エルフの里を出て暗い山道を一人下りていく俺。
「結局、タダ働きになっちゃったなぁ……」
自分から言い出したことなので後悔はない。
だがしかし、正直なところセントウは欲しかった。
いくら超人の俺でも病気はする。
なので万が一に備えて万病に効くというセントウは貰っておきたかった。
「まあ、いいんだけどさ……は、はっくしょんっ」
標高の高い山の上ということもあって夜は肌寒い。
「里を出るの明日の朝にすればよかったかな」
などと詮無いことをつぶやきながら歩を進めていた時だった。
「クロクロさんっ! 待ってください、クロクロさんっ!」
後方から俺の名前を呼ぶ声がした。
振り返り見ると後ろからローレライさんが追いかけてきていた。
「ローレライさんっ? なんでここにっ?」
「はぁっ、はぁっ……間に合ってよかったですっ……」
と息を切らしつつローレライさん。
「どうしたんですか? 俺、何か忘れ物でもしましたか?」
「い、いえ。そうではなく、あ、そう言われればそうかもしれませんが……」
ローレライさんはよくわからないことを口走った後おもむろに顔を上げた。
そして次の瞬間、驚くことを口にした。
「私……クロクロさんについていきますっ」
「え? 俺についてくる??」
理解が追いつかないでいる俺に、
「はい。私、クロクロさんに同行したいと思います」
ローレライさんは繰り返す。
「いや、意味が分からないんですけど……」
「バーバレラ様に言われたのです、クロクロさんについていって身の回りのお世話をしなさいって。そして一年後、セントウが実をつける頃に二人で戻ってきなさいって。だから私それまでクロクロさんのお役に立てるように頑張ります」
「な、なんでそんなことに……?」
「バーバレラ様は命の恩人に対して何も返さないのはエルフ族の恥だとおっしゃっていました」
「バーバレラさんが……?」
「はい」
あの人、俺を一生牢屋に閉じ込めようとしていたくせに。がらりと態度が変わったな。
「バーバレラ様のおっしゃることは絶対なので私すぐにクロクロさんを追いかけてきたのです」
「えーっと、まだよくわからないんですけどつまりこれから一年間は俺と一緒に行動するってことですか?」
「はい、そうです」
「ローレライさんはそれでいいんですか?」
「? はい、問題ありませんよ」
目をぱちくりさせるローレライさん。
問題ないと言われても……。
「あの、エルフだって人間にバレたらまずいんですよね?」
「はい。なのでこうして耳を隠しておきますね」
言うとローレライさんはフードを被ってとんがった耳を覆った。
俺が言いたかったのはそういうことではないのだが……。
「それでクロクロさんはこれからどこに行くつもりなのですか?」
「え? そ、そうだなぁ……特に決めていなかったんですけど」
とりあえずロレンスの町に戻ろうかな。
そう口にしようとした矢先、
「でしたら大邪神を倒す旅というのはどうですか?」
ローレライさんが提案してくる。
「大邪神? ってなんですか?」
「あー、そうでしたね。クロクロさんは記憶喪失だったのでしたね、すみません。大邪神というのは魔物たちを生み出している元凶となっている存在のことです」
ローレライさんは俺の目を見ながら続ける。
「なので大邪神を倒せばこの世界の魔物はすべて消滅するはずなのです」
「そうなんですか?」
「はい。エルフ族には代々そう伝えられていますから」
「へー」
「クロクロさんならきっと大邪神を倒せると思います。私も微力ながらお手伝いしますのでどうでしょうか?」
じぃっとみつめてくるローレライさん。
澄んだ瞳に吸い込まれそうになる。
「魔物がいなくなればこの世界には平和が訪れます。皆さんもう魔物に怯えなくてもよくなるのですよ」
「ま、まあそうですよね……」
なんかいきなりスケールの大きな話になってしまったが俺はローレライさんに気圧され、
「……えとじゃあ、わかりました。大邪神を倒しに行きましょうか」
と声に出していた。
「ありがとうございます、クロクロさん。それでこそクロクロさんです」
「はあ、どうも」
うーん……やはり俺はノーとは言えない性格のようだ。
一度死んだくらいではこの厄介な性格は直らないらしい。
「それで大邪神ていうのはどこにいるんですか?」
俺はローレライさんに訊ねてみる。
すると、
「私も知りません」
予期していなかった答えが返ってきた。
「え? 知らないんですか?」
「はい」
平然と言うローレライさん。
「言い伝えではこの世界の果てに存在しているとされていますが……」
「世界の果てですか」
ずいぶんあいまいな答えだな。
「じゃあこれから俺たちはどこに向かえばいいんですか? 何かあてはあるんですか?」
「大邪神は魔物を生み出している元凶なので、より多くより強い魔物がいる場所に大邪神は存在しているのではないでしょうか」
「はあ、なるほど」
「ですので私たちは魔物の被害が大きい町を渡り歩き大邪神の情報を探るのがよいかと思います」
