目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第27話

 地上に出るとエルフの里は焼け野原と化していた。

 周りの家々は炎で焼かれ田畑も見る影もない。

 そしてエルフたちはというと体長十メートルはあろうかという金色のドラゴン相手に戦いを挑んでいた。

 だが戦況はかなり厳しいようで多くのエルフたちはドラゴンの足元に倒れている。

 若い男性のエルフたちがほとんど傷つき倒れている中、女性のエルフたちが回復にあたっているがそれも追いついていないようだった。

 そんな状況の中でバーバレラさんとローレライさんが果敢にドラゴンに立ち向かっている。

 バーバレラさんはおそらく魔法だろうが、手のひらから氷柱を飛ばしてドラゴンを攻撃していた。

 一方ローレライさんは手に絡みつかせたツタのような植物を剣に変えてドラゴン相手に応戦していた。

 しかし次の瞬間、

「きゃあぁっ!」

『オレ様の可愛い息子を殺したのは貴様かぁっ!』

 ローレライさんが下半身を踏み潰されてしまう。

「やめい竜魔王っ! その子が竜王を殺したのではないっ!」

『だったらオレ様の息子を殺したのはどいつだ、ばばあっ!』

「そ、それはっ……」

「俺だっ!」

 俺は竜魔王とやらの前に進み出るとそいつを見上げ声を上げた。

 察するにこの竜魔王という魔物は竜王の父親らしい。

 息子のかたき討ちに来たのだとしたら俺が出ていかないわけにはいかない。

「ク、クロクロさんっ……ど、どうしてっ……」

 ローレライさんが体を踏み潰されながらも懸命に顔を上げる。

「クロクロさん……あんたどうやってあの牢から出たのじゃ……」

 そしてバーバレラさんは信じられないものを見たかのごとく目を見開いていた。

「竜魔王っていったな。今すぐローレライさんを踏みつけている足をどけろ!」

『貴様、人間か? ふざけるなっ! オレ様の息子が人間などにやられるはずがないだろうがっ!』

「おい、もう一度だけ言うぞ。早くローレライさんからその汚い足をどかすんだ!」

『うるさい、黙れっ!』

 竜魔王は灼熱の炎を吐いた。

 俺は瞬時にバーバレラさんを抱えてそれを避けるとバーバレラさんを安全な場所に置く。

 そして瞬時に竜魔王の体の下に潜り込んだ俺は、

「うおりゃあーっ!」

 竜魔王の首の下辺りを思いきり殴り上げた。

『ぐふぅうっ……!』

 竜魔王はその衝撃で巨体を天高く舞い上がらせる。

 数秒後、地面に強く落下した竜魔王に追撃を浴びせようとするも竜魔王はすでにこと切れていた。


 竜魔王を見事倒した俺だったが拍手喝采は起こらなかった。

 それもそのはず若い男性のエルフたちはみな傷つき倒れ、他のエルフたちは彼らの回復と竜魔王によって里に放たれていた炎の消火に追われていたからだ。

 そんな中、唯一バーバレラさんだけは俺を呆けたようにじっとみつめていたのだが、しばらくして我に返ると魔法で里全体に大雨を降らせ里の火を消し止めたのだった。


 里が落ち着きを取り戻した頃、

「わしが悪かったクロクロさん。この通りじゃ」

 バーバレラさんはエルフたちの見ている前で俺に土下座をしてみせた。

「バーバレラ様っ!?」

「何をしているのですかっ」

「おやめください、バーバレラ様っ」

 その姿に周りにいたエルフたちが動揺し声を上げる。

 だがバーバレラさんは構わずそのまま続けた。

「わしは人間を嫌うあまりクロクロさん、あなたにひどい扱いをしてしまった。それなのにクロクロさんはわしらを助けてくれた。クロクロさんがいなければわしらは全滅しておったじゃろう。すまんかった、クロクロさんっ……」

