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第15話

「「元フィアンセ!?」」


「おいおい元フィアンセとはつれないな、テスタロッサ。ボクたちは今でも愛し合っているじゃないか」

ダンと呼ばれた男は大袈裟に両手を広げてみせた。


「バカ言わないで。あんたのことなんて一度も愛したことなんてないわ!」


「さあ、早く国に帰ってボクたちの式を上げようじゃないか。はっはっは」


「なんかよくわからんがテスタロッサちゃんはわしの娘になるんじゃ。お主は即刻この場から立ち去れ」


「そ、そうよ。あたしにはもう新しいフィアンセがいるんだからねっ」

と言って俺の腕に抱きつくテスタロッサ。


「な、なんだって、ま、まさかその男が?」


「そうよ、この人が今のフィアンセ。この国の王子のカズンよっ。わかったら帰って!」

よほどこの男のことが嫌なのかぎゅっと強く俺の腕を抱きしめてくる。


「き、きみ。テスタロッサの言っていることは本当なのか?」

俺に問いただしてくる。

「まあ、そうだけど」


「ふ、ふふっ。わかったよ。そっちがそのつもりなら……テスタロッサを賭けて決闘だ!」

ダンとやらが自分の着けていた皮の手袋を俺に投げつけてきた。


「おっと」

おれはそれを受け取る。


「決闘は明日の午後一時。場所はこの城の中庭でいいね」


「ちょっとダン、何言ってるのよ! そんなの認めないわよっ!」


「ではまた明日あらためて」

一方的に喋ると部屋を出ていってしまった。


「ちょっと待ってください」

俺たちはあっけにとられていたが、我に返ったエルメスがあとを追いかける。

そして部屋を出て廊下を見てエルメスは絶句した。


「っ!?」


「どうしたのじゃ? エルメスや」


俺たちもエルメスのところへ走る。

すると、


「何これ!?」

「何があったのじゃ」


廊下に衛兵たちが倒れていた。


一人無事だった大臣がよろよろと歩いてきて口を開く。


「あ、あの男が衛兵たちをみな剣の柄で一突きに……」


「よかった息はしています」

エルメスが一人の衛兵を抱き起こした。


「あ、あれここは……はっあの男は?」

衛兵が目を覚ます。

気絶していただけのようだ。


あとでわかったことだが驚くことに衛兵たちはみんな無傷だったそうだ。



「ダンはあんなんだけどあたしの国の騎士団長なのよ」

とテスタロッサ。

「あたしの両親があんたに乗り換える前のフィアンセだった男よ。ちなみに強さはうちの国最強よ」

テスタロッサは俺の方を向いて、

「だから決闘なんて受ける必要ないわ」

「でも俺は決闘の約束をしちゃったんだろ?」


他の世界ではどうか知らないが、この世界では手袋を投げてそれを受け取ると決闘の約束をしたことになるらしい。


「あんた話聞いてたの? ダンは本気よ。殺されちゃうかもしれないのよ!」

テスタロッサが語気強く俺にせまる。

あーそうか。こいつは俺が異世界から来たただのニートだと思っているわけだ。そういえば重力の違いについては話してなかったっけ。


「大丈夫さ。なんとかなるよ」

「はぁ……あんたって本当にバカなの?」

呆れ顔のテスタロッサ。


翌日。

ダンとの決闘の午後一時ちょっと前。


「おやめください、カズン様っ!」

「大丈夫だってば」


俺はミアに両手で服の袖を引っ張られていた。

「服が伸びちゃうから放せってミア」

「嫌です! 絶対に放しませんからね!」

ミアは俺が決闘に行くのを引き留めようとしている。

こんなセリフ、違うシチュエーションなら嬉しいのになぁ。


その時、


コンコン


ドアをノックする音とともに部屋の外から声がした。


「そろそろお時間です」

カルチェが迎えに来たようだ。

「わかった。今行くよ」


俺はミアの顔を見下ろし、


「これは男と男の約束なんだ。だから引くわけにはいかない。頼む」

「……」

ミアの手から力が抜けた。


「じゃあ行こうかカルチェ」

「はい」


中庭に行く途中の渡り廊下でカルチェが鎧を着させてくれた。

カルチェは剣を俺に手渡すと、


「……カズン王子様。本当にやるのですね?」

「ああ」

「ダンどのの強さは私の耳にも届いています。充分お気をつけて」

「わかった。ありがとうカルチェ」


中庭に出る廊下の前に行くとテスタロッサが立っていた。

「いくのね」

「ああ」

「……それって……あたしのため?」

「さあな」



城の中庭には城のメイドや兵士だけでなくダンの剣技をひと目見ようと野次馬も多く集まっていた。

メイドたちは心配そうに、兵士たちは緊張を抑えられない顔で俺をみつめている。

その人だかりの中央にダンは仁王立ちしていた。

昨日とはうってかわって剣と鎧を身に纏っている。


「待っていたよ、カズン王子。逃げずによく来たね」

「まぁな」

「昨日町できみの評判を聞いたよ。やはりテスタロッサにふさわしいのはボクのようだ」

「へーそうかい」

