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第32話

「かはっ……」

 ガロワにお腹を刺され口から吐血する俺。

 それを見たローレライさんとゲルニカが、

「クロクロさんっ!」

「クロクロっ!」

 と叫んだ。

 俺の体から槍が引き抜かれると俺は地面に膝をつく。

 そんな俺をガロワは死んだ魚のような目で見下ろして言った。

『僕、心臓を狙ったつもりだったんだけど避けられちゃった……きみ、結構速いね』

 そう。

 俺は槍を刺される瞬間、とっさに反応して急所からそらしていたのだった。

 とはいえ、お腹に槍が貫通したのは事実。

 俺は呼吸をするので精いっぱいだった。

『でも、その傷だともう避けられないでしょう。今度こそ殺してあげる』

 ガロワが槍を俺に向けたその時だった。

「やぁっ!」

 ローレライさんが駆けてきて植物を武器化した剣をガロワめがけて振るった。

 その攻撃を後ろに跳んで避けるガロワ。

「ゲルニカさん、クロクロさんの回復をお願いしますっ。私はその間あの魔物を足止めしてみますっ」

「わかったわっ」

 そう返事をしたゲルニカは俺のもとに来ると俺のお腹に手をかざして「エクスヒールっ」と唱えた。

 直後、暖かい光が俺の傷をいやしていく。

『なあに? きみ、僕と戦う気なの?』

「ええ、そうですっ」

『きみ、死んじゃうよ」

「かもしれませんが時間稼ぎくらいは出来ますっ」

 ローレライさんがガロワと対峙している。

 よく見るとローレライさんの剣を持つ手が震えているようだった。

「ゲ、ゲルニカっ……あと、ど、どれくらいかかる……?」

「喋らないでよ、余計に時間がかかっちゃうでしょっ」

「で、でも……早くしないと、ローレライさんが……」

「そんなのわかってるわよっ。これでも急いでるんだからねっ」

 ゲルニカも焦っている。

 さっきのガロワの動きを見てローレライさんでは勝てないと察しているのだろう。

「きゃあっ……!」

 ローレライさんの悲鳴が上がった。

 振り向くとローレライさんの腕から出血している。

 ガロワの目の覚めるような連続攻撃をローレライさんはなんとか急所を守りつつ防いでいるが、それでも確実にダメージが蓄積されていた。

 あっという間に全身血だらけになるローレライさん。

 これ以上黙って見ていられない。

「ゲルニカ、もういい。あ、あとはローレライさんを頼むっ……」

「えっ、でもまだ傷が塞がってないわよっ」

「だ、大丈夫だっ」

 ゲルニカに言うと俺は立ちあがった。

 まだふらつくがさっきよりはだいぶマシになっている。

「ブースト、レベル4っ」

 俺は口にした。

 その途端全身が熱くなり力がみなぎってくるのを感じる。

 だがそれと同時にお腹から血が溢れ出してきた。

「嘘っ、あんた、ブーストなんて魔法使えるのっ?」

 驚いた顔で俺を見上げるゲルニカをよそに、俺はガロワに向かって駆け出していった。


「ガロワーっ!」

 俺はローレライさんの横をすり抜けるとガロワの顔面に渾身の一撃を叩き込んだ。

 ふっ飛んだガロワがぬかるんだ地面を転がっていく。

「ク、クロクロ……さんっ」

「ローレライさんっ」

 立っているのがやっとの状態だったローレライさんが俺に身を預けてきた。

 俺はゲルニカを呼ぶとローレライさんをそっと地面に寝かせる。

「ゲルニカ。ローレライさんにさっきの回復魔法をっ……」

「わかってるわよっ。エクスヒール!」

 ゲルニカの手が輝き、オレンジ色の光がローレライさんを包み込んだ。

 気を失っている様子のローレライさんだがこれでなんとかなるだろう。

 あとは……。

『……きみ、さっきよりも速く強くなってるね。どういうことなのかなぁ?』

 起き上がったガロワが俺を不思議そうにみつめていた。

 レベル4のブーストをかけた俺の一撃をくらっても平然としている。

 かたや俺は今の一撃でお腹の傷がまた少し開いたようで血が溢れ出てきていた。

 早く勝負をつけないと。

『答えてくれないの? だったらいいよ……その体に聞くからさぁ』

 ガロワは地面を蹴ると俺に向かってきた。

 俺はガロワの両腕をがしっと掴む。

 するとガロワは水かきのついた足で俺のお腹を蹴り上げてきた。

「ぐふぅっ……」

 さっき槍で刺された場所を思いきり蹴られ体がくの字に折れ曲がる。

 掴んでいた手も放してしまった。

 その隙を見逃さずガロワは持っていた槍を俺の顔めがけて突いてくる。

 俺はその槍の先端部分をとっさに両手で掴んだ。

「ぐぐぐぅっ……」

『むむむぅっ……』

 力はおそらく五分と五分。

 均衡状態が続いた。

 だが、

「ぐぁっ……」

 俺はお腹に受けていたダメージが思いのほか大きかったようで、手から力が抜けてしまった。

 その瞬間槍が俺の目の前数センチまで接近した。

「ぐぐぐぅぁっ……!」

『むむむむぅっ……!』

「こ、このっ……ブースト、レベル5っ!」

 俺はブーストのレベルを一段階上げた。

 ブーストはレベルが上がるごとにそのレベル分、身体能力が倍化するのだが体にかかる負荷も大きくなる。

 前に使ってみてわかっているが、レベル5以上は長くは体が持たない。

 しかも寿命も短くなってしまうとあっては使うのも躊躇してしまうが、今はそんなことを言っている場合ではない。

「うおおぉぉーっ!」

『な、なんだぁ!? また力が強くなった……?』

「これで終わりだーっ!!」

 俺はガロワの槍を折り曲げると体を回転させ体重の乗った右フックをガロワの横顔めがけて振り抜いた。

 その衝撃でガロワの頭部が胴体からねじれ飛ぶ。

 地面に転がったガロワの頭部からかすかに声が聞こえてきた。

『……き、きみ。僕を倒したからっていい気になっちゃ駄目だよ……大邪神様は僕なんかよりずっとずぅっと強いんだからね……』

「いててて……い、いい気になんかなってないさ」

『……そう、よかったぁ……』

 ガロワはそう言うと二度と口を開くことはなかった。

「ブースト、解除。ぐ、ぐぅっ……!」

「クロクロっ!」

 俺が倒れ込んだのを見てローレライさんの回復にあたっていたゲルニカが声を上げた。

 駆け寄ってくるゲルニカの声と足音を聞きながら、俺は眠るようにそっと目を閉じるのだった。

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