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第13話

「はぁ~。極楽、極楽~」


やっぱり広い風呂は気持ちがいいな。

俺は早朝の筋トレを終えた後、プールのようなこの広い風呂に一人でつかっていた。

ここは俺が召喚されて初めてこの世界にやってきた場所だから多少の思い入れはある。


「初めてって言えば……」


初めて風呂に入ろうとした時は驚いたっけ。

なんせメイドが二人ついてきて俺の服を脱がそうとするんだもんな。

カズン王子の奴、一人で風呂にも入れなかったのかって侮蔑と嫉妬の念をおぼえたもんだ。


「ふぅ……そろそろあっちへ行くか」


あっちというのはサウナ室のことだ。

俺専用の風呂場にはサウナ室も水風呂もエアコンだって完備されている。


俺が湯船から出ようとすると脱衣所の方のドアのすりガラスに人影がうつった。


「ん、誰かいるのか?」

「……」

声をかけるも返事はない。


「ったく。なんだってんだ?」


俺はタオルで前を押さえながらドアに近付きおもむろに開けた。

すると、

「きゃっ!? 何よびっくりしたわねも~」

そこにいたのはエルメスだった。


「っと、エルメスっ!? 何やってんだよこんなところで。っていうか返事くらいしろよ」

「返事ってなんですか、何も聞こえませんでしたよ。私はあなたがいることも知らなかったんですから」


風呂場が広いから声が散って届かなかったのか。

広い風呂ってのも考えものだな。


「エルメス、なんでこんなところにいるんだよ。ここは俺専用の風呂じゃなかったのか?」

「用があるからに決まっているじゃないですか。じゃなければわざわざお風呂場なんて来ませんよ」


そう答えながらちらちらと俺の体を盗み見るエルメス。


「それにしても無駄にいい体ですね」


「おい、あんまりじろじろ見るなよ」


俺はタオルを押さえる手に力が入る。


「ちょっ、勘違いしないでください。誰もあなたの貧相なものなんて見たくないですからね」


エルメスは渋い顔をする。

貧相って。


「私は召喚魔術のためにここへ来たんです」

「どういうことだ?」

「この場所は召喚魔術をするのに相性がものすごくいいんですよ。だからカズン王子がいないときにちょくちょく使わせてもらってたんです」

「なのにまさかこんな朝早くからあなたがいるなんて……」とぶつぶつ文句を言っているエルメス。


「召喚するって何をだ?」

「魔獣です」

「魔獣だって?」

「ええ、この世界では魔獣をペットにするのが流行っているんですよ。と言っても王族とか貴族とかの上流階級でだけですけどね」


両手のひらを上に向けて顔を横に振るエルメス。

「正直、私にはどこがいいのかさっぱりわかりませんけど、この間もテスタロッサ様から頼まれたんですよ。そういえばカズン王子も飼っていましたよ魔獣。城を出ていくときに一緒に連れていったみたいですけどね」

「へー、そうなのか」

金持ちの趣味はわからない。


「そうだ、せっかくだからあなたにも一匹召喚してあげましょうか?」

「え、魔獣だろ。いいよ俺は」

魔獣っていうものがどんなものかいまいちわからないが言葉の響きからしてなんとなく怖そうだ。

「あら、そうですか。残念」

特に残念そうな顔をしていないエルメスが言う。


「そんなことよりさっさと出ていってくれませんか、召喚魔術の邪魔です」

「俺はまだ風呂の途中だったんだよ」

「いいから早く、ほらほらっ」

エルメスが俺の腕を引っ張って風呂場から出そうとする。


「こら、わかったから引っ張るなって」


とそこへ。


「あ、エルメス様……とカズン様っ!?」


ミアがタオルを持って現れた。


「あらミア。朝から仕事ご苦労様」

「え、カズン様とエルメス様どうして二人でお風呂場から? しかもカズン様裸で……」

ミアが持っていたタオルを落とす。

俺は風呂に入っていたんだから裸なのは当然なのだが。


「あー、ないない。あなたが考えているようないやらしいことは全然ないから」

「わ、わたし別にそんなこと考えていませんっ」

赤面するミア。


「あらっ、それよりそのイヤリング? 可愛いわね、似合ってるわ。ちょっと見せて。どこで買ったの?」

エルメスがミアの耳に触れる。

「え、あ、あのこれは、実は……」

上目づかいで俺を見るミア。


「えっ……もしかしてカズン王子からもらったの? ふ~ん、あなたもやるじゃない」

俺の耳元でからかうように「ふふっ」っと笑うエルメス。

癇に障る笑い方だな。


だがたしかにエルメスの言う通り、俺が昨日プレゼントした星型のイヤリングはミアにとてもよく似合っていた。


「あ、カズン様。これ、ありがとうございます。早速つけてきちゃいました」

「うん。よく似合ってる」

「あら~、もしかして邪魔者は私かしら?」

ミアと俺の間に顔を入れるエルメス。


「そ、そんなことないですっ。わ、わたしこれで失礼しますっ」

落としたタオルをかごに入れるとミアは脱衣所から小走りで出て行ってしまった。


「さっきのエメラルドですよね。高かったんじゃないですか?」

「さぁな。でも俺には金は必要ないからな」

「ふーん……さあ、あなたも邪魔ですよ。さっさと着替えて出てってください」

「いや、せっかくだから魔獣を召喚するところを見てみたいんだが」

魔獣そのものにもちょっと興味があるし。


「いいですけど、その前にまず服着てください」


俺はいつも通りこれぞ王族という感じの王子の服に着替えると風呂場に戻った。

するとエルメスが風呂のお湯に粉のようなもので魔法陣を描いていた。


「それは何をしてるんだ?」

「静かに!」


そして目を閉じ念じ始めた。


俺は黙ってエルメスをみつめる。


「異世界の魔獣よ、今この世界に顕現せよ!」


その瞬間、風呂のお湯が波立ち魔法陣がピンク色に光りだした。

ピンク色の光が部屋中を照らす。


「うっまぶしっ」


ボフン!


お湯の中から大きな泡が爆発してあたりが湯煙に包まれる。

すると、


「キュイイィッ」


変な鳴き声が聞こえた。


湯煙が充満していて前がよく見えないが、何かがいる。


「キュイイィッ」


次第に湯煙がはれていく。


鳴き声の主が姿を現した。


「……へ? これが魔獣?」


俺の目の前にはまるでカピバラに羽が生えたような生き物が宙にふわふわ浮かんでいた。


「やった成功したわっ!」


エルメスがガッツポーズをしているからこいつが魔獣で間違いないらしい。

ちょっとだけビビってたのがあほらしい。

このちっこいまぬけそうな奴が魔獣だったなんて。


「キュイイィッ!」

「うわっなんだこいつ!?」


急に魔獣が俺に向かって体当たりしてきた。


「おい、こらやめろって」

「あなたもしかして変なこと考えたんじゃないの? 魔獣はねぇ、人の心が読めるのよ」

エルメスが冷静に言う。


「なんだよそれ、わっこら、わかったって、謝るから離れろってばっ」

何度も体当たりをしてくる魔獣。


「さあ、失礼な人は放っておいてこっちに来なさい」

俺から魔獣をひきはがすエルメス。

「……はぁ、助かった」


魔獣を抱きかかえたエルメスが、


「これでテスタロッサ様もお喜びになるわっ」


と浮かれる。


「そいつテスタロッサにやるのか?」

こんな不細工なのあいつが喜ぶかな。


「うわっこらっまたっ」

「あーあ、あなたまたバカなこと考えましたね、も~」


風呂場での俺と魔獣の追いかけっこはしばらく続いた。

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