「どうして、あれだけ殴られたのに怪我一つしてないなんて……」
ここはミアの実家。ソファに腰を落ち着けている。
「だから言っただろ。平気だって」
「でも、でも……」
「きっと手加減してくれてたんだよあいつら。そんなに悪い奴らじゃなかったのかもな」
「あんた本当に平気なのかい? 医者は呼ばなくていいのかい?」
ミアの母親が救急箱を持ったまま立っている。
「はい、大丈夫です。お騒がせしました。こんな形で突然押しかけてすみませんでした」
「それはいいけどねぇ、これが必要ないならよかったよ」
ミアの母親が優しく微笑む。
「ほんとに大丈夫なんですか?」
ミアが俺の体を隅々まで調べながら訊いてくる。心配性だなぁ。
「ああ。それより敬語になってるぞ。俺はミアの友達っていう設定なんだろ」
俺は小声で注意する。
ミアは実家に入ってすぐ「友達が大怪我したの! 救急箱持ってきて、あとお医者さんに連絡も!」と母親に告げていたからな。
「あ、すみ……ごめん、ね」
ミアもとりあえず落ち着いたようだしなによりだ。
俺は家の中をぐるりと見回した。
これが一般的な家庭なんだろうか、もといた世界となんら遜色がない。
パソコンやテレビなどの機器は見当たらないがそれはこの世界にないのかそれともこの家にないだけなのかわからない。
「汚い家でごめんね~」
「いえ、そんなことないです」
家の中を見回したりして無作法だったな。
「ミアがいきなり帰ってきたと思ったら大声で叫ぶんだもの、お母さんびっくりしたわよ」
「ごめんね、お母さん」
「しかも男性の友達を連れてくるなんて、ミアは初めてよね」
「そんなこと言わなくてもいいでしょ、も~」
「何恥ずかしがってるのよ、この子ったら……」
ミアが顔を赤くしながら母親と談笑している姿は微笑ましい。
いつもはメイド姿でしっかりしているところしか見てないからこうしていると普通の女の子のようだ。
まあ、実際普通の女の子なんだけど。
「ユウキくんだっけ、お夕飯食べていくでしょ」
ミアの母親がエプロンを外しながら言う。
「あ、いえ、俺はそろそろお邪魔します」
「遠慮なんかしなくていいのよ。いつもはあたし一人なんだから、こんな時くらいおばさんに付き合ってよ」
「お母さん、ユウキくんも用事があるみたいだから引き留めちゃ悪いよ」
「そうなの? ごはんはみんなで食べた方がおいしいのに」
ミアの母親はつまらなそうに口をとがらせた。
ちょっと子どもっぽい感じの人だなぁ。
……。
「やっぱり、夕飯いただいていってもいいですか?」
「あら、ほんと? もちろんいいわよ。じゃお母さんちょっと買い物に行ってくるわね」
ぱあっと明るい表情になったミアの母親はそう言うと隣の部屋に入っていった。
「カズン様、いいんですか?」
耳元でささやくミア。
「ああ、俺も夕飯はいつも一人だから、ミアのお母さんの気持ちわかるよ」
「そうですか。あ、ありがとうございます。カズン様」
「ユウキくんちょっといい?」
隣の部屋から顔を覗かせるミアの母親。
「はい?」
俺はソファから立ち上がり近付いていく。
するとミアの母親が、
「あの子のこと、これからもお願いね」
とミアには聞こえないくらいの声で言った。
それから「じゃ、行ってくるわね」とエプロンを置いて部屋に戻ってきたミアの母親が家を出ていって数十分後、俺とミアはこの世界のボードゲームで遊んでいた。
「あ、一回休みですよカズン様。あー、これだとまたわたしが勝っちゃいますね」
「まいったな。ミアはこのゲームやり慣れてるからやっぱり強いな」
「カズン様が弱いんですよ~」
ミアが笑う。
ミアが俺にこんな顔見せるの初めてだな。
「ほらわたしの勝ちです。あははっ」
「ただいまー……って何がそんなにおかしいのミア?」
ミアの母親がパンパンに膨らんだ手提げバッグを持って帰ってきた。
「だってカ、ユウキくん弱いんだもん」
「へー楽しそうね。お夕飯の後お母さんも一緒にやるわ」
「じゃあわたしお夕飯の手伝いするわ」
立ち上がろうとするミアをミアの母親が止める。
「いいのよ。あんたはいつもあのバカ王子の料理を毎日作ってるんだから今日くらい休んでなさい」
「なっ、お母さんなんてことっ!」
「なーに、いきなり大声出して変な子ねぇ」
ミアの母親が台所に向かう。
いなくなったところでミアが、
「申し訳ありません。母の無礼をお許しくださいっ」
俺に向かって土下座をした。
「母も悪気があって言ったわけじゃないんです。だからどうか――」
「大丈夫。気にしてないよ、ミア。むしろ俺がどう思われてるか知れてよかったくらいだ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、だからほら、頭を上げて」
俺が手を差し伸べる。
「……カズン様、やっぱり変わりましたね」
「えっ!?」
入れ替わりがバレた!?
「そ、そ、そうか? 何か変か?」
「いいえ」
ミアが満面の笑みで答えた。
「わたし今のカズン様好きですよ」
……どうやらバレてはいないようだ。
「今日はありがとうございました。夕飯もすごくおいしかったです」
ミアの実家の玄関で俺はミアの母親に今日のお礼を言った。
「そう言ってもらえておばさんも嬉しいわ。ユウキくんまた来てね。今度は違うゲームでもして遊びましょ」
「はい」
「じゃあお母さんちょっとそこまで送ってくるね」
「は~い。ユウキくんまたね~」
手を振るミアの母親に別れを告げて俺はミアの実家をあとにした。
しばらく歩いて、
「ここまででいいよ」
「はい。ではまた明日お城で、カズン様」
「あっそうだ。忘れるところだった……ミア、手を出して」
俺はポケットに手を突っ込んでそこから取り出した物をミアの手の上に乗せる。
「カズン様……これは?」
ミアが不思議そうに俺を見上げる。
「プレゼントのイヤリングだよ。ミアはあまり自分のことにお金をかけていないみたいだからやろうと思って露店で買っておいたんだ」
「そんな、でも、こんな高そうな物いただけません」
「ん~、王子に逆らうのか」
冗談めかして言う。
「……ほ、本当にいいんですか?」
「ああ」
「ありがとうございます。今日のこと全てに感謝いたします、カズン様」
深くお辞儀をするミアを背に俺は帰路についた。