俺は町ではいまだにバカ王子扱いだからな。


「準備はいいかい。じゃあいくよ」

ダンがかまえる。


こいつはきっとこの世界でトップクラスに強いのだろう。

こいつは苦しい鍛錬にも耐えてきたのだろう。

だからこそ申し訳ない気持ちになる。

俺が一瞬で倒してしまうことに。


「はっ!」


ダンがフェンシングのように剣を前にして飛び込んできた。

鎧と鎧の隙間を狙うつもりだな。

俺はそれをいなし、力任せに剣を弾き飛ばした。

そしてダンの鎧と鎧の隙間を狙って剣の柄を突いた。


「ぐはっ!?」


膝から崩れ落ちるようにしてダンが倒れる。

「……」

一瞬の静寂の後、うおーっと大歓声が起こった。

「王子」コールが巻き起こる。


中庭に出る通路では呆然とするテスタロッサとカルチェがいた。

俺は二人をよそにダンにひざまずき、手を差し伸べた。


「大丈夫か?」

「うぐっ、ど、どうして剣の柄で? ボクはきみを殺す気でいたのに」

「あんたが昨日衛兵を傷つけなかったからさ」


ダンは俺の手を取り立ち上がった。

「きみは評判よりいい男だな」

「あんたもな」



「バカじゃないの! 強いなら強いって言っときなさいよ! 無駄に心配しちゃったじゃない!」

テスタロッサのもとに行くといきなり殴りかかってきた。

肩パンをくらう。


「こら、やめろって」


「カズン王子様がお強いのは先の模擬試合でわかってはいましたがまさかこれほどとは……」

アイドルと生で初めて会った少女のようにカルチェは俺をみつめていた。


そこへゆっくりとダンが歩いてきた。


「約束だ、ボクは潔く身を引くよ。さよならテスタロッサ」

「ダン……」

ダンがお腹を押さえながら去っていく。

もしかしてあいつが勝った方がよかったんじゃないかという思いが湧いてくる。


「あいつお前がそこまで嫌うほど悪い奴じゃないと思うぞ」

ダンの後姿をみつめるテスタロッサ。

「後悔してるんじゃないのか?」

「うっさいわね、殺すわよ」

そう言うテスタロッサの語気は弱々しかった。


「カズン様ー!」

ダンと入れ違いに駆けてくる一人の女性。ミアだ。

「はぁ、はぁ。カズン様、ご無事で何よりです」

息も絶え絶えミアは俺の無事を喜んでくれた。


「はぁ……でもいつのまにそんなに強くなってたんですか?」

「日頃から鍛えてたからね」

重力差のことは話せない。話せば異世界から来た偽物の王子だということもバレてしまうからな。


「まぁ、運も味方してくれたのかもな。それより風呂は入れる状態になっているかな?」

「はい、もちろん。いつでも入れます」

「じゃあちょっと汗を流してくるよ」


本当は汗なんてほとんどかいてないし疲れてもいないのだが、今はちょっとだけ一人になりたい気分だ。


俺は脱衣所で服を脱ぐと風呂場のドアに手をかけて……立ち止まった。

中から何か音がする。


「まさか……またエルメスの奴か?」

無断で俺の風呂場で怪しいことをしてるんじゃ……。

そういえば中庭でみかけなかったもんな。


俺はタオルで前を押さえておもむろにドアを開けた。


「おい、エルメスおま――」

「うわっと!? びっくりしたー。驚かさないでくれよカズン王子」


そこにいたのはダンだった。

お腹をさすりながら湯船につかっていた。


「あんた、帰ったんじゃなかったのか?」

「いや、そうしようと思ったんだけどね、バカ王子に騎士団長が負けたとあっては団員に合わせる顔がなくてね。あっいやバカ王子っていうのはボクの言葉じゃないよ。町のみんなが言ってたことさ」

「……へーそうかい」


「ついでにしばらくこの町で一から鍛えなおそうかと思ってね。だからよかったらまた手合わせしておくれよ。そしてボクが勝ったら今度こそテスタロッサはボクのもの。ははっなんてね」

潔く身を引くんじゃなかったのか。

「……もう好きにしろよ」


「おや、きみも風呂に入るところだったんだね。せっかくだから背中を流してあげようじゃないか」

湯船から上がってくるダン。

「いいよ。かまわないでくれ。俺はあとで一人でゆっくり入るから」

「まあそう言わずに」

あんまり裸で近付くなよな。


その時、


コンコン


と脱衣所のドアをノックする一人の人間が。

カルチェだった。

「カズン王子様、申し訳ありません。私、うっかりしてまして……鎧と剣を返していただいてもよろしいでしょうか」


「あーちょっと待った今はま――」

「失礼いたします」


俺の返事を待たずにカルチェはドアを開けた。


「カズン王子様きゃっ!?」

俺とダンが裸で絡んでいるところを目撃された。

これではまたカルチェに誤解される。


「お、お邪魔しました!」


カルチェは的外れなことを言って出ていってしまった。


「あれ、今のは誰かな? ねぇ誰だったんだい?」


さっきのはエルメス曰く間の悪い妹カルチェだよ。

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