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第33話

 目を開けるとどこかの部屋の天井が見えた。

「あっ、クロクロさん。目が覚めたのですねっ」

 ローレライさんの声が降ってくると同時にローレライさんの顔が視界に入ってくる。

「ローレライさん……ここはどこですか?」

「ニノの村の宿屋です」

「……ニノの村?」

「感謝しなさいよっ。あたしとローレライが気絶してるあんたをここまで運んできてやったんだからねっ」

 顔を横に向けるとゲルニカの姿もあった。

 ぶすっとした表情でこちらを見ている。

「心配したのですよ。クロクロさん、なかなか起きないので……」

「あ、すみません……」

 お腹に大きな傷を受けていたのにレベル五のブーストを使ったせいかもしれない。

 俺は気を失ってしまっていたようだった。

 そこで俺はハッとなりお腹をさする。

 するとお腹の傷は完全に塞がっていた。

「ゲルニカさんの回復魔法のおかげです」

「え?」

「私もクロクロさんもゲルニカさんのおかげで大事に至らなくて済みました」

「そうだったんですね……ゲルニカ、ありがとう。助かったよ」

「ふんっ」

 俺が顔を向けるとゲルニカは急にそっぽを向いた。

 さっきは感謝しろと言っていたくせによくわからない奴だ。

「ローレライさんもありがとうございました。俺がガロワって魔物にやられた時にすぐ駆けつけてくれて。それにここまで運んでくれたみたいで」

「いえ、私はたいしたことはしていませんから」

 ローレライさんはそう言って謙遜する。

 だがその顔はどこか嬉しそうだった。

「あ、でもここ宿屋なんですよね? お金大丈夫だったんですか?」

「問題ないわ。あんたの腰についてる袋の中から勝手に取ったから」

「す、すみません、勝手なことをしてしまって……」

「あー、いや、全然いいですよ」

 ゲルニカならそれくらいやるだろうと思っていたから驚きはしない。

 それより、

「俺だけがお金持っているのも不便なんで二人にもお金渡しておきますよ」

 なんとなく思っていたことを俺は申し出た。

「え、そ、そんな悪いですよっ」

「俺今、金貨十九枚持っているんでローレライさんとゲルニカに六枚ずつあげます」

 俺はローレライさんの言葉を無視して袋から金貨を取り出す。

「どういう風の吹き回しよ。あんたもしかして頭でも打った?」

 というゲルニカの言葉も無視して俺は金貨を六枚ずつ、ローレライさんとゲルニカに差し出した。

「う、受け取れませんっ」

 ローレライさんが言うのに対して、

「あとで返してくれって言っても返さないわよ」

 ゲルニカは俺の手から奪うように金貨を掴み取る。

「別に返せなんて言わないよ。それで旅支度を整えるなり好きな物を買ってくれ。はい、ローレライさんも受け取ってください」

「い、いえ、そういうわけにはいきません。そのお金はクロクロさんが稼いだお金ですから」

「今回の件のお礼だとでも思ってください。二人がいなかったら俺はこうして生きていなかったかもしれないんですからね」

「で、ですが……」

 意外と頑固なローレライさん。

 なので俺は半ば強引にローレライさんの手を引っ張るとその手の上に六枚の金貨を置いて握らせた。

「気にせずに自由に使ってください。その方が俺も気が楽なんで」

「ほ、本当ですか?」

「はい。ということでこの件は終了です」

 俺は無理矢理話を終わらせるとゲルニカに向き直る。

 ゲルニカは俺から受け取った金貨を服のポケットにしまっていた。

「なあ、ゲルニカ。これから俺たちはどうすればいいと思う?」

「ん、そうね~。あいつ、ガロワだっけ? たしか大邪神直属の部下っていう魔物があと五体いる、みたいなこと言ってたわよね。あれ? 七体だったかしら?」

「五体です。ちなみに先ほどのガロワという魔物が口にしていた竜王という魔物と竜魔王という魔物はクロクロさんが既に倒してしまっています」

「あ、そうなの?」

「はい。エルフの里を救ってくださった時に」

「ふーん、そうなんだ」

 あまり関心なさそうに言ってからゲルニカは人差し指を口元に当てる。

「じゃあ残りの五体の大邪神直属の部下って奴らを探して、そいつらから大邪神の居場所を訊き出すっていうのはどうっ?」

 いいことを思いついたとでも言わんばかりに声を弾ませるゲルニカ。

「でもさっきのガロワみたいに絶対に話そうとしないかもしれないぞ」

「そんなの拷問でも自白剤でも使って喋らせればいいのよっ」

「鬼か、お前」

 それではどっちが悪者かわからないじゃないか。

「で、でもゲルニカさんの言う通り大邪神直属の部下の魔物を探すのはアリだと思います」

