服を着た俺は昼ご飯を済ますと海に向かっていく。
そしてそこで「アイスエイジっ!」と叫んだ。
すると高波が一瞬で凍りつきぴたっと止まる。
だが数秒後、新たな波が押し寄せてきて凍っていた波が音を立てて崩れていった。
それを見て、
「ふん、まだ完全に使いこなしてはいないけどとりあえずは及第点ってとこかしらね」
ゲルニカが口にする。
「クロクロさん、よかったですね。ゲルニカさんが褒めてくれましたよ」
ローレライさんも続いて言った。
「別に褒めてはいないわよ、まあ、思ってたよりずっと早く覚えてくれたから助かったけど。じゃあそろそろ行きましょ」
「はい。この近くに町や村があるといいですね」
ゲルニカとローレライさんが歩き始める。
俺も二人についていく。
二時間ほど歩いていると民家が見えてきた。
だが町や村ではなく平原にぽつんとそれは一軒だけあった。
「ねえ、クロクロ。ちょっとあそこでこの辺に町がないか訊いてきてくれる?」
とゲルニカ。
「俺が行くのか?」
「あたし歩きくたびれちゃったのよ」
それは俺も同じなのだが。
「あ、私行きましょうかっ」
「偉いわね、ローレライは。それに引き換えクロクロは、魔法を教えてやったあたしに感謝の欠片もないんだからっ」
「わかったよ、行きゃあいんだろ」
「早くしてね~」
ゲルニカは大きな岩にどかっと腰を下ろした。
魔法を教えてもらった恩があるから仕方ない、ここは下手に出てやる。
俺はローレライさんとともに民家に足を運んだ。
そしてドアの外から声をかける。
「すみませーん、どなたかいらっしゃいますかーっ?」
すると、
「はい、なぁに~?」
可愛らしい声が返ってきた。
その後にドアが内側から開かれ中からカレンと同い年くらいの小太りな少年が顔を出す。
「お兄さんとお姉さん、だれ~?」
俺とローレライさんを見上げて少年が訊いてきた。
「俺はクロクロだよ、こんにちは」
「初めまして。私はローレライといいます」
子ども相手にも丁寧に答えるローレライさん。
「ぼくはガンムっていうんだっ。お兄さんたちは何しに来たの?」
「えっと、家にお父さんかお母さんいるかな?」
「ううん、ぼく一人~」
ふるふると首を横に振る少年。
さらさらとした髪の毛と同時に顔の肉も揺れる。
「お父さんとお母さんお仕事行ってる」
「そうなのか。じゃあこの辺りに町とか村とかってあるかな?」
「う~ん……」
少年は首をひねって頭を悩ませている。
難しい質問だったかなぁと諦めかけた次の瞬間、
「……あっそうだ、港ならあるよっ」
と少年は声を大にした。
「港ですか?」
「うんっ。そこから船が出てるんだっ」
少年はローレライさんの問いに元気よく返す。
「船が出てるのか……だったら町もあるかもな」
「その港というのはどこにあるのですか?」
腰をかがめて少年と同じ目線になるローレライさん。
「うんとね~、ここをまーっすぐ行って……行ったとこっ」
「そうですか。ありがとうございます、ガンムさん」
「いひひっ」
ガンムさんと呼ばれたことにむずがゆくなったのか少年は変な声で笑った。
俺たちは少年にお礼を言い別れを告げるとゲルニカのもとへと戻る。
「おーい、ゲルニカ。この先に港町があるかもしれないぞ」
「ほんとっ? わかったわ、じゃあさっさと行きましょ」
大きな岩からぴょんと跳び下りるとゲルニカは一人で勝手に歩き出した。
疲れてたんじゃなかったのか?
こうして俺たちは船が出てるという港町へと歩を進めるのだった。
ガンム少年の言葉を疑うわけではないが、歩けども歩けども一向に港らしい港など見えてはこない。
辺りは薄暗くなってきていて次第にゲルニカがイライラし出す。
「ねえ、その子どもが言ってたことほんとなんでしょうねっ? 嘘つかれたんじゃないのっ?」
「そんなことはないと思うけどな……」
と言いつつも確信は持てない。
だがローレライさんは、
「大丈夫です。ガンムさんがこの先に港があると言っていたのですから信じましょう」
少年の言葉を信じて先頭を歩き続ける。
「これだから子どもって嫌いなのよね」
ゲルニカの愚痴を聞きつつ今日は野宿になるのかなぁなどと思っていたところ、
「あっ、船がありますよっ」
ローレライさんが前方を指差しながら言った。
その方向を見ると、たしかに大きな船が停泊している。
そして町というにはいささか規模が小さいものの建物もいくつか見えた。
「やったわ、子どももたまには役に立つわねっ」
態度をコロっと変えるとゲルニカは港に向かって走り出す。
「待ってくださいよ、ゲルニカさんっ」
ローレライさんも港がみつかって嬉しかったのかゲルニカのあとを追って駆けていく。
「二人とも元気だな」
俺はそんな二人の後ろ姿を眺めながら港へと足を運んだ。
「はぁっ? なんでよっ。なんで駄目なわけっ!」
「だからわかんねぇ嬢ちゃんだなぁ」
「ゲルニカさん、とりあえず落ち着いてください」
港に着くとゲルニカとローレライさんの姿が見えた。
