そこからさらに歩き続けること二十分、俺たちは人気のない町はずれまで来ていた。
「もう家なんて一切見当たりませんね」
「そうですね……あっ、もしかしてあれじゃないですか?」
ローレライさんが指差して言う。
俺はローレライさんが指差した方を見た。
とそこには大きな木の陰に隠れるように小さな小屋が建っていた。
「あ、あれですか……?」
俺の目にはとても人が住んでいるようには見えないのだが酒場のオーナーの話とは一応一致している。
「行ってみましょう、クロクロさん」
「まあ、そうですね。行きますか」
俺とローレライさんはその小さなボロ小屋に近付いていった。
そして、
「すみません、ゲルニカさんいますかー?」
今にも崩れそうな小屋のドアを出来る限りそっと叩きながら声をかけた。
……。
返事はない。
「いないのでしょうか?」
「さあ、聞こえなかっただけかも」
そう思い俺はもう一度今度は一歩下がって大声で呼びかけてみる。
「すみませんっ。ゲルニカさんいますかーっ?」
「うっさいわね、聞こえてるわよっ!」
すると小屋のドアがいきなり開け放たれて中から十代半ばくらいの少女が姿を見せた。
俺の偏見かもしれないが一目見て気の強そうな子だとわかる。
「えっと、きみは誰?」
「はぁ? あんたこそ誰よっ?」
その子は明らかに年上の俺に対して物怖じせずタメ口でくってかかってくる。
「俺はクロクロだ。でこっちの女性はローレライさん。俺たちゲルニカって人に会いに来たんだけどいるかな?」
「クロクロ? 変な名前ね」
眉をひそめる少女。
俺だってそう思ってるさ。
この世界の人たちには俺の名前は発音しづらいようだから仕方ないだろ。
「で、ゲルニカさんはいるのか? いないのか?」
「いるじゃないの、あんたの目の前にっ」
「「えっ?」」
俺とローレライさんの発した声がシンクロする。
「あたしがゲルニカよっ」
少女は親指で自分を指差すと堂々とそう宣言した。
「お、お前がゲルニカ……?」
「あなたがゲルニカさんなのですか?」
「そうよ、文句あるっ?」
ゲルニカと名乗った少女は挑戦的な目で俺を見上げてくる。
「いや文句はないけどさ、ゲルニカって人は魔物を研究してるって聞いてたから……」
「なに、年寄りが出てくるとでも思ってたわけっ?」
「まあ、そんなところだ」
「ふーん……」
ゲルニカは俺とローレライさんを品定めするようにじっくりと眺めてから、
「それで、クロクロとローレライだっけ? あんたたちは何しに来たのっ?」
あごをしゃくった。
「なあ、その前にその喋り口調なんとかならないか。お前絶対俺たちより年下だろ」
「あんた年いくつよ」
不遜な態度で訊いてくる。
「俺は二十六歳だ」
「あなたは?」
ゲルニカはローレライさんに鋭い視線を飛ばした。
「私は二百六十……ではなくて、私もクロクロさんと同じ二十六歳です」
ローレライさん。今二百六十歳って言おうとしたような……。
「ちなみにあたしは十六歳よっ」
「やっぱり年下じゃないか」
「だから何っ。この世は実力がすべてよ、年功序列なんかくそくらえだわっ」
とゲルニカがほえる。
「それともあんたはあたしよりすべての面において優れてるって言えるわけっ。えぇ、どうなのよっ!」
「はいはい、わかったよ。もう好きにしろ」
話が前に進みそうにないのでこの際タメ口なのは無視することにした。
「俺たちはゲルニカが魔物の研究をしてるって聞いたからここに来たんだ。強い魔物の出現情報とか知ってたら教えてもらおうと思ってな」
「お願いしますゲルニカさん、私たちどうしても知りたいのです」
「ふーん、そうなんだ。別に教えるのはいいけどさ、なんでそんなこと知りたいのよ、理由を教えてちょうだい」
興味がないのか退屈そうにゲルニカが言う。