「顔を上げてください、バーバレラさん。バーバレラさんが人間を嫌う理由はローレライさんから聞いていましたから理解できます。それに俺は気にしていませんから」

「クロクロさんや……ありがとう。ありがとうよ、クロクロさん」

 バーバレラさんは若いエルフたちに体を起こされてからも何度も俺に向かって頭を下げるのだった。


「さてと」

 依頼も完了したことだしそろそろ俺は報酬を受け取って帰りたいところなのだが……。

「ねえ、こっち手伝ってーっ」

「それよりこっちーっ」

「こっちもいっぱいいっぱいなのよっ」

「男たちがまだ全回復してないんだからわたしたちが頑張らないとっ」

 エルフたちは焼け落ちてしまった家々を直すのに忙しくて俺のことなど目に入っていないようだった。

 ローレライさんも里を忙しそうに走り回っていて俺に渡すはずの報酬を忘れているのだろう。

「どうするかなぁ……」

 すると、

「ちょっとクロクロさんっ、暇ならこっち来て手貸してくださいよっ」

 若い女性のエルフが今にも崩壊しそうな家の前から俺を呼んだ。

「え、俺?」

「男たちは自分に回復魔法をかけるのに必死で働き手はわたしたちしかいないんですからっ。お願いしますっ」

「あ、ああ。わかった」

 元来ノーとは言えない性格の俺はそのエルフのもとに駆け寄っていく。

「この家はもう直せないので一旦取り壊しますからクロクロさん、手伝ってください」

「壊せばいいんだな」

「はいっ」

 そういうことなら話は早い。

 俺は崩壊しかけた家を殴りつけバラバラの木片に変えそこを更地にしていった。

「わぁー。やっぱりクロクロさんすごいですねっ」

 女性のエルフが声を大にして言う。

 とそれを聞きつけた他のエルフたちも「クロクロさん、今度こっちお願いしますっ」とか「クロクロさん、こっちもーっ」と俺を呼びつけ出した。

 俺がエルフ族の命の恩人だということをわかっているのかいないのか、俺をこき使うエルフたち。

 だがまあ、俺を好意的に受け止めてくれているらしいことはわかったのでそれほど悪い気はしなかった。


 里の修繕作業をしているうちに辺りは暗くなっていた。

 バーバレラさんは、

「今日はもう遅い、続きはまた明日にしようかのう」

 とエルフたちを気遣い休ませる。

 それを受けてエルフたちは里の中央広場にキャンプファイヤーのような火を起こしそれぞれシートなどを敷いて横になっていく。

 ほとんどの家が焼かれてしまったためみんなで外で寝るらしい。

 怪我をしていた若い男性のエルフたちも自身の回復魔法によって傷はほぼ塞がっているようだった。

 とここでようやくローレライさんが俺への報酬のことを思い出したようで、

「あっ、クロクロさんすみませんっ。報酬まだでしたよねっ」

 俺のもとに駆けてくる。

「え、ええ、まあ」

「お金とセントウ、やっぱりセントウの方がいいですか?」

「ええ……でもバーバレラさんの許可がないと駄目なんですよね」

「わしは構わんよ」

 とバーバレラさん。

「よろしいのですか? バーバレラ様」

「ああ、クロクロさんはわしの知っておる人間たちとは違うようじゃからな。セントウの一つや二つ、持っていってもらいなさい」

「ありがとうございます、バーバレラ様っ」

 ローレライさんはバーバレラさんにお辞儀をすると急ぎ足でセントウを採りに向かおうとする。

 だが、

「待て、ローレライ!」

 それを止める中年の男性のエルフがいた。

 ローレライさんの父親だ。

「なんですかお父様っ?」

 ローレライさんは立ち止まり振り返った。

「残念だがセントウはすべて燃え尽きてしまっているんだよ」

「えっ!?」

「な、なんじゃとっ!」

 バーバレラさんも知らなかったようで驚きの声を上げる。

「バーバレラ様、セントウの木はなんとか無事でしたが果実は全滅でした。なので今年はもう一つも採れません」

「なんと……」

「そ、そんな……」

 目を見開くバーバレラさんと肩を落とすローレライさん。

「すみませんねクロクロさん。そういうわけなんですよ」

 ローレライさんの父親が申し訳なさそうな顔で俺に向き直った。

「そうですか……残念ですけど仕方ないですね。諦めますよ」

「で、ではせめてこのお金を受け取ってください」

 ローレライさんはそう言うと服のポケットから大事そうに袋を取り出す。

 そしてその中から金貨三枚と銀貨五枚を俺に差し出してきた。

 俺はそれを受け取ろうとしたがふと周りを見回した。

 エルフの里は田畑の作物はボロボロで家畜は一頭もいない。

 家も半壊状態のものばかり。当のエルフたちもみんな疲れた様子でいる。

 自給自足の生活をしていたエルフにとって金貨三枚と銀貨五枚というのはなけなしのお金らしい。

「……いや、やっぱりお金もいいです」

「え? どういうことですか?」

「そのお金は里の復興に充ててください」

「そんな、それは駄目ですよっ」

「そうじゃともっ。クロクロさんは二度もわしらを救ってくれたのじゃ、金貨三枚でも足りんくらいじゃっ」

 ローレライさんとバーバレラさんは語気を強めるが俺の意志は変わらない。

「いや、本当にいいですから。それより俺もう帰りますね。ここはエルフ族の聖域です、あまり人間が長居していい場所ではないですから」

 俺は言うなりエルフの里の出入り口へと向かった。

「クロクロさんっ……」

 ローレライさんの声が背中に届く中、多分この辺りだろうというところで手を伸ばすと手が空間をすり抜けたので、俺はそれを確認してからエルフの里を出る。

 こうして俺はあえて後ろを振り向くこともなく別れの挨拶を交わすこともなくエルフの里をあとにしたのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?