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第31話

 なし崩し的に俺たちの旅に同行することになったゲルニカだったが、訊いてみると魔物の研究にかまけていて一文無しなのだそうだ。

「それでよくついていくなんて言えたな」

「す、すみません……」

「あ、いや、ローレライさんに言っているわけではないですよっ」

 そういえばローレライさんもお金を持っていないのだった。

 失念していた。

「と、ところでどこへ向かってるんだ?」

 俺は意気揚々と先頭を歩くゲルニカに言葉を投げかける。

「グラン湿原よ」

「グラン湿原?」

 ゲルニカは当然でしょというテンションで言ってくるがもちろん俺は知らない。

「なにクロクロ、あんたグラン湿原知らないの?」

「ああ。あいにく俺は記憶喪失なんでな」

「記憶がないわけ? ふーん、そうなの」

 俺の記憶がないことなどどうでもいいかのようにつぶやくゲルニカ。

 するとローレライさんが代わりに答えてくれた。

「クロクロさん。グラン湿原というのはここから歩いて一日ほどの場所にある広い湿地帯のことです。様々な魔物が生息しているとされています」

「へー、そうなんですか」

「そこに最近になって湿原では見られない魔物が現れるようになったって噂があるのよ」

 とゲルニカが続ける。

「だからとりあえずそこ行って魔物の発生源を突き止めようってわけ。わかった?」

「そういうことか、わかったよ」

 俺とローレライさんはゲルニカの後を追うように歩くのだった。


「あー、疲れたっ。今日はもう休みましょっ」

 数時間後、ゲルニカが唐突に声を上げる。

「まだ夕方だぞ」

「もう少し行けるところまで行きませんか?」

 俺とローレライさんは言うが、

「あたし最近徹夜続きだったから疲れてるのよね~」

 どうでもいいことを口にする。

「自業自得だろ」

「いいじゃないの、どうせ明日には着くんだからっ。それにグラン湿原の話を教えてあげたのはあたしなんだからねっ」

「そ、そうですね。では今日はここで野宿しましょうか」

 ローレライさんが大人の対応を見せた。

「仕方ないな」

 と俺も結局それに倣う。

 俺が地面にシートを敷くとゲルニカは靴を脱いですぐさまシートの上に寝転がる。

 そして自分のバッグからバナナを四本取り出すと意外なことにそのうちの二本を俺たちに手渡してきた。

「え? くれるのか?」

「そうよ。あたしって気が利くでしょ」

「あ、ありがとう」

「ありがとうございます、ゲルニカさん」

 ゲルニカは満足そうにうなずくと残りの二本のうちの一本を皮をむいて食べ始めた。

「うん、美味しいわっ……ってあんたたち食べないの?」

「え、あー、そうだなぁ……」

 俺は昨日の夜食べたガジュの実の効果でまだお腹は減っていない。というより満腹だ。

 おそらくローレライさんも同じなのだろう、俺の顔をちらちらと見てくる。

 だがガジュの実はエルフ族の食べ物なのでそのことをゲルニカに話すわけにはいかない。

 それにせっかくのゲルニカの厚意を無下にするのもどうかと思い、俺とローレライさんは意を決してバナナを頬張った。

「どう? 美味しいでしょっ」

「あ、ああ。美味しい」

「お、美味しいです」


 バナナを食べ終わり就寝時間になる。

 俺たち三人は川の字になって寝ることにした。