俺の問いにローレライさんがそう答える。
「わかりました。じゃあとりあえずここから一番近いクラスコの城下町のギルドに行ってその情報を集めてみましょうか」
「はい、そうしましょう」
俺の提案により俺たちはクラスコの城下町に向かうことにした。
その道中、ホブゴブリンが群れで姿を現した。
俺は素手でホブゴブリンたちを殴りとばし、ローレライさんは道端に生えていた草を武器に変えて応戦する。
見事すべてのホブゴブリンを倒しきった俺たちは彼らの死体を見下ろした。
「せっかくなんでホブゴブリンたちの耳、切り取っていきますか?」
「そうですね。長旅になるかもしれませんからお金は少しでも稼いでおいた方がいいですものね」
ローレライさんも同意したので俺はホブゴブリンたちの死体から右耳を切り落としていく。
そしてそれらを腰に下げていた袋に入れた。
「俺一応今金貨二十枚持ってますから何か欲しいものがあったら言ってください。クラスコの城下町で買っておきましょう」
「ありがとうございます、クロクロさん。私ほとんど手ぶらで来てしまったので――」
とローレライさんが話していた時、
がさがさっ。
前方の茂みが激しく揺れた。
何かいるっ。
俺とローレライさんは同時に身構える。
とその直後、
『キシャアァッ!』
全身毛むくじゃらの魔物が茂みの中から襲いかかってきた。
「クロクロさん、コボルトですっ」
「おりゃあっ」
俺はそのコボルトという魔物のお腹に蹴りをくらわせ後ろにふっ飛ばす。
木にぶつかり白目をむくコボルト。
だが安心したのも束の間、次の瞬間、
『キシャアァッ!』
『キシャアァッ!』
『キシャアァッ!』
『キシャアァッ!』
全方位からコボルトが一斉に飛び出してきた。
長く鋭い爪を俺とローレライさんに向かって振り下ろしてくる。
「やぁっ!」
「くっ……このっ!」
一体はローレライさんに、他の三体は俺に攻撃を仕掛けてきた。
ローレライさんはコボルトの攻撃を上手く避け草で作った剣をコボルトの胸に突き刺す。
一方の俺は腕を振り回して三体のコボルトをはじき飛ばした。
だが――
「クロクロさん、大丈夫ですかっ?」
「え、ええ。少しかすっただけですから」
俺はコボルトの爪が当たったのだろう、その際に腕にかすり傷を負っていた。
勝てないと悟ったのかコボルトたちが逃げていく中、
「え、コボルトにやられたのですかっ?」
ローレライさんは俺の心配をする。
「大丈夫ですよ、ほんのかすり傷なんで」
「駄目です、早くこれを食べてくださいっ」
焦った様子で一枚の葉っぱを差し出してくるローレライさん。
何をそんなに慌てているのだろう。
そう思った時だった。
「うっ……!?」
急に息苦しくなり視界が狭まる。
な、なんだ……?
「クロクロさんっ!」
「ロ、ローレライ、さんっ……」
俺は必死に叫ぶローレライさんの声を最後に気を失ってしまった。
「……さんっ。クロクロさん、起きてくださいっ」
「……ぅん……ローレライさん……?」
「あっ。クロクロさん、よかった。目が覚めたのですねっ」
目を開けると目の前には心配そうに俺をみつめるローレライさんの顔があった。
「あれ? 俺、どうして……?」
「クロクロさんはコボルトの毒にやられたのですよ」
「毒?」
俺は間の抜けた声で返した。
「はい。コボルトの爪には毒があるのです。すみません、先に言っておくべきでした」
「いや、それはいいですけど……それで俺はどうなったんですか?」
毒をくらって意識を失ったのならなぜ今俺は平然としていられるのだろう。
「私が持っていた毒消し草をすりつぶしてクロクロさんの口に流し込んだのです。なので今はもう毒は中和されているはずです」
「そうだったんですか。それはありがとうございました、助かりました」
「いえ、私はたいしたことはしていません。もしこれが私以外のエルフでしたら解毒魔法でもっと簡単に治せていたはずですから」
と表情を暗くするローレライさん。
「前にも言いましたが私は回復魔法の類は一切使えない出来損ないですので」
「いや、そんなことないですって。ローレライさんのおかげで俺は助かったんですから」
「しかし毒消し草はもうありませんし、これから先もしもクロクロさんが怪我をしたり毒を受けた時に私ではお役に立てません」
そう言ってローレライさんはうつむいてしまう。
ローレライさんはエルフなのに回復魔法が使えないことがコンプレックスなのだった。
重苦しい空気が流れる。
「そんなに気にしなくても平気ですよ。今回はたまたまコボルトが毒を持ってるって知らなかっただけですから今度から注意すればいいわけですし、俺この世界の魔物についてほとんど憶えてないですけどローレライさんが教えてくれれば問題ないですから。ねっ?」
「は、はい……」
顔を上げたローレライさんは少し微笑みうなずいた。
この後俺たちは山を下りたところで野宿をした。
そして翌日の夕方過ぎ、俺たちはクラスコの城下町へとたどり着いたのだった。