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第37話

「まずはローレライから教えるからクロクロはそこら辺で適当に瞑想でもしててくれるっ」

 ゲルニカは地面を指差し俺にそう指示を出すとローレライさんと向かい合った。

 俺は言われた通り地面にしゃがむとあぐらをかいて目を閉じ瞑想の態勢に入る。

「ヒールは利他的な心が重要なのよ、だからね……」

「はい……はい……」

 ゲルニカとローレライさんの声が耳に入ってくる。

 つい目を開けて盗み見ると二人は何やら組体操のようなポーズを取っていた。

 何をしているのだろう……?

「あっ、ちょっとクロクロっ。あんたはちゃんと瞑想してなさいって言ったでしょっ」

「あ、悪いっ……」

「まったく。さ、ローレライ続けましょ」

「はい」

 ゲルニカとローレライさんが何をしているのかは気になるが、俺は再度目を閉じ一人自分の世界へと入っていく。

 そよぐ風。

 波の音。

 小鳥の鳴き声。

 ……いつの間にか二人の話し声は耳に入ってこなくなっていた。


「……さん、クロクロさん」

「クロクロっ、起きなさいってば!」

「痛っ!?」

 ぱちんと頬を叩かれた俺はとっさに目を開ける。

「な、なんだよっ?」

「なんだよじゃないわよっ。瞑想してなさいって言ったのになんで寝てるのよっ」

「え……俺、寝てた?」

「はい、すやすやと気持ちよさそうに寝ていましたよ」

 にこにことした顔を寄せてくるローレライさん。

 ローレライさんはもう半裸状態ではなくいつもの緑色の装束を身に纏っている。

「あー、すみません。なんか目をつぶってたら自分でも気がつかないうちに……」

「ふふっ、今日はいい天気ですものね」

 ローレライさんはそう言って微笑む。

 どことなく機嫌がよさそうに見える。

「ローレライさん、もしかして回復魔法使えるようになったんですか?」

「はいっ」

 嬉しそうにうなずくローレライさん。

 笑顔がまぶしいのは日の光のせいだけではないだろう。

「どれくらい時間かかったんですか?」

 というか俺はどれくらい寝ていたんだ?

「二時間くらいだと思います。私これまでどんなに練習してもヒールを使うことが出来なかったのに、ゲルニカさんのおかげでたった二時間でハイヒールまで使えるようになったのです。本当にすごいです、ゲルニカさん」

「まあ、それほどでもあるけど~」

 ゲルニカは謙遜などせずに笑ってみせる。

「あの、ローレライさん。ヒールとハイヒールって何が違うんですか?」

 俺は気になっていたことを訊いてみる。

「えーとですね、ヒールは回復量が少なく回復に時間もかかるのです。それに対してハイヒールは回復量が多く回復にあまり時間がかかりません」

「へー」

「ちょっとした怪我ならヒールで対応できますが大怪我だとヒールでは非効率的なのです」

「そうなんですね」

「ハイヒールの上にはさらにエクスヒールという回復魔法もあるのですがゲルニカさんはその魔法も使えるのですよ」

 ガロワ戦で怪我をした俺とローレライさんに対してゲルニカが使っていた回復魔法のことだな。

「でもやっぱりローレライはエルフね、魔法を覚えるのが人間に比べて圧倒的に早かったわ。これならエクスヒールもそのうち使えるようになるわよ絶対」

「ありがとうございます、ゲルニカさん。私これからも頑張ってもっといろいろな魔法を使えるようになりたいと思います」

「うん、頑張ってね~」

 軽い感じで返すゲルニカだがどこかしらゲルニカも嬉しそうだった。

「さてと、問題はあんたねクロクロっ」

「おう」

「多分あんたは二時間くらいじゃどうにもならないと思うから気合い入れていきなさいよねっ」

「お、おうっ」

 ローレライさんに続いて今度は俺の魔法の特訓の時間がやってきた。


「じゃあクロクロ、とりあえずあっち行きましょ。ローレライ、あたしたち海の方に行ってくるからあなたはここにいてちょうだいっ」

「わかりました」

 俺とゲルニカはローレライさんを置いて海辺まで歩く。

 そしてゲルニカは俺に海の中に入っていくように指示した。

「は? 俺が海に入るのか?」

「そう言ったでしょ。あんた耳悪いのっ?」

 聴力にいたって問題はないが訊き返したくもなる。

「びしょ濡れになるぞ」

「だから何っ!」

 鋭い目つきでそう言われてはもう従うしかない。

 俺はしぶしぶ海の中へ入っていった。

 腰のあたりまで海水に浸かっているのでズボンはびしょびしょだ。

「ほら、入ったぞっ。これからどうすりゃいいんだっ」

 波の音にかき消されないように俺は大声を後ろに飛ばす。

「両手を前に突き出してアイスエイジって唱えなさいっ」

「それだけかっ?」

「それだけよっ。いいから早くしなさいっ」

「わかったよっ」

 偉そうに命令するゲルニカだがそんなのは今に始まったことではない。

 それに今回は教える側と教えられる側でもある。

 俺はおとなしくゲルニカの言う通り両手を海に向け突き出した。

「アイスエイジっ!」

 だが何も起こらず波が俺に覆いかぶさってくる。

「ぷはっ……おーい、ゲルニカっ。何も起こらないぞっ」

「じゃあ何度も繰り返すのねっ。もし成功すれば波が一瞬で凍りつくはずだからっ」

「なあ、一回でいいから手本見せてくれよっ」

 俺は頼んでみるが、

「残念だけどそれは無理ねっ」

「なんでだよっ」

「だってあたし、アイスエイジ使えないもんっ」

 予想していなかった答えが返ってきた。

「はあっ? お前自分が使えない魔法を俺に教えようとしてるのかっ」

「そうよ、なんか文句あるっ」

「大アリだっ。お前、ちゃんと教えられるんだろうなっ」

「大丈夫よ、前に先生に見せてもらったことあるからっ」

 とゲルニカは腰に手を当て自信満々に言い放つ。

 先生?