 俺が見張りとして起きていようかと提案したのだが、ローレライさんが「私、耳がいいので魔物が近付いて来ればすぐにわかりますから」と三人同時に寝ることを勧めてくれた。

「ねえ、ローレライ。あなたって寝る時もフードを被って寝るの?」

 俺が目を閉じかけた時ゲルニカがローレライさんに向かって口にする。

「は、はい。私、寒がりなので……」

 本当はエルフ族の最大の特徴であるとがった耳を隠すためなのだが。

「ふーんそう」

 ゲルニカはローレライさんの答えを聞いた後もじぃっとローレライさんの顔をみつめている。

「な、なんでしょうか?」

「うん、あのさぁ……ローレライってもしかしてエルフ?」

「えっ!?」

 ローレライさんが驚きの声を上げた。

 俺も内心どきっとする。

「ど、ど、ど、どうして、そう思うのですか……?」

 ローレライさんがいつになく動揺している。

 その反応を見て確信したかのようにゲルニカはにかっと笑った。

「だってローレライって美人過ぎるもの、肌も真っ白だし。あたしも美人だけどあなたには勝てないわ、どうせそのフードも耳を隠すためなんでしょ」

 ローレライさんは顔から血の気が引く。

 そして、

「ど、どうしましょう、クロクロさんっ。私がエルフだってことバレちゃいましたよっ」

 俺の耳元で必死にささやく。

 ローレライさんは自分がエルフだとバレると人間に売り飛ばされてしまうとバーバレラさんに教え込まれているのでおろおろしていた。

 だが、

「別にあたしはローレライがエルフだろうと構わないけどね」

 言うなり反対側を向いて横になるゲルニカ。

「え、私がエルフなのに気にしないのですか?」

「だってエルフだろうがローレライはローレライでしょ」

「ゲルニカさん……」

「あたし疲れてるからもう寝るわよ、おやすみ」

「あ、お、おやすみなさい。ゲルニカさん」

 ローレライさんは俺に向き直った。

 何か言いたげな顔をしていたが、

「あの……私も寝ますね。クロクロさん、おやすみなさい」

 とだけ言うとローレライさんもそのまま横になる。

 俺はそんな二人を眺めて自然と頬が緩んでいた。


 一夜明けて、俺とローレライさんとゲルニカは再びグラン湿原へと歩を進めていた。

 ローレライさんがエルフだということを知ったゲルニカだったが、ゲルニカはそんなことなど気にも留めてはいない様子。

 ローレライさんも特に気にしてはいないようなので、俺はあえてその件には触れないでおいた。

 歩き続けること数時間、少しずつだが足元がぬかるんできた。

「なあ、そろそろグラン湿原に着くんじゃないか?」

 俺は先頭を行くゲルニカに声をかける。

「はぁ? もうとっくに着いてるわよ」

 呆れた顔で振り返るゲルニカ。

「え、そうなのか?」

「足元見ればわかるでしょ。さっきからずっと湿地帯歩いてるじゃないのっ」

 そう言ってから「馬鹿なの、あんた?」と付け加えた。

 だいぶ年下なのに俺に対してまったく敬意が感じられない。

「すみませんクロクロさん、私がきちんと説明するべきでしたね」

「あ、いえローレライさんは別に――」

「そうよ、謝ることないわよローレライ。クロクロが馬鹿なのが悪いんだからっ」

 とリーダー面で威張るゲルニカ。

 こいつと言い合っても疲れるだけなのでここは無視する。

 と、

「あっ、大王ツノガエルよっ!」

 ゲルニカが前を指差した。

 大王ツノガエル?

