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第19話

その日は朝から騒がしかった。


「カズン王子いますかっ」


エルメスが慌ただしく俺の部屋に入ってくる。


「カズン王子!」

「こっちにいるよ」


俺はまだ寝室で惰眠をむさぼっていた。仕事をしていない人間の特権だ。


「カズン王子、これを見てください」


エルメスは水晶玉を俺の顔に近付けてみせた。


「なんだこれ?」

「私が占いをする時に使う水晶玉です。そんなことよりここ、ここを見てください。影が浮き出ているでしょう。私の経験則からしてかなり不吉なことが起こる前触れです」


俺は占いなんて普段から信じていないがエルメスが言うのなら信憑性はある気がする。


「それで俺に何かよくないことが起こるっていうのか?」

「はい、きっと」

「どんなことかはわからないのか?」

「いくら私でもそこまではわかりませんよ」


それにしても……。

「お前が俺のことそんなに心配してくれているとは思わなかったよ」

「なっ! べ、別にあなたのことを心配しているわけじゃありませんっ。あなたに何かあったら国が揺らぎかねないから言っているだけです!」

声を荒らげるエルメス。


温泉の宿泊券をプレゼントしたころからなんとなく俺に対する当たりが優しくなっている気がする。

そんなに温泉宿泊券が嬉しかったのかなぁ。


「じゃ、じゃあ忠告はしましたからねっ。失礼します」


バタンとドアを勢いよく閉めてエルメスは出ていった。


「よくないことか……なんだろう」


嫌なことを聞いてすっかり眠気が覚めてしまった。

ミアが朝食を運んでくれるまでまだ時間があるし、城内を散歩でもするか。


さすが国王と王子が住む城というだけあって中はかなり広い。

まだ入ったことのない部屋も山のようにある。

どこに行こうかな?

トレーニングルーム……は沢山人がいそうだし、プール……も人が多そうだ。食堂……は行っても意味ないしな。

うーん、図書室にでも行くか。



ガラガラガラ


たてつけの古いドアを開けると本のにおいが漂ってくる。

狭い部屋に本がぎゅうぎゅうに詰まっている。

周りは一面古い本だらけ。

なんていうか……。


「図書室っていうより書庫って感じだな」


さすがに俺以外に人はいなかった。


「一人になれるいい場所をみつけたかも」


俺は本棚を見上げた。

本棚には難しそうな書物がほこりをかぶって眠っている。

よく見ると魔術書が多い。

この部屋を使っているのはエルメスくらいだろうな。

俺はその中から一冊を手に取ると床に散らばっている古書を端にどかし、座るスペースを確保した。


「よっこいしょっと」


最近無意識でこの言葉を発してしまう、まだ二十代なのに。

俺はあぐらをかくと本のページをめくった。


「……全然わからん」


文字が読めないというわけではない。実際俺の言葉はこの世界で通じているし、読み書きだって出来る。

これは単に俺に魔術の知識がないというだけのことだ。


「エルメスって実はすごい奴なのかもな」


俺は本をもとあった場所に戻すと図書室をあとにした。


廊下に出て違和感を覚える。

なんだこれ……誰かに見られている?

どこからか視線を感じるような気がした。

しかし周りを見渡すがそれらしい人間はいない。


「気のせいか」



「……っていうことがあったんだよ」


俺は朝食の準備をするミアと言葉を交わしていた。


「カズン様のファンが見ていたのかもしれませんね」

とミアがほほ笑む。

「ファン?」


カップに紅茶を注ぎながらミアが続ける。

「この前のダン様との決闘を見ていた城の人たち、すごく驚いていましたから。メイドたちもカズン様を見直したって……あっ、すみませんっ」

「いいさ、自分が周りにどう見られていたかはわかっているつもりだから」

恐縮するミアをフォローする。


「カズン様、何か心境の変化でもあったんですか? 以前とは別人みたいです」

「そ、そうかな。別人は言いすぎだろ」

「ふふっ、そうですね。すみません」


ミアに偽物だってバレるのも時間の問題のような気がしてきた。っていうかもうバレてたりして……。

俺はミアに目をやる。

「?」

俺と目が合ったミアがまばたきを一回したあと、にこりと笑顔を返した。

その様子が小動物みたいだった。


朝食を済ませた後俺は今日一日部屋から出ないことを決めた。

なにか不吉なことが起こるのなら部屋から出なければいい。

俺は眠くもないのにベッドに寝転んだ。そしてやることもないのでそのまま腹筋をし始めた。



昼食もいつも通り部屋でとり、夕食も今さっき済ませたところだ。

「なんだよ。何も起きないじゃないか。エルメスの奴」


ほぼ一日中部屋の中にいて穏やかな時間は過ごせたものの少し損した気分だ。

時計を見る。

「今日はもうあと四時間か……風呂入って寝るかな」



その後もなにごとも起こることはなく、風呂を出た俺は寝室へと向かう。


明日エルメスに一言言ってやろう……。


明かりを消した寝室でそんなことを思いながら眠りについた。



「……のっ、えいっ、このっ、えいっ、やあっ、死ねったら、このっ」


胸のあたりがちくりちくりとする感触がして目を覚ますと……。

「ん?」


お腹の上にナイフを持ったメイドが乗っていた。

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