさんの分もちゃんとありますからね。はい」
コンラッドさんはスズの問題行動も気にせず笑顔で緑茶を差し出してくれた。
コンラッドさん、いい人だ。
「この辺りはどの辺なんですか?」
土地勘の全くない俺が訊く。
「ちょうど中間地点ってところですかね。この辺りは店もないし地面もあまり舗装されていない山道なので人の通りは少ないんですよ」
そう。コンラッドさんの言う通り店もなければここまですれ違う人や馬車も一つもなかった。
「コンラッドさんはいつもこういう仕事をされてるんですか?」
「ええ、そうですね。国王の使いで他国に足を運ぶことが多いです」
「へー大変ですね」
「いえいえ。それはむしろこちらのセリフですよ。まさか王子自ら出向いてくださるなんて思いもしなかったですから。フットワークの軽い素晴らしい方だなぁと思っていました」
とコンラッドさんは緑茶を飲みながらほめてくれた。
コンラッドさんは立ち上がると汗を一拭き。
「ではそろそろ参るとしましょうか」
「そうですね。お願いします」
俺たちがまた馬車に乗ろうとした……その時――。
「ガルルルル!」
近くから獣の鳴き声のようなものが聞こえた。
鳴き声のした方を見るとさっきまで俺たちがいた大きな木の陰からこうもりのような羽をはやした巨大な虎の化け物が姿を現した。
「ひっ、ま、魔獣だ!」
コンラッドさんが叫び声を上げながら馬車の中に逃げ込んだ。
「あれが魔獣? 大きいな」
テスタロッサのペットの魔獣とはえらい違いだ。
「魔獣は進化すると大きくなるんです! 多分誰かに飼われていた魔獣が大きくなりすぎて捨てられたんだと思います!」
とコンラッドさんが怯えながらも馬車の中から説明してくれる。
「カズンどの、お下がりください」
とスズ。胸元からナイフを取り出し構えてみせる。
「ガルルルル!」
魔獣がそろりとこっちに近付いてくる。
「無益な殺生はしたくない。去れ」
スズが魔獣を目の前にして言うが魔獣にその声は届かない。
「ガルゥァアー!」
魔獣がスズに向かって飛び掛かった。
スズはすんでのところで避けるも魔獣の鋭い爪がスズのメイド服を切り裂く。
「くっ、仕方ない。斬る」
スズがナイフで魔獣に応戦する。魔獣の爪をナイフで受け止めいなすとそのまま魔獣の首めがけて斬りかかる。
ナイフが魔獣の首に当たった。
「御免」
スズがナイフを振り抜く、がパキッと刃先が折れてしまった。
「なっ!? ぐっ! がはっ」
一瞬の隙が出来たスズを魔獣の一振りが襲う。
スズはなんとかこれをガードするが後ろに弾き飛ばされものすごい勢いで岩山にぶつかってしまう。
スズがよろめきながらも立ち上がろうとする。
ズザッ
俺はスズの前に立った。
「カ、カズンどの……」
「あとは俺に任せろ」
「し、しかし……」
「さあ、来い。魔獣」
「ガルゥァアー!」
ドン!
という衝撃音のあと魔獣が崩れるように倒れた。
俺が魔獣の攻撃をかわして心臓付近をめがけてパンチをお見舞いしたからだ。
「す、すごい……」
スズがぽつりとつぶやいた。
「全くお恥ずかしい限りです。自分一人逃げてしまって」
コンラッドさんが何度も頭を下げる。
「いえいえ、コンラッドさんが無事でなによりです」
「拙者もカズンどのを守るどころか守ってもらうなどお恥ずかしいです」
破れて前が開いたメイド服を着たスズが言う。
お前は別のことを恥ずかしがれよ。
馬車の中にあった外套をコンラッドさんが貸してくれた。
「かたじけない。コンラッドどの」
「いえ、いいんですよ。それにしてもカズン王子はお強いんですね。いや~おみそれしました」
「たいしたことないですよ。それよりあの魔獣はどうすればいいんですかね」
俺は倒れている魔獣を指差す。
魔獣はまだ息がある。俺は気絶させただけだ。
「パデキアに着いたら私が報告しておきます。保護されるか処分されるかはわかりませんが」
「そうですか。ありがとうございます」
「お礼を言うのは私の方ですよ。さあ、では今度こそ参りましょうか」
俺たちは馬車に乗り込みあらためてパデキアを目指し走り出した。