 ゲルニカが指差す先を見ると体長三メートルほどの巨大なカエルが悠然と座っていた。

 頭のてっぺんにはドリルのような角が生えている。

「大王ツノガエルは湿地帯に多く生息している魔物ですっ。あの大きな角に何人もの冒険者が殺されたと言われていますっ」

 ローレライさんが俺に対して説明してくれている間にゲルニカは一人駆け出していた。

 そして、

「サンダーっ!」

 手を空高く上げ叫ぶ。

 すると稲光が走り落雷が大王ツノガエルを直撃した。

『グ、ゲコッ……!』

 大王ツノガエルは黒焦げになって地面に倒れ込む。

「す、すごい、ゲルニカさん……」

「へー、あれが攻撃魔法か」

 ローレライさんは目を丸くし、俺は初めて見た攻撃魔法に少しだけ興奮していた。

「ふふんっ、こんな魔物あたしにかかればいちころよっ」

 大王ツノガエルを尻目に気をよくしているゲルニカ。

 自分で語っていた結構強いという話もまんざらではないようだ。

「そいつがお目当ての魔物か?」

「違うわ。あたしが仕入れた情報だとこの辺りにサンドドラゴンが出たって噂よ」

「サンドドラゴン?」

 俺は訊ねる。

「サンドドラゴンは砂地に生息しているドラゴンです」

「そう。本来は湿地帯には絶対にいないはずの魔物よ」

「へー。そいつ強いのか?」

「Bランクの冒険者でもそこそこ手こずるわね。まあ、あたしの敵じゃないけど」

「ふーん」

 Bランクか……だったら問題なさそうだな。

「ふーんってねぇ……そういえば訊いてなかったけどクロクロって冒険者なの?」

「ああ、そうだよ」

「ランクは?」

「Eだけど」

「Eっ!? めっちゃ弱いじゃないっ! 何それっ」

 俺の言葉にゲルニカは大声で反応した。

「あ、いえ、ですがクロクロさんはEランクの冒険者ですけれど実力はSランク以上なのですよっ」

 ローレライさんが慌ててフォローするも、

「そんな奴いるわけないでしょっ。ローレライ、あなたこいつに騙されてるわよ」

 ゲルニカは一切効く耳持たない。

「それが本当なのですっ。私たちエルフの里を襲った人語を操る強力な魔物もクロクロさんが一人で退治してしまったのですからっ」

「人語を操る魔物ですって? そんな魔物聞いたことないわよ」

「なんだ、ゲルニカも聞いたことなかったのか? 人の言葉を喋る魔物のこと」

「何よ、あんたまで……はっは~ん、さては二人してあたしを担ごうとしてるわね。その手にはひっかからないわよ」

 何を勘違いしたのかゲルニカは意味ありげににやりと笑う。

「いえ、担ごうだなんてしていません。本当に――」

 ローレライさんがそこまで言った時だった。

『ギャアアァァオッ!』

『ギャアアァァオッ!』

『ギャアアァァオッ!』

 全身黄土色の東洋の龍に似た巨大なドラゴンが三体、どこからともなく現れ俺たちに襲いかかってきたのだった。


「サンドドラゴンだわっ!」

「サンドドラゴンですっ!」

 三体のドラゴンを目にしてゲルニカとローレライさんが声を張り上げた。

『ギャアアァァオッ!』

『ギャアアァァオッ!』

『ギャアアァァオッ!』

 三体のサンドドラゴンはそれぞれ俺とゲルニカとローレライさんに牙をむく。

 俺は噛みつきにきていたサンドドラゴンの口をとっさに掴んだ。

 ゲルニカは襲い来るサンドドラゴンに「サンダー」と唱え雷撃を浴びせる。

 ローレライさんは手近にあった植物を魔法で剣に変えると、それでサンドドラゴンの攻撃を防いだ。

「こいつらがお目当ての魔物ってわけだなっ」

「そうよっ。でもまさか三体同時に現れるとは思わなかったわ、二人とも大丈夫っ?」

「わ、私はなんとかっ……」

 俺とローレライさんがサンドドラゴンと向き合っている中、ゲルニカは俺とローレライさんに注意を払っている。

 だがゲルニカが倒したと思っていたサンドドラゴンはむくりと起き上がると、長い尻尾でゲルニカを背後からなぎ払った。

「きゃあっ……!」

「ゲルニカっ」

「ゲルニカさんっ」

 俺はそれを見て、

「このっ!」

 掴んでいたサンドドラゴンの口を力任せに上下に引き裂く。

『ギャアアァァーッ……!』

 断末魔の叫び声を上げるサンドドラゴンをよそに俺はゲルニカに駆け寄った。

「大丈夫かっ?」

「え、ええ、なんとかね……あっ、後ろっ!」

 ゲルニカの声を合図に俺は振り向きざま裏拳をサンドドラゴンの顔面にくらわせる。

『ギャアッ……!』 

 俺の一撃をくらったサンドドラゴンは遠くに吹っ飛んでいった。

 俺はさらにローレライさんのもとへと駆け出すと、ローレライさんと相対しているサンドドラゴンの首を手刀で切断する。

 ぶしゅうっと血を噴きながらぬかるんだ地面に沈むサンドドラゴン。

「ふぅ……」

 俺は手についていた返り血を拭いながら首と胴体にわかれたサンドドラゴンの死体を見下ろす。

「あ、ありがとうございました、クロクロさん」

「いえ、無事でよかったです」

 とそこへ、

「クロクロ、あんた何者なのっ? なんでEランクのくせにそんなに強いのよっ」

 ゲルニカがものすごい剣幕で近寄ってくる。

「いや、なんでって言われても……」

「あたしのサンダーもたいして効いてなかったのに、それをたった一撃で倒しちゃうなんて。あんたって本当にEランクなのっ?」

「ああ、Eランクだよ……ほら」

 俺はゲルニカがうるさいのでギルドカードをズボンのポケットから取り出し見せてやった。

「ほんとだ……どうなってるのよ一体」

「言ったろ、記憶喪失だって。だから俺も俺自身のことがよくわからないんだよ」

 本当は記憶はばっちりあるのだが、神様とか異世界とか言っても信じてもらえなかったらただのヤバい奴になってしまうからな。

 ここは記憶喪失で貫き通す。

「……変な奴ね、あんたって」

「お互い様だろ。それより顔拭けよ、泥だらけだぞ」

「ふふふっ……あ、すみません。おかしくてつい笑っちゃいました」

 ローレライさんが楽しそうに笑うので俺とゲルニカもつい口元が緩む。

 だがそんな時――

『まいったなぁ。僕がせっかく創り出したサンドドラゴンを殺しちゃうなんてさぁ』

 ふいにしゃがれた声が聞こえてきた。

 俺たちは周りを見渡すが誰もいない。

『大邪神様に怒られるのは僕なんだよ。どうしてくれるのさ』

 注意深く耳を澄ますとどうやらぬかるみの中から聞こえてきているようだった。

 俺たちは身構えつつ一歩退いた。

 すると次の瞬間、

「「「っ!!」」」

 ぬかるんだ地面からぬぅっと半魚人のような見た目の魔物がゆっくり顔を出した。

 そしてそのまま全身があらわになっていく。

「だ、誰よあんたっ!」

 とゲルニカ。

 ゲルニカも知らない魔物のようだ。

『僕は大邪神様直属の部下の一人、ガロワ』

「なんで人の言葉を喋れるわけっ」

『大邪神様のお力のおかげだよ。きみたちの言葉を喋れる魔物は僕の他にもあと七体いるよ……あ、違った。竜王と竜魔王はいなくなっちゃったからあと五体だった』

 聞き取りにくい声で喋り続けるガロワという魔物。

「クロクロさん、もしかして……」

「はい、そうですね……」

 こいつが言う竜王と竜魔王というのは俺がエルフの里で倒した人語を喋る金色のドラゴンたちのことだろう。

 俺は期せずして大邪神直属の部下を二体も倒していたということか。

『大邪神様から魔物を創り出すお力をいただいた僕たちは、世界中のいたるところで魔物を創って解き放っているんだぁ。それできみたち人間が恐怖に恐れおののく姿を大邪神様に見てもらうのが僕たちの喜びなんだよ』

「おい、その大邪神て奴はどこにいるんだ?」

 俺はガロワに駄目もとで訊いてみる。

『なんでそんなこと訊くのさ』

「もちろんそいつを倒すためだ」

『倒す……? ……それは無理だよ』

 ガロワがゆっくりと首を横に振った。

「なんでだ?」

『だって大邪神様はこの世で一番強いんだもの』

「この世ね……それはどうかな。もしかしたらもう誰かに抜かれてるかもしれないぞ」

『……きみ、ちょっとだけムカつくなぁ』

 そう口にしたガロワは『トライデント』とつぶやくと三つまたのヤリを右手の中に具現化する。

 そして、

『僕、きみのこと殺すよ』

 ゆっくりとした口調からは想像も出来ないほどの速さで俺の前まで迫ってくると、手にしていたヤリで俺のお腹を貫いた。

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