 ローレライさんがゲルニカの案に一部賛同する。

「でしょでしょ」

「それらの魔物が別の魔物を創り出しているようですから、それらの魔物を退治するだけでもやる意義はあると思います」

「いいこと言うじゃんローレライっ。それにそいつらを全部倒しちゃえば大邪神の方から案外ひょこっと姿を現すかもしれないしね」

「まあ、そう言われればそうかもしれないが……う~ん」

 拷問だとかには反対だがゲルニカの言うことにも一理あるような気がする。

「わかった。じゃあ俺たちの当面の目的は残る五体の大邪神直属の部下の魔物とやらを探すってことでいいな?」

「もっちろん」

「はい、そうしましょう」

 そうと決まればこうしてはいられない。

 俺はベッドから飛び起きると背伸びを一つしてから、

「よし、行こうかっ」

 二人に元気よく声をかけた。


 ニノの村の宿屋を出た俺たちは村に唯一あった道具屋に立ち寄ると、そこで日持ちのする食糧や水などを買い揃える。

 そして海岸に沿って移動した先にある塔に、最近になって魔物が多く現れるようになったという村人からの情報を頼りに、そこへと向かうため俺たちはニノの村をあとにした。

「あ~、風がいい気持ち~」

「そうですね」

 海風がそよそよとゲルニカとローレライさんの髪を撫でていく。

 その様子をなんとはなしに眺めながら俺は二人の後ろをついて歩いていた。

 ゲルニカはニノの村で買ったリボンを自身の長い黒髪に結んでいて、歩くたびにそれがぴょこぴょこと横に揺れている。

 さらにやはりニノの村で買った踊り子の服というややセクシーな衣装に着替えたゲルニカは、よほどそれが気に入ったのか上機嫌で足取りも軽やかだった。

 俺の勝手な思い込みでゲルニカはおしゃれなんて気にしない性格だと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。

 一方のローレライさんはエルフ族に伝わる緑色の装束を身に纏っている。

 せっかく俺がお金をあげたのだから何か武器や防具を買えばいいものを「武器は植物から作れますし、防具は今着ている装束で問題ありませんから」とローレライさんは言ってほとんどお金を使わなかった。

 今は俺たち三人だけなのでローレライさんも気が緩んでいるのか海風でめくりあげられたフードを直そうとはしていない。

 そのおかげでいつもは見えないローレライさんのきれいな黄金色の髪があらわになっていた。

 とそんな時、

『ヌオオォォーン!』

 海辺の方から魔物の鳴き声がした。

 俺たちは一斉に声のした方を向く。

 するとそこにいた魔物を見ていち早く「ヌヴォーですっ」とローレライさんが声を上げた。

 ワニとイグアナをミックスしたような見た目のヌヴォーとやらは、俺たちと目が合うとそののっぺりとした鳴き声からは予想もしていなかった素早い動きで向かってきた。

「クロクロ、あんたの出番よっ」

「え、俺っ?」

「そうよ。あんた強いんだからあんたが倒しなさいよっ」

「まあ、いいけどさ」

 ゲルニカに言われるがまま俺は前に出るとヌヴォーの前に立ちふさがる。

『ヌオオォォーン!』

 ヌヴォーが口を大きく開けて襲いかかってきた。

 俺はそれを両手で受け止めると遠くに投げ飛ばす。

 だがヌヴォーは空中で態勢を整えると地面に着地した瞬間、今度は体を回転させながらミサイルのごとく飛びかかってきた。

 俺はその猛突進に合わせて握り締めた右拳を勢いよく前に出す。

「ふっ飛べっ!」

 ガツンとヌヴォーの口先に俺の拳がぶつかると、ヌヴォーは後方に飛んでいき海にぼちゃんと沈んだ。

「ほら、倒したぞ」

 振り向きつつゲルニカに言う。

「あ~あ、海に沈んじゃったら体の一部が切り取れないじゃない」

 ゲルニカは続けて、

「ヌヴォーってそこそこ強いからギルドで換金すればいいお金になるのに」

 不満そうに口をとがらせた。

「だったらお前が倒せよ」

「ふんっ……まあいいわ。あんたに貰ったお金がまだ沢山あるし、ローレライなんかろくに使ってないみたいだしね」

「こら、ローレライさんのお金をあてにするな」

「わ、私は別に構いませんよ」

 話を聞いていたローレライさんが入ってくる。

「甘やかしちゃ駄目ですよ、ローレライさん。こいつにもローレライさんと同じだけ金貨をあげたんですからね。お前もどうしてももっとお金が欲しいんだったら自分で魔物を倒せよな」

「うっさいわね、わかったわよ……」

 ゲルニカは面倒くさそうに手をひらひらさせた。

 ……本当にわかったのか怪しいところだ。


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