何やら船員らしきあごひげを生やした男性とゲルニカが揉めているようだが。
「何してるんですか? ローレライさん」
「あ、クロクロさんっ。よかった、ゲルニカさんを止めてください」
「はあ……おい、ゲルニカ。よくわからないけどどうせお前が悪いんだろ。一旦落ち着け」
「ちょっと、放しなさいよクロクロっ」
俺は男性からゲルニカを引きはがすと二人の間に割って入る。
「おお、なんだ兄ちゃん。この嬢ちゃんの知り合いか?」
「ええ、まあ」
恥ずかしながらその通りだ。
「助かったぜ、この嬢ちゃん全然おれの話を聞かねぇんだからよ」
「お察しします。すいませんでした」
「謝ることないわよ、クロクロ。こいつってば船員のくせに船は出せないって言うんだからっ」
明らかに俺より年上の男性に向かってこいつって言うな。
「ゲルニカ、何が言いたいんだ?」
「あの、クロクロさん。よければ私が説明します」
ローレライさんがすごすごと口を開いた。
「お願いします」
「港に着いてすぐゲルニカさんは船に乗りたいと言い出しまして、こちらの男性に話しかけたのです。しかしこちらの方は今は船を出せないとおっしゃられたので、なんで目の前にあるのに出せないのかとゲルニカさんが激昂されまして……」
「だって当然でしょっ、船員の仕事は船を動かすことでしょうがっ」
「だから今は出せねぇんだって。おれのせいじゃねぇ」
男性は辟易した様子でゲルニカに向き直る。
「ゲルニカ、もうすぐ夜になるから船は出せないんだろ、きっと。とりあえず今日はこの辺りの宿屋に泊まって明日またここに来ればいいだろ」
俺は至極真っ当なことを言って場を収めたつもりだったが、
「そういう問題じゃねぇんだ、兄ちゃん」
男性がそれに待ったをかける。
「え、どういうことですか?」
「夜になるからとかじゃなくて船はもう出せねぇんだよ」
「え、なぜですか?」
すると男性はこう言った。
「海におっそろしい魔物が出るんだ」
「おそろしい魔物、ですか?」
「ああ、そうだ」
俺の言葉にうなずく船員の男性。
「馬鹿でけぇ魔物でよ、その魔物におれらの船は何隻も沈められちまったんだ。だから悪いが船は出せねぇんだよ」
「はあ……」
「なぁんだ、そんなことなのっ」
とゲルニカが口を挟んでくる。
「それならそうと早く言いなさいよねっ。そんな魔物あたしたちがちゃちゃっとやっつけてやるわよっ」
「馬鹿言うでねぇ。あんなおそろしく強い魔物、嬢ちゃんたちに倒せるわけねぇべ」
「ふふん。おじさん、あたしたちをみくびってもらっちゃ困るわ。あたしたちは大邪神直属の部下っていう魔物だって倒したんだからねっ」
「だいじゃしんちょくぞく? な、なんだそりゃ……」
船員の男性は頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。
だがそんなことはお構いなしでゲルニカは畳みかける。
「とにかくその馬鹿でかい魔物って奴をあたしたちが倒したら船は出せるんでしょ。だったら話は簡単だわ、今すぐその魔物のところに案内してちょうだいっ」
「あ、あんなぁ、おらの話全然聞いてねぇ嬢ちゃんだな。倒せるわけねぇって、死んじまうぞ」
「話を聞いてないのはそっちの方でしょ。あたしたちは強いから任せなさいって言ってるのよっ」
船員の男性はゲルニカでは話が通じないと思ったのか俺に顔を向けてきた。
「兄ちゃんからも諦めるよう言ってやってくれ」
「あの、すみません、その魔物ってどれくらい強いんですか?」
「どれくらいって大型船を破壊しちまうくらいだからなぁ……今冒険者ギルドとやらに頼んでAランクの冒険者を探してもらってるところだ」
Aランクの冒険者への依頼案件か……。
となると俺たちでなんとかなりそうだな。
「あの、こいつの言うように魔物退治は俺たちに任せてもらえませんか?」
「え、なんだって?」
「大丈夫です。俺Aランクの冒険者に勝ったこともありますから」
「本当か? う~ん、だがそう言われてもなぁ……」
渋る男性にローレライさんも口を出す。
「本当です。このクロクロさんはSランクの冒険者に匹敵する、いえ、それ以上の実力を持っています」
さらにゲルニカも続けて、
「ただで倒してやるって言ってるんだから何を迷うことがあるって言うのよっ」
男性に詰め寄った。
男性は「う~ん……」とうなりながら俺たちの顔を見比べていく。
そして観念したのか、
「わかっただ。好きなようにすりゃあええ」
首を縦に振った。
「まったく、最初からそう言えばいいのよ」
「それで魔物はどこにいるんですか?」
俺が訊くと、
「おらの小舟を貸してやるからそれで沖合に出てみな。ちょっと行けばでかい魔物が海から姿を現すからすぐわかるだよ」
男性は海に浮かぶ小さな船を見下ろし言う。
「ありがとうございます。じゃあ今すぐ行こうか?」
「あったり前でしょっ」
「はい、わかりました」
こうして俺たちは男性の小舟に乗り込むと、「死んでも知らねぇからなっ」と声を上げる男性をよそに沖へと向かっていくのだった。