目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第11話

翌朝。


トントン


「ミアです。カズン様おはようございます。お迎えに上がりました」


いつもより少しだけテンションの高いミアが部屋を訪ねてきた。

今日はミアが一日だけ実家に帰る日。そしてそのついでに俺も城下町を案内してもらうことになっている。


「おはよう、ミア」

「きゃっ、えっ? カズン様ですか?」

ドアのところに立っていた俺の姿を見てミアが大きな目を丸くする。

「どう? 上手く変装できてるだろう」

俺は王子だとバレないように帽子をまぶかに被りサングラスもしていた。


「はい。一瞬、不審者さんかと思いました。あ、わたしサンドイッチを作ってきたので天気もいいですしどこか外で食べましょう」

ミアがサンドイッチの入ったバスケットを持ち上げてニコッと笑った。


「ありがとう、ミア。それと俺が王子だとバレると面倒だから今日は敬語禁止ね」

「えっそんな――」

「これは王子の命令だよ」

有無を言わさず認めさせた。



「カズンさ……あ、いえ、え~と、ユウキくん、町の雰囲気はどうで……どう?」

カズンと呼んでもバレる可能性があるので町の中ではユウキと呼んでもらうことにした。


「まだ朝早いってのに活気があっていい感じだ」

道のあちらこちらに露店も出ていてにぎわっている。

通行人が多いのがニートだった俺にとっては玉にキズだが。


今日は国王からせしめた金貨を五枚持ってきている。俺はポケットの中でそれを握りしめながら町の中を歩く。


「なぁ、ミア。ぶら下がり健康器具って知ってるか?」

「いえ、ああえーとごめんね。わか、わからない。ぶら……何?」

言葉に詰まりながらもタメ口で話そうと努力しているミア。いじらしい。


「いや、なんでもない」

町中を見て回るうちにそれらしいものがあったら買うことにしよう。


俺たちはミアの案内のもと城下町をぐるりと歩き回った。

途中小腹がすいたのでアイスクリームのようなものを買って食べた。

俺がおごろうとするとミアはそれを断ったが、俺は強引に買いすすめた。


「おいしいな、これ」

「うん。わたし初めて食べた」

「この町の生まれなのに初めてなのか」

「わたしお給金は仕送りしてて、自分では無駄遣いしないようにしているから」

異世界で食べ歩き。もといた世界でも久しくやっていなかったことだ。


俺は一つの露店に目が留まった。

「ちょっと待ってて」

ミアを残し走って近付く。

商品を指差し露店商のおばさんに声をかける。


「これください」

「はい、いらっしゃい。お客さんお目が高いねぇ。でもこれはちょっと値が張るよ。お客さん大丈夫かい?」

「こいつで足りるか?」

俺はポケットから一枚の金貨を取り出して差し出した。


「うぉっと、お客さんそれ金貨じゃないかっ!? いくら値が張ると言ってもそんな高くないさね」

露店商のおばさんが腰を抜かす。

そういえばさっきのアイスクリーム屋でも驚かれたな。

この世界の通貨の価値がいまいちわからん。あとでエルメスに聞いておくか。

俺はアイスクリーム屋でもらったお釣りの中から銀貨を取り出してみせた。

「はいよたしかに。これ包むかい?」

「いや、そのままでいいよ。ありがとう」



「ユウキくん、どうしたの?」

ミアのもとに小走りで戻るとミアが見上げてくる。


「ああ、ちょっとね」

俺は何事もなかったかのように振る舞う。

「それよりお腹すかないか?」

「え? アイスクリーム食べたばかりなのに?」

「あ、ああ、うん。俺代謝がいいからさ」


ミアは指を口元にあて少し考えこむ様子を見せ、

「う~ん。じゃあ、この先を行ったところに公園があるからそこでお昼にしようか」

「ああ、そうしよう」

俺は露店商のおばさんから受け取った物をポケットの奥にそっとしまいこんだ。


しばらく歩くと広い公園が見えてきた。

公園に着いた俺たちはベンチを探すがどこも空いてなかったので、

「シートも持ってきたから芝生で食べよっ」

ミアがシートをカバンから取り出した。


「俺がやるよ。貸して」


広げたシートの上に靴を脱いで並んで座る俺とミア。


「ユウキくんの口に合うといいけど」

とミアがサンドイッチの入ったバスケットを開ける。


「合うに決まってるさ」

いつも俺の料理を作ってくれているのはミアなんだからな。


「あ、ありがと。あ、好きなの選んで食べてね」

「ああ。じゃあいただきます」


俺はトマトレタスサンドを手に取るとほうばった。