「大邪神を倒してこの世を平和にしたいのです」
と真面目な顔でローレライさん。
「大邪神? あなたたち大邪神が本当にいるって信じてるの?」
「はい、信じています」
「あんたは?」
「俺か? うん、いるんじゃないのか」
エルフ族の言い伝えでは存在しているらしいし、何よりローレライさんが信じて疑っていないのだから俺もそう答えておく。
するとゲルニカは、
「……つまりあんたたちの目的は大邪神を倒すことなのね」
「そう言ってるだろ」
「はい。そのために強い魔物を倒して回る旅をしようと思っています」
「そう、わかったわ」
楽しそうに口角を上げた。
そして、
「だったらあたしもその旅についてってあげるわっ」
感謝しなさいとでも言いたげな口ぶりでゲルニカはそう言い切るのだった。
「は? 旅についてくるってどういうことだよっ?」
「そのまんまの意味よ。あんた馬鹿なの?」
言うとゲルニカは小屋の中に入っていってしまう。
だがバッグを持ってすぐ戻ってきて、
「じゃ行きましょっ」
さながらリーダーのごとく声を上げた。
「こら待て、話はまだ済んでないだろ」
「なによ、あたしの力を借りたかったんでしょ」
「お前の持ってる情報が欲しかっただけだ。お前についてきてほしいと言った覚えはない」
「ふーん、そんなこと言っていいの? だったらあたし何も教えてあげないわよ」
ゲルニカはいやらしい目つきでそんなことをのたまう。
「お前なぁ――」
「あたし、大邪神のことを本気で信じてる人に初めて会ったのよね~。あたしも大邪神については興味あったし、そろそろこの町を出ようかなって思ってたところだったからちょうどいいわ」
「あの、ゲルニカさん。この旅は危険な旅になるかもしれません、ゲルニカさんは来ない方がよろしいのではないでしょうか」
ローレライさんがゲルニカを優しく説き伏せる。
要はついてくるなってことだが。
しかし、
「大丈夫よ、あたし結構強いから」
どこから来るのか自信満々に返した。
さらに、
「それだけじゃなくてあたし回復魔法も解毒魔法も一通り使えるし、魔物についても詳しいからあたしがいると助かるんじゃないの?」
とゲルニカは言う。
「え、回復魔法も解毒魔法も使えるのですか?」
「ええ、そうよ。ついでに攻撃魔法も少しだけなら使えるわよ」
「す、すごい、です……」
「でしょっ」
ローレライさんは説き伏せるどころか説き伏せられてしまったようで、肩をがっくりと落としうつむいてしまっている。
「ゲルニカ、お前本当に解毒魔法とか使えるのか?」
「なに、信じてないの? なんなら使ってみせようかっ?」
言い放つゲルニカ。
これが嘘とは思えない。
「いや、いい」
「そ。じゃ今度こそ行きましょっ」
「いや、待て待て。まだお前を仲間にするとは言ってないだろうが」
「でもローレライはいいみたいだけど」
ゲルニカはローレライさんを見やった。
見るとローレライさんはゲルニカに負けを認めたかのように小さくうなずいている。
「ローレライさん、いいんですか?」
「はい……ゲルニカさんは私なんかよりよっぽどクロクロさんのお役に立てますから。それに比べて私は……」
あー、まずい。
ローレライさんが鬱モードに入ってしまっている。
「そんなことないですよ。ローレライさんは充分やってくれてます」
「そ、そうでしょうか……?」
「はい。ローレライさんがついてきてくれて俺は嬉しいですよ」
「ほ、本当ですか?」
すがるような眼差しで俺を見上げてくるローレライさん。
間違っても嘘ですなんて言えるはずもなく……。
「はい、本当です」
俺のこの一言でローレライさんはやっと表情を明るくさせた。
「ほら、二人とも何してるの。置いてくわよーっ」
気付くとゲルニカは一人でさっさと歩き出している。
「お前が仕切るなっ」