 誰だよ、先生って。

「ほら、また高波が来たわよっ。いいからやりなさいっ」

「くそっ……アイスエイジっ!」

 俺は前に向き直り波に向かって唱えた。

 しかしやはり魔法は発動せず俺は波に飲み込まれてしまう。

「ぶはっ、ぷはっ……」

「あたしちょっとローレライのとこ行ってくるから、クロクロはここで頑張ってなさいよっ」

「あっ、おいっ……」

 ゲルニカはそう言い残すと俺の言葉に振り返ることもなく去っていってしまった。

 ……果たしてあいつを信じて平気なのだろうか?

 一抹の不安を抱きながらも俺はその後も襲い来る波に向かって、

「アイスエイジっ!」

 と叫び続けた。


 一時間ほど経ってもまったく成果が出ないことに嫌気が差した俺は、一旦海を出てゲルニカとローレライさんのもとに戻る。

 するとそこでは二人が仲良く昼ご飯を食べていた。

 俺を見たゲルニカが「あー、おかえり~」とのんきにおにぎりを頬張りながら言う。

「おかえり~じゃねぇよ。ゲルニカお前、何してるのかと思ってたらご飯なんか食べてたのかっ? 俺が一生懸命海の中で魔法の練習をしてたっていうのに」

「何よ、お腹すいたんだからご飯食べたっていいでしょっ」

「そういう時は俺も誘えよなっ」

「す、すみませんっ。私はクロクロさんにも声をかけた方がいいと言ったのですが、ゲルニカさんがクロクロさんの練習の邪魔をしては悪いからやめた方がいいと……」

 ローレライさんが持っていたパンを自分の膝の上に置くと申し訳なさそうな顔で俺を見上げた。

「あっ、ローレライったら自分だけいい子になろうとして卑怯よ」

「ベ、別にそんなつもりではっ……」

 焦るローレライさんを尻目に、

「それでクロクロ、あんた魔法は使えるようになったの?」

 ゲルニカは俺に訊いてくる。

「いや、まだだけど……」

「だと思ったわ」

 とゲルニカ。

 なんだその言い草は。

「クロクロさん、とりあえず休憩にしましょう。ねっ?」

「え、ええ、そうですね。そういえば俺もお腹減ってますし」

「ここ座ってください」

 ローレライさんがシートの上のバッグをどかして自分の隣にスペースを確保してくれた。

「あ、すみません」

 俺はローレライさんの隣に腰を下ろすと自分のバッグからニノの村で買っておいたパンと水を取り出す。

 それを口に運びつつ、

「ところでゲルニカ、アイスエイジを使うのになんかコツとかってないのか? 今のままただやみくもに唱えてても出来る気が全然しないんだけど」

 ゲルニカを見やる。

「う~ん、そうねぇ~……あっ、そういえば先生はイメージが大事だって言ってたわ」

「イメージ? っていうかまずその先生って誰だよ」

「先生は先生よっ。魔法学院の先生」

「魔法学院?」

「あんた、なんも知らないのね」

 呆れ顔でゲルニカが俺を見た。

「し、仕方ないだろ、記憶がないんだから」

 とっさに俺が言い訳をすると、

「魔法学院というのは人間の子どもたちが魔法を学ぶ学校のことですよ」

 ローレライさんが優しく解説してくれる。

「学校で魔法を教えるんですか?」

「普通の学校では教えないけどね、あたしが通ってた魔法学院では魔法は必須科目だったわ」

「ふ~ん、そうなのか」

 じゃあカレンが通うことになる学校とはまた別物なのかもな。

「それで、さっき言ったイメージってのはなんなんだ?」

 話がそれたのでゲルニカに訊ねる。

「先生が言ってたイメージってのは物が凍る瞬間とか物が凍る何かをイメージするといいって言ってたわね」

「いや、どういう意味だよそれ」

「さあね、あたしに訊かれてもわかんないわよ。あたし先生じゃないし」

 身も蓋もないことを言って俺の質問をかわす。

「氷をイメージしながら魔法の言葉を唱えてみたらどうでしょうか?」

 ローレライさんが口を開いた。

「氷ですか?」

「はい、一番物が凍るイメージをしやすいと思うのですが……」

「まあ、そうですね……」

 物が凍る、か……いっそのこと俺が生前ハマっていたロールプレイングゲームの氷結呪文をイメージした方がわかりやすいような気がするのだが。

 俺は思い立つと持っていた水筒を逆さにした。

 そして落下していく水を眺めつつ「アイスエイジっ!」と唱えてみた。

 するとその瞬間、流れ落ちていた水が瞬時に凍りついた。

「おおっ!?」

「わぁっ」

「へぇ~っ」

 だがすぐにパキンと砕けてまた水がこぼれ出る。

「で、出来たぞっ、一瞬だけだけど。ローレライさん、見ましたかっ?」

「はい、見ましたっ。すごいですよクロクロさんっ。ちゃんと水が凍ってましたよっ」

「ゲルニカも見たかっ?」

「見たわよ、うっさいわね」

「ど、どうやったのですか? もしかして私が言ったように氷をイメージしたとか……?」

 興味深そうに訊ねてくるローレライさん。

 本当はロールプレイングゲームの魔法の呪文をイメージしたのだが、そんなことを言ってもどうせ伝わらない。

 だったら、

「はい。ローレライさんのおかげです」

「わぁ、本当ですか? それはよかったです~」

 嘘も方便、ここはローレライさんのおかげということにしておこう。


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