一口かじるとトマトのジューシーな甘みとレタスのシャキシャキ感がマッチして最高だ。

「うん、おいしいよ。ミア」

「えへへそうですか。ありがとうございます……あっ敬語使っちゃいました」

はにかむミア。


「じゃあわたしも」


そう言ってミアはタマゴサンドを口に運んだ。


う~ん。なんかこれデートっぽいな。


「あっユウキくん、ほっぺにトマトの赤いのついてるよ」


俺の頬についたトマトの欠片をつまんで食べるミア。


「あ、悪い」

「ううん、全然」


楽しい。なんか楽しいぞ。

今まで味わったことのない感覚が俺の脳内快感物質を分泌させている気がする。


俺が人生初のデートらしきものを堪能しているとそこへ、


「おうおう、見せつけてくれるじゃねぇか、お二人さんよぉ」

「オレたちも混ぜてくれよ」


いかにもなチンピラ二人組が絡んできた。

どこの世界にもこういう奴らはいるもんなんだな。


「ユウキくん、向こう行こうか?」


ミアがチンピラ二人を無視して立ち上がろうとする。


「おい、無視すんなよ」


坊主頭のチンピラがミアの腕を掴んでぐいっと引き寄せた。


「きゃっ」

「おっ可愛いねぇ、きゃっだってよ」


ケラケラ笑うモヒカン頭のチンピラ。

そんなチンピラたちの前に俺は立ちはだかった。


「っ。なんだてめぇ。男には用はねぇぞ、消えな」


「彼女から手を放せ」


俺はミアの腕を掴んでいる坊主頭のチンピラの腕を掴み返した。


「カズン様っ、私のことはいいから逃げてくださいっ!」


ミアが自分の状況はかえりみず声を張り上げた。

そうか、ミアは俺が弱いと思っているのか。


「誰か助けてくださいっ!」


周りに必死に助けを求めるミア。

だが、人は多くいるのだがなかなか動こうとする者は現れない。


「黙れっ」

「誰かあぐっんーんー」


坊主頭のチンピラがミアの口をもう片方の手でおさえた。


さて、どうするか。

こいつらを倒すのは簡単だが、俺のことをよく知るミアの前で力を見せるのはまずいかな。

テスタロッサの例もあるし、これ以上誰かにバレるのは困る。


「てめぇこそ手を放しぃいてててててっ!!」

考え事をしていて力加減を間違えたようだ。坊主頭のチンピラが悲鳴を上げる。


「きゃっ」


ミアが自由になる。

俺も腕を放してやった。

坊主頭のチンピラが腕をおさえながら俺を睨みつける。


「てめぇ。ぜってぇ許さねぇ」

「オレたちを怒らせやがったな」


モヒカン頭が腕を振り回す。

俺はミアを背中に隠した。


「彼女に手は出させない」


「もう女に用はねぇよ。今はてめぇだ!」


坊主頭のチンピラが声を荒らげ俺の顔めがけて殴りかかってきた。


遅い。誇張なしにパンチが止まって見える。

避けるのはわけないがミアの手前だ。くらってやるか。


ゴッ


ちょっと不安だったが、蚊が止まったくらいの感触だった。

全然痛くないや。


「カズン様っ!」

「大丈夫だから。俺の後ろに隠れてて」


俺はチンピラ二人を睨み返した。


「何かっこつけてやがんだ!」


モヒカン頭のチンピラが俺の腹を蹴り上げた。

だがやはり全然効かない。


「くそっ!」


俺の目の奥の怒りに一瞬ひるんだが、なおも殴る蹴るを繰り返すチンピラ二人。


「カズン様っもうお逃げください! 誰か、誰か助けてっ!」


俺の背中が陰になっているからミアには俺の状態がよく見えていない。

俺はケロッとした顔で不敵な笑みを浮かべてみせた。


「どうなってやがるんだこいつっ!?」

「くたばれっ! このっ!」


そうこうしているうち、


「何してるんだやめないかっ!」

「そうだそうだ」

「警備隊呼んだからなっ、すぐ来るぞ!」


周りで見ていた人たちが集まってきた。


「お、おい、もう行こうぜ」

「そ、そうだな。けっ、ふざけやがって」


その様子に気付いたチンピラ二人はぶつぶつと言いながら去っていった。


「カズン様、大丈夫ですかっ?」


前に回りこみ、心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでくるミア。

よほど必死なのか俺のことをカズン様と呼んでしまっている。


「平気平気」

「手当てしましょう。わたしの家すぐ近くですからっ」

「平気だって――」

「だめですっ!」


俺は焦るミアに連れられてミアの実家に行くことになってしまった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?