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第25話

 ロレンスの町を出発してから三日目の昼過ぎのこと、険しい山道を一時間以上かけて上っていると前を歩いていたローレライさんが立ち止まり後ろを振り返る。

 そして俺を見て、

「クロクロさん、着きましたよ。ここがエルフの里の入り口です」

 手を前に差し向けた。

 だが……。

「え? ここって、何もないですけど……?」

 ローレライさんが手を向けている先には切り立った断崖しかない。

 困惑する俺の表情を見てくすくすと笑うローレライさん。

「あ、すみません。実はエルフの里には結界が張ってあって人間には見えないようになっているのです。クロクロさんにはただの岩山に見えているでしょうけれどこの先がエルフの里なのですよ」

 ローレライさんはそう言って俺に手を差し出す。

「私の手を握ってください」

「手を握るんですか?」

「はい」

 俺はよくわからないままローレライさんの言う通りにしてみた。

 するとローレライさんは俺と手をつないだまま断崖に向かって駆け出した。

 ぶつかるっ!

 そう思った次の瞬間、ローレライさんと俺は断崖をすり抜けて気付けば広々とした集落の入り口に立っていたのだった。


 今起こった出来事と周りの光景に呆気にとられていると、

「クロクロさん、ここが私たちエルフの里です」

 俺から手を放したローレライさんがにこっと笑う。

「す、すごい。本当にこんなところにエルフの里があったんですね」

「はい。では早速ですがエルフの里の長のもとへご案内しますね」

 言うとローレライさんは軽やかに歩き出した。

 ローレライさんが言っていた通りエルフの里は自給自足の生活をしているようで辺り一面田畑が広がっていた。

 そこには老若男女様々なエルフがいて俺を物珍しそうに見てくる。

 中には敵意をむき出しにして見てくる者や逆に怯えて隠れてしまう者もいたが人間と交流を断っていると聞いていたのでそれは致し方ないことなのかもしれなかった。

 しかしこれだけ広い土地で自給自足の生活をしている割には家畜が一頭もいない。

 とそこで俺は「あ、そうか」と思い出す。

 家畜はすべて竜王という魔物に食べられてしまったのだと。

「……さん、クロクロさん聞いていますか?」

 ローレライさんが俺の顔を下から覗き込んでいた。

「あ、すいません。ちょっと考え事をしてたので……」

「ふふっ、そうですか。それよりあの家が里の長の家です」

 ローレライさんはそう言って一軒の家を指差す。

 その家はログハウス風で周りの家よりもひときわ大きく目立っていた。

「行きましょう」

「はい」

 俺はローレライさんとともに里の長の家を訪れるのだった。


「失礼いたします、バーバレラ様。ただいま戻りました」

「お邪魔します」

「おお、よく帰ってきたのうローレライっ。無事だったかい?」

「はい。私は無事です、バーバレラ様」

 家に入ると一人の老婆が俺たちを、というかローレライさんを出迎えた。

 察するにこのバーバレラという年老いたエルフがこの里の長なのだろう。

「人間にひどいことされなかったかい?」

「大丈夫です、バレないようにちゃんと耳を隠していましたから」

「そうかい、それはよかったよ……それでこの人間が冒険者かい?」

 バーバレラさんは俺を見上げ言う。

「はい。こちらはクロクロさんといってとても頼りになる冒険者さんです。今回の依頼もこころよく引き受けてくださいました」

「あ、どうも。はじめまして」

 俺が挨拶するとバーバレラさんはじっと俺の目をみつめる。

 そして一拍置いてから、

「ふん。よろしくな、クロクロさんとやら」

 さっきまでローレライさんに見せていた表情とは打って変わって路傍の小石でも見るかのような顔でつぶやくとバーバレラさんは奥の部屋へと消えていった。

 対応の差に多少困惑していると、

「すみません、お気を悪くさせたのなら私が謝ります」

 ローレライさんが俺に顔を向ける。

「バーバレラ様は大昔、一人娘のレジーナさんを人間にさらわれてしまった過去があるのです。ですから人間のことをあまりこころよくは思っていないのです。今回の件もやむにやまれず仕方なく人間に頼ることにしたという経緯がありまして……」

