「カズン王子入りますよー」
朝食後、珍しくエルメスが部屋に訪ねてきた。
俺の返事を待たずずかずかと入ってくる。
「なんだよ」
「妹があなたに折り入って相談があるんだそうですよ」
妹とはカルチェのことだ。
そんなに姉妹仲が良くないと思っていたが、そういう話をする間柄なんだな。
「相談って?」
「それは本人から直接聞いてください。ほらカルチェ入ってきて」
廊下に向かって手招きする。
「失礼いたします」
カルチェがかしこまっていつもの窮屈そうな胸当てを含む軽装備で現れた。
「何か相談があるって?」
「はい……実は私もカズン王子様のようにもっと強くなりたいんです。ですからご指導をお願いできないでしょうか」
直角に頭を下げるカルチェ。
俺はエルメスに目線を移した。
エルメスはお手上げのポーズをしている。
なんだそれは。
「いや、そう言われてもなぁ特別なことは何も……」
俺は別に剣技を極めているわけでも格闘技経験があるわけでもない、ただの異世界から来た筋トレ好きなニートだ。俺がいた世界とは重力の違いがあるから強いだけで、教えられることなど何一つない。
「そこをなんとかお願いいたします」
「妹は頑固だから一度言い出したら聞かないですよ」
とエルメス。
「先日のダンどのとの決闘を見て確信しました。私が師事するのはこのお方しかいないと」
俺を尊敬のまなざしでみつめるカルチェ。
さすがエルメスと姉妹だけあってよく見ると似ている。エルメスよりやや背は低いがそれでもモデル顔負けのルックスだ。って今はそんなこと関係ないな。
「うーん、まいったな。本当に教えられることなんて何もないんだよなぁ」
「でしたら今日一日カズン王子様の一挙手一投足を見させていただいてもかまわないでしょうか?」
一日だけか。うーん、一日で諦めてくれるならまぁいっか。
「じゃあ今日一日だけなら」
「あっありがとうございます!」
カルチェはこれでもかというくらい深いお辞儀をした。
「でも今日は城下町に行くつもりだったからそれでもいいか?」
「はい。同行させていただきます」
「妹をよろしくお願いしますね、カズン王子っ」
エルメスはウインクをしてみせた。
「じゃあ俺は王子ってバレないように変装するから、カルチェも着替えてきて。城の入り口で待っているから」
「えっ着替えですか? 私はこれでかまいませんが」
と自分の服装を見下ろすカルチェ。
胸当てや肩当て、膝当てそして剣。ちょっと町に買い物に行くには目立つなぁ。俺の護衛みたいになりそうだ。
「いいわ。私があんたに似合いそうな服を貸してあげるっ」
「え、いいよ、姉さん。私はこれで――」
「いいから、いいから。私の部屋にいらっしゃいな」
カルチェの背中を押して部屋から追い出すエルメス。カルチェが頑固なのは姉譲りか。
それにしてもなんだか楽しそうだなエルメス。
こうしているとどこにでもいる普通の姉妹みたいだ。
変装を済ませて城の入り口で待っていると、
「お待たせ~」
「お、遅くなりました。申し訳ありません」
エルメスがカルチェを引き連れてやってきた。
「姉さん、やっぱり私こんなの着て外歩けないよ」
「なに言ってるの。あんたはきれいなんだから堂々としてなさい」
「でも……」
カルチェの服装は花柄のワンピースだった。頭には麦わら帽子がそえられている。
どこぞのお嬢様が避暑地にでも遊びに来たかのような可愛らしい恰好をしている。
「どうですかカズン王子……っていうかあなたのそれ変装したつもりですか? 充分怪しいですけど」
俺はまぶかに被った帽子とサングラスそして今回念には念を入れてマスクもしている。
「え、そんなことないだろ」
完璧な変装だ。この前のダンとの決闘で俺の顔は町の人たちの印象に残ってしまったはずだからな。
「まあいいです。それよりカルチェの服どうですか、似合ってますよね?」
「ああ、かなり」
「ほらっ。カズン王子もこう言ってるんだから、さっさと行ってきなさいっ」
背中をバシッとたたかれたカルチェはよろめいた。
履きなれないヒールのついた靴のせいだろう。
「おっと」
俺はカルチェを抱きとめる。
「大丈夫か?」
「あ、はい、失礼いたしました。大丈夫です」
「じゃあ行ってくる」
俺はエルメスにそう言って城下町へと向かった。
カルチェは一メートル後方から俺の後をついてきていた。
落ち着かない。
これでは同行というより観察されている気分だ。
落ち着かない理由は他にもある。
さっきから町の人の視線が痛いくらい突き刺さってくる。
ミアと町に来たときはこんなじゃなかったぞ。
「なぜか町の人たちから見られている気がするのですが」
カルチェも気付いていたらしい。
「ああ、そうだな」
「失礼を承知で言わせていただいてもいいですか? そのマスクではないでしょうか?」
「そうかなぁ?」
俺はマスクを外してみた。すると幾分視線の鋭さがやわらいだ気がした。
「っていうか見られているのは俺よりカルチェじゃないか?」
「え!? や、やっぱりこの服似合っていないんですよきっと」
「いや、似合ってはいるけど……」
むしろ似合いすぎているのかも。
「まあ人の目なんて気にしないで行くぞ」
およそコミュ障ニートの発言とは思えない言葉が口をついて出た。
周りの対応だけじゃなく俺自身も変わってきているのかもしれない。
少し歩くと声をかけられた。
「あら~誰かと思えば」
ミアと町に来た時に会った露店商のおばさんだ。
「お盛んだねぇ~。若いっていいわねぇ~」
面倒くさそうなので今日はこの店はスルーしようとすると、
「あ~ちょっと、お待ちって。今日買い物してくれた人にはカズン王子勝利記念の福引きサービスをやってるんだよ。どうだい、買っていかないかい?」
「カズン王子勝利記念?」
「ああ、そうさ、この間の隣国の騎士団長との決闘知ってるだろ。なんとあのバカ王子が勝っちまいやがったのさ……おっと、もうバカ王子なんて言っちゃいけないね。みんな自分のことのように大騒ぎだよ。あたしもなぜか誇らしくてねぇ」
露店商のおばさんの笑みがこぼれる。
「……じゃあ一つだけください」
俺は三日月形のイヤリングを買った。
「さあ、楽しい楽しい福引きの時間だよ。一回回しとくれ」
俺は言われるがままガラガラを回した。
コロン
銀色の玉が転がり出た。
「あら~、大当たり~! 銀色は二等、温泉宿泊券だよ~!」
ガランガランガランと大きなベルを鳴らす露店商のおばさん。
「なんだいあんた嬉しくないのかい?」
俺の顔をじとっと見て訊ねてくるおばさん。
「えっいや嬉しいですよ、嬉しいに決まってるじゃないですかっ」
俺は長いニート生活で感情を表に出すのが下手になっているのだ。これでも充分喜んでいる。
「あんた持ってるわね~。この色男っ! 新しい彼女と楽しんできなよ」
何か誤解しているおばさんにお礼を言い、俺はまた目的もなく歩き始めた。
温泉宿泊券か……。
このイヤリングは銀貨二枚だろ。じゃあこの温泉宿泊券は相場はどのくらいなんだろう。
海老で鯛を釣ったのか、鯛で海老を釣ったのかわからないな。