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第26話

「まさかあの魔物をたった一人で倒してしまうとはのう」

 竜王が吐いた炎も無事消し終えたエルフたちは俺の周りに集まってきていた。

 その中で里の長であるバーバレラさんが口を開いた。

「正直言って人間には期待しておらんかったのじゃが、こんなことがあるとは……」

「だから言ったではないですか、とても頼りになるお方だと」

 ローレライさんが言う。

「ありがとうございました、クロクロさん。おかげで私たちエルフはまた安心して暮らしていけます」

「いや、別にいいですよ。そういう約束だったんですから」

 頭を下げるローレライさんに俺はそう返した。

「あっ、約束といえば……バーバレラ様。実はクロクロさんが今回の報酬はお金ではなくセントウを譲ってほしいそうなのですがよろしいでしょうか?」

 ローレライさんは俺からバーバレラさんに向き直ると先ほど話していたことを伝えてくれる。

「なにっ? セントウが欲しいじゃと?」

「はい。是非お願いします」

 俺はバーバレラさんに向かって頭を下げた。

 お金より万病に効く果実の方が俺にとっては嬉しい報酬だ。

「ふむ、人間にセントウをとな……ふ~む」

 考え込むバーバレラさん。

 その様子を見ていた他のエルフたちが、

「バーバレラ様、まさか人間にセントウを譲るのですかっ?」

「人間の手に渡ったら大変なことになりますよっ!」

「そもそもこの場所だって知られてしまったのにっ……」

「それはもう散々話し合っただろうがっ!」

 口々に言い合う。

 なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ。

「あの、別に無理にじゃないので元の約束通り報酬はお金でもいいですよ」

 俺は空気を読んでそう発言してみるが、

「いや、いいじゃろう。お主にセントウをくれてやるわい」

「バーバレラ様っ!?」

「本気ですかっ?」

「本当に人間なんかにセントウを渡すのですかっ?」

「クロクロさんは命の恩人じゃ、口を慎まんかっ」

 バーバレラさんは周りのエルフたちの声を制してから、俺に「ついてきなされ」と目線をくれた。

「では私もまいります」

「いや、ローレライ。お主はここで皆と待っておれ」

「で、ですが……」

「わかったな」

「……は、はい」

 ローレライさんを一瞥しバーバレラさんは歩き出す。

 俺は沈んだ顔のローレライさんに「じゃあ、行ってきます」とだけ告げるとバーバレラさんのあとをついて歩いていった。


「さあ、入っとくれ」

「あれ? 湖の方に行くんじゃないんですか?」

 バーバレラさんは自分の家に俺を案内すると家の中に入るよううながした。

 てっきり家の裏手の奥の方にあるセントウの木にセントウを採りに行くとばかり思っていた俺は思わず訊ねる。

「セントウは夜暗いうちに採らんとすぐに腐ってしまうんじゃ。だからそれまではわしの家でゆっくりしとってくれ」

 とバーバレラさん。

「あ、そうなんですか?」

「そうじゃとも。朝や昼に採ったセントウは一日で駄目になってしまうのじゃが、夜に採ったセントウはなぜか百日間は持つのじゃ」

「へー、不思議ですね」

「ほれ、そこに座っておれ。今飲み物でも持ってきてやるからのう」

「あ、すみません」

 バーバレラさんは部屋を出ていくとしばらくしてから湯呑みを持って戻ってきた。

「さあ、これでも飲んで休んどくれ」

「あ、ありがとうございます」

 俺はバーバレラさんから湯呑みを受け取るとさりげなく中を覗き込んだ。

 中身はどうやら温かいお茶のようだ。

「じゃあ、すみません、いただきます」

 俺は湯呑みにそっと口をつける。

 こくんと一口それを飲んだ。

「!?」

 すると途端に強い眠気が襲ってくる。

「どうかしたのかのう、クロクロさん?」

「あれぇ? なんか、急に眠くなってきて……」

「そうかいそうかい、お主にも睡眠薬は効くようじゃな」

 にたりと笑うバーバレラさん。

「え……睡眠、や、く……?」

 俺は眠気に逆らうことが出来ず持っていた湯飲みを落とすとそこで気を失ってしまった。


「……バーバレラ様、やっぱりこんなことはよくないと思いますっ」

「ローレライはまだ若いからわからんのじゃ。人間は卑怯で醜い生き物なのじゃよ。お前が言うからこうして生かしておいてやっておるのじゃぞ、そうでなければとっくに殺しておるわい」

「バーバレラ様っ」

 バーバレラさんとローレライさんの声がする。

 俺はハッとなりそこで目覚めた。

「こ、ここは……?」

 気付くと俺は幾重にも鉄格子が張り巡らされた牢屋の中にいた。

 ひんやりと冷たい床に寝かせられていたようだ。どうやら地下らしい。

「なんじゃ。もう気がついたのか?」

「クロクロさん……」

 見ると牢屋の前にはバーバレラさんとローレライさんの二人がいて俺を見下ろしている。

 バーバレラさんは汚いものでも見るかのような目で、ローレライさんは申し訳なさそうな顔をして俺を見ていた。

「こ、これは一体……?」

「お主には死ぬまで一生ここにいてもらう。悪いのう」

 とバーバレラさんが吐き捨てる。

 とても悪いと思っているようには見えない表情なのだが。

「ローレライさん? どういうことなんですか?」

「す、すみませんクロクロさん……私にはどうすることも……」

 ローレライさんは俺から目をそらした。

 唇をきゅっとかみしめている。

「初めからここに連れて来た人間を返す気などなかったということじゃよ」

 とバーバレラさん。

「えっ?」

「わしは大昔に一人娘を人間にさらわれてのう、それから人間のことなど信用してはおらん。じゃから今回も用が済んだら人間の冒険者には毒薬を飲ませて殺すつもりでいたんじゃ。なのに賛成しておったはずのローレライが急に反対しおって……まあ、お主にも里を助けてもらった借りがあるからのう、仕方なく睡眠薬にしたというわけじゃ」

「……」

 俺は言葉が出なかった。

 つまりはローレライさんも初めから計画を知っていたということだ。

「す、すみません。クロクロさん……騙すような真似をしてしまって……」

 ローレライさんはうつむきながら消え入りそうな声で言う。

「わしらも鬼ではないからのう、あとで食事は持ってきてやるわい。ほれ、行くぞローレライ」

 そう言うとバーバレラさんはローレライさんを連れて牢屋の前から去っていった。

 石造りの階段を上っていく二人の足音だけが耳に届く。

「はぁ~……マジかよ」

 俺は頭を掻きつつ鉄格子に手を伸ばした。

 かなり太い鉄格子が何重にもなっていてちょっとやそっとの力ではどうにもならないように感じられた。

 だが、

「多分、全力を出せばこじ開けられると思うんだけどなぁ」

 俺は身体能力強化の魔法、ブーストをレベル一〇まで扱うことが出来る。

 寿命が縮むのは困るがやってやれないことはないだろう。

「う~ん……どうするかな」

 とそこへ新たに足音が聞こえてきた。

 ローレライさんかと思ったが顔を見せたのは中年の男性のエルフだった。

「ほら食事だよ。食べてくれ」

 そのエルフはお盆に乗せた料理を鉄格子の隙間から一つずつ差し入れてくる。

「なあ、あんたたちは俺を村から出さないってこと知ってたのか?」

 俺は料理をちらっとだけ見てからそのエルフに問いかけた。

 確実に俺より年上だがあえて敬語は使わないでやった。

「ああ、全員じゃないけどな。里の一部の者だけは知っていた」

「そっか」

「……すまない。助けてもらったのにこんな仕打ちをしてしまって」

「悪いと思ってるならここから出してくれないか。俺は別にエルフの里の場所を言いふらしたりなんてしないぞ」

 俺が言うとエルフは口を真一文字に結んでから口を開く。

「駄目なんだ。バーバレラ様の言うことは絶対だからな。バーバレラ様が心変わりでもしない限りクロクロさん、あんたはここから一生出られないんだよ」

「ふーん、そうなのか」

 バーバレラさんは人間を嫌っているようだからそれは期待薄だな。

「わたしは里を救ってくれたこと、本当に感謝しているんだ。それに娘が道中世話になったようで、それについてもお礼を言わせてくれ。ありがとう」

「娘?」

「ああ、ローレライはわたしの娘だ」

「あー、そう」

 このエルフはローレライさんの父親だったのか。

 あまり、というか全然似ていないな。母親似なのか?

「エルフたちもクロクロさんに感謝している者がほとんどだよ。もちろん中にはバーバレラ様のように人間を毛嫌いしている者もいるがね」

「ふーん」

「それじゃあ、わたしは行くよ。しばらくしたら食器を取りに来るから」

 そう言い残してローレライさんの父親は俺の目の前から姿を消した。

 一人残された俺はお腹もすいていたのでとりあえず料理に手をつける。

 まさか毒は入っていないだろう。

 そう思い湯気の出ているパンを冷ましながらひとちぎりして口へと運んだ。

 もぐもぐ……ごくん。

「おお、美味しいっ」

 それはとても牢屋に入れられている者への食事とは思えないほど、今まで食べたことないくらい美味しいパンだった。

 う~ん、これで床が冷たくなければな……。


 食事を済ませた俺は地下牢で横になっていた。

 静かな牢屋の中、考えるのはローレライさんのこと。

「思い返すとローレライさんの態度、どこかおかしかったかもなぁ……」

 などと一人きりでつぶやいていると、

 カンカンカンカンッ……。

 鐘の音がうっすらとだが聞こえてきた。

「ん? なんだ?」

 俺は耳を澄ましてみた。

 すると、

「きゃああぁぁー……」

「うわぁぁぁー……」

「助けてくれーっ……」

 エルフたちの悲鳴らしき声がかすかに俺のいる牢屋まで届いてくる。

 ただ事ではない様子に俺は、いてもたってもいられず、牢屋を出ることを決意した。

 両手で鉄格子を掴むと力を込めて思いきりこじ開けようとする。

「ぅぅん~……っ」

 だが神様をして超人と言わしめるほどの俺の力でもびくともしない。

「はぁっ、はぁっ……なんだこれ、すごく硬いな」

 ブーストなしでも少しくらいは動かせると思っていたのに考えが甘かった。

 エルフ族の使う鉄格子は相当な強度があるらしい。

 仕方ない……。

「ブースト、レベル1っ」

 まだびくともしない。

 徐々にパワーを上げていく。

「ブースト、レベル2っ」

 ぐぐっ。

 鉄格子が曲がった。

「ブースト、レベル3っ」

 ぐにゃり。

 鉄格子がひしゃげて俺が出られるだけの空間が開く。

「よしっ」

 俺はブーストを維持したまま牢屋から抜け出ると地上へと駆け出した。

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