「そうだったんですか……」

 そういう事情があるならあまり歓迎されていない理由も理解できる。

 敵意をむき出しにしていたエルフがいたのもそのせいか。

「あの……今回の依頼ですけれど……」

「大丈夫ですよ。今さら断ったりしませんから」

「そ、そうですか……ありがとうございます」

 不安そうなローレライさんを安心させようと俺は笑顔で返した。

 ローレライさんはそれを受けて複雑そうな顔を見せた。


「竜王がまたやってくるのは明日のはずですから明日に備えて今日はもう休まれますか?」

「えーっと、その前にセントウっていう果実を見せてもらってもいいですか?」

 俺はこの際だからとローレライさんに願い出てみる。

 セントウというのはどんな病気でも治すことが出来るというエルフ族にとってとても貴重な果実らしい。

「セントウですか?」

「はい。駄目ですかね」

「……いえ、構いませんよ。では私についてきてください」

 一瞬考え込むそぶりを見せたがローレライさんは俺の願いに応じてくれた。

 俺はローレライさんについてバーバレラさんの家をあとにする。

 ローレライさんはバーバレラさんの家の裏手に回り込み木々の間を通り抜けていく。

 その後ろ姿を眺めながら俺はローレライさんのあとを追った。

 しばらく歩いていくと目の前に湖が見えてきた。

 そしてその周りを取り囲むように大きな木が十本ほど生えていた。

 それらの木を指差して、

「あそこになっているのがセントウです」

 ローレライさんが言う。

 それを受けローレライさんの指差す方をよく見ると、大きな木に一つだけ桃のような果実がついていた。

 周りの木々にも一つずつ同じように果実がついている。

「へー、あの桃みたいなのがセントウなんですか」

「もも? ももってなんですか?」

「あ、いえ、すいません。なんでもないです」

 この世界には桃はないようだ。

 ローレライさんが不思議そうな顔をしている。

「あれを食べるとどんな病気でも治るんですよね」

「はい。一つの木から一つしか採れないので毎年十個だけしか手に入らないのですけれどね」

「あの、今回の報酬なんですけどお金じゃなくてセントウじゃ駄目ですか?」

 俺は思い切って訊ねてみた。

 今回の報酬は金貨三枚と銀貨五枚という話だったがどう考えてもセントウの方が価値がある。

 それにこの世界では超人の俺でも病気には勝てないらしいのでいざという時に役に立つかもしれない。

 するとローレライさんは困った様子で、

「え、えーと、すみませんがそれは私の一存では決めることが出来ません。もし本当に報酬としてセントウをお望みであればバーバレラ様に直接訊ねてみるしか」

 言葉を選びつつ口にする。

「そうですか……」

 バーバレラさんに直接訊くのか……。

 人間嫌いのバーバレラさんが果たして俺の提案に首を縦に振ってくれるだろうか……はなはだ疑問だ。

 とその時だった。

 カンカンカンカンッ!!

 けたたましい鐘の音が里中に響き渡った。

 それと同時に、

「竜王が来たぞーっ!!」

 と男性の叫び声が上がった。

「えっ、竜王がっ!?」

 驚くローレライさん。

「竜王が来るのって明日じゃなかったんですか?」

「そのはずだったのですけれど……と、とにかく戻りましょうっ」

「わかりました」

 俺とローレライさんは急いでその場をあとにした。


『エルフのばばあ、家畜はどうした?』

「お、お主がすべて食い尽くしてしまったじゃろうがっ」

『用意出来なかったというわけだな。だったら貴様らを喰らうまでだ』

「な、なんじゃとっ」

 里の出入り口に駆けつけると大勢のエルフたちが見守る中、バーバレラさんが大きな魔物と対峙していた。

 その魔物は四本足で全身が金色のうろこに覆われた体長七メートルほどのドラゴンだった。

 魔物のくせに本当に人語を喋っている。

 と、

「バーバレラ様っ」

 ローレライさんが声を上げた。

 バーバレラさんが振り返る。

「おお、ローレライや」

「もう大丈夫ですよバーバレラ様っ。クロクロさんが竜王を追い払ってくれますからっ」

 そう言ってローレライさんはバーバレラさんを安全な場所まで連れていく。

「クロクロさん、よろしくお願いいたしますっ」

「わかりました」

『ん? なんだ貴様は? エルフではないな』

 目の前に歩み出た俺を鋭い眼差しで見下ろす竜王。

 竜王が言葉を発するたびに大気がびりびりと震えるようだった。

「ああ、俺は人間の冒険者だ。エルフ族に雇われてお前を倒しに来た」

『倒すだと? ぬはははっ、笑わせてくれる。人間ごときがこの竜王に勝てるわけなかろう』

「そんなのやってみないとわからないだろ」

 俺が返したその直後――

 びゅん!

 竜王の長い尻尾が鞭のようにしなり俺をなぎ払った。

 俺はふっ飛ばされ近くにあった家の壁に頭から突っ込む。

『ぬはははっ、口ほどにもない奴め。もう死んでしまいおったわ』

「クロクロさんっ!」

 ローレライさんの悲痛な声が聞こえた。

「や、やっぱり人間なんかじゃ駄目だったんだ……」

「くそっ、万事休すか……」

「わ、わたしたち食べられちゃうの……」

「おらの家が~……」

 エルフたちの声も届いてくる。

 誰も俺の心配をしている様子はない。別に構わないが。

「……んよいしょっと」

 俺は家の壁から頭を引き抜くと頭についた木片を払う。

『なっ!? き、貴様、死んでいなかったのかっ?』

「クロクロさんっ!」

「大丈夫ですよローレライさん」

「で、でも血がっ……」

 ローレライさんが不安そうに俺の顔をみつめるので俺は顔に触れてみた。

 すると額から出血していた。

「あ、血だ……」

 おそらくこれは壁に突っ込んだ時に出来た傷ではなく竜王の尻尾になぎ払われた時に出来たものだろう。

 さすが竜王と名乗っているだけのことはある、これまで戦ってきたどの魔物よりもたしかに強いようだ。

 俺は額からの流血を服の袖で拭うと竜王を見据える。

『貴様……ただの人間ではないな』

「さあな。記憶がないから俺にもわからないんだ」

『ふざけたことを。だったらこれならどうだっ』

 言った瞬間竜王は大きく口を開いた。

 そして口から青色の炎を吐き出した。

「熱っ!」

 俺は炎のあまりの熱さにとっさに後ろに飛び退く。

『燃えろ燃えろっ!』

 竜王は辺り構わず炎を吐き続けた。

 家が次々と炎に飲み込まれ燃え広がっていく。

 エルフたちはそれを見て川の水を汲み消火にあたる。

 出し惜しみしている場合じゃないか。

 俺は一撃で竜王を倒すべく、

「ブースト、レベル4っ!」

 と唱えた。

 全身の毛が逆立ち力がみなぎってくる。


『なに、ブーストだとっ!? しかもレベル4っ!? そんな高等魔法を貴様のような人間が――』

「くらえ、竜王っ!」

 俺は跳び上がると一瞬のうちに竜王の顔の横に移動し、ありったけの力を込めて竜王の横っ面を殴りつけた。

『ぐがぁっ……!!』

 俺の一撃により竜王の首が一回転すると、竜王は全身の力が抜けたかようにその巨体を地面に沈めた。

 その衝撃で地面が大きく揺れる。

 俺はブーストを解除するとローレライさんに向き直った。

「ふぅ~。終わりましたよ、ローレライさん」

「……す、すごい……」

 ローレライさんは口を半開きにしている。

 そして幸いなことにエルフたちの消火の甲斐あって、里に放たれていた火の勢いはかなり弱まっていたのだった。

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