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第10話

ある日、城の中庭を散歩していると、


「よっカズン王子」


とフランクに話しかけてくる者がいた。

胸当てやひざ当てなどの軽装備をしている。こいつはたしか……。


「パネーナだったか?」


「おっ、カズン王子が俺の名前を憶えてくれているとは嬉しいぜ。やっぱあの噂は本当だったんだな」

この間沢山の兵士が見てる前でのしてしまったから気まずくなるかと思いきやパネーナが無邪気に笑う。

あまり過去のことを引きずらないタイプなのかもしれないな。


「噂って?」

いい噂だろうか。

「カズン王子が変わったって話さ。以前よりたくましくなって性格も温和になったってもっぱらの噂だぜ。実際カズン王子の強さは俺が身をもって実感してるし、今だってタメ口で話してるのに怒らないんだからな」

パネーナが俺の肩をばしばしたたく。


「おれ実のところあんたのことが嫌いだったんだ。だって夜伽とか言ってハーレム作ってたんだからな。同じ男なら嫉妬するってもんだろ。でもそれもやめたって聞いたぜ。だから今のあんたはおれは好きだぜ」

親指をぐっと上げるパネーナ。

うーん、ちょっと馴れ馴れしい奴だが憎めない奴でもあるな。


「ところであんたなんでそんなに強いんだ? 前はもっと貧弱そうだったよな」


「とにかく暇さえあれば筋トレしているからな」


「そうなのか。やっぱトレーニングは大事だよな」


「おいっ、何をさぼっている!」


パネーナと話し込んでいると背後から怒鳴り声がした。

声の主はカルチェだった。仮面だけは外して重装備に身を包んでいる。


「げっ、カルチェ兵士長!? 遠征に行ってたんじゃ――」

「今戻ったところだ。それより早く持ち場につけ!」

「は、はいっ。カズン王子またなっ」

パネーナはそう言うと走って行ってしまった。


「まったくあいつは……。部下が申し訳ありません、カズン王子様。敬語を使うよう指導しておきますので」

カルチェが頭を下げる。

「いや、あいつはあのままでいいよ」


俺がパネーナを見送る視線を何か勘違いしたらしくカルチェは、


「はっもしかして私お邪魔でしたか?」


ととんちんかんなことを訊いてきた。


「おい、誤解するなカルチェ。あいつとは全然そういうのじゃないからな」

「いや、しかし――」

「しかしじゃない。黙れ」

「は、はい。承知しました」

カルチェはちょっとだけしゅんとした。


少し強く言い過ぎたかな。

俺は場を和ませようと、

「カルチェ、もっと柔軟になれ。俺に対してもそんなに気を張らなくていいから」

と優しく諭す。


「は、はい。承知……わかりました。では失礼します」


カルチェは俺のそばを離れた。


「ふぅ。やれやれ」


こんな余計な気苦労をするのもエルメスが俺が男好きなんて変な嘘をカルチェについたせいだ。

まったく。

俺の苦労も知らないでエルメスの奴は今も城内の図書室で魔術書を読みふけっているに違いない。



「こんな時は気晴らしに……」


俺は自分の部屋に戻るとスクワットを始めた。

筋トレをしている時は何も考えずに済む。

昼過ぎから二時間くらいしていただろうか。


トントン


ミアが部屋にやってきた。

「失礼します、カズン様。お部屋のお掃除をしてもいいですか?」

「ああ、頼む。俺はここで筋トレしてるから邪魔だったら言ってくれ」

「はい。ではまずは寝室から始めますね」

そう言ってミアが寝室に入っていく。


ミアが寝室の掃除をしている間も俺は背筋を鍛えていた。


「ふぅ……自重トレーニングばかりだとさすがにかたよってくるな。なぁミア。この城にダンベルってあるか?」

「はい、それなら兵士の詰め所の隣の部屋がトレーニングルームですよ。行くのなら案内しましょうか?」

寝室からミアが顔を覗かせ答える。


「いや、一人で大丈夫。ミアは掃除しててくれ」

「わかりました」



「兵士詰め所の隣、兵士詰め所の隣っと」

俺はトレーニングルームを探して城内を歩いていた。


「どうも、王子様~」

「元気ですか? カズン王子」

「王子、今度手合わせお願いしますよ」


すれ違うメイドや兵士の俺に対する態度は俺がこの世界に来た時とは確実に変わってきている。

いい兆候だ。


「ここか」


俺はトレーニングルームに入ったところで絶句した。

たしかにダンベルは置いてあるが……兵士が沢山いる。人口密度が多い。

コミュ障の俺としては出来れば筋トレは一人で黙々とやりたい。


「王子様トレーニングですか?」

「一緒に鍛錬しましょうよ」

「いい体してますね、王子」


部屋の中を進んでいくと周りの兵士から声をかけられる。

まいったな。フランクな関係は大歓迎だが、筋トレはやっぱり自分の部屋でやるにかぎるな。


「ここの責任者はいるか?」


「はいよ、あっしでさあ」


ひときわでかい体をした男がのっそのっそと歩いてきた。


「どうしやした王子様」


「ダンベルを二つほど借りていきたいんだがどうだろうか」


「かまいやしやせんよ。二つと言わず三つでも四つでも」


「ありがとう」


俺は三十キロのダンベルを持ち上げようとして後ろに倒れそうになった。

なんだ!? 軽い。とても三十キロとは思えない軽さだ。

そうか! この世界の重力は俺がいた世界の重力の十分の一だったことを忘れていた。


はぁ、こんなダンベルじゃ役に立たないな。


「また来るよ」とだけ言って俺はトレーニングルームを出た。



「あ、おかえりなさい。ずいぶん早かったですね」

自分の部屋に戻るとミアが掃除をしながら出迎えてくれた。


「まあね」

事情は話せないから一言だけ答えた。


「もうすぐ終わりますから」

「いいよ、急がなくても」

俺はミアの掃除する姿をただなんとなく眺めていた。


今気付いたことだが、前髪で隠れてよく見えないがミアは整った顔立ちをしている。

「ミアって住み込みだっけ?」

「はい、そうですよ。お城に住まわせてもらっています」

「実家は城下町にあるの? ちゃんと帰れてる?」

「え~とそうですね、一年くらい帰ってないですね」

ミアが雑巾を絞りながら返事をする。


「じゃあ明日は実家に帰るといいよ。暇をやるからさ」

「えっ、わたし何か粗相でもしましたか?」

ミアが捨てられた子猫のような目で見上げてくる。


「いや、そうじゃなくて。ただの休日だよ」

「そ、そうですか」

ほっとした様子のミア。


「でもいいんですか急に休みなんていただいて」

「かまわないよ。ただその代わりと言ってはなんだけど明日ちょっとだけ城下町の案内をしてくれないかな? 自分が住んでる城の城下町の様子を把握しときたくってさ」

「それはいいお考えですけど、でも――」


「大丈夫。変